桜を詠んだ短歌3 後世は猶 今生だにも 願はざる わがふところに さくら来てちる(達観の見事さというのがあって,ちょっとね,武士の気概みたいな,大げさに言うと,そういう覚悟まで感じさせる歌).夜半さめて 見れば夜半さえ しらじらと 桜散りおり とどまらざらん(心の中の全部を占めて桜が流れていくような感じがして,ちょっと壮絶な歌だな〜と思うんですけどね)  精神の外の面の闇に桜咲きざくりと折られゆく腕がある 岡井隆  さくら散るさくらしぐれにほのじろき声満ちて空を母ひかるなり 川口美根子

おそらく,短歌に最も多く詠まれてきた桜.

手許の「古今短歌歳時記(鳥居正博編著)教育社」1289ページのうち,13ページは「桜の花」が直接詠われた歌で占められています(別稿「花」にも明らかに桜を詠んだ歌があります.全13ページに「桜の葉」は含めていません).

この書籍で選ばれた季節に関わる歌の内,1%以上が桜の花を詠んだ歌ということになります.

(一昨日から取り上げてきたのは,「桜・桜花」に分類してある歌ですが,全13ページには,「山桜・彼岸桜・染井吉野」「八重桜・遅桜」「桜狩・花見」が項目として立てられています.)

 

名歌と言われるものにも,桜を詠んだ短歌は数多くあります.

昨日書いたように,

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2024/04/02/235733

NHK「完全保存版 絶対覚えておきたい!究極の短歌・俳句100選」の中の短歌50首の内,3首で桜が詠まれています.

 

紀貫之の歌

桜花 ちりぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける 

については,昨日,穂村弘氏の評を載せましたが,他の二首についても番組中の評を書き起こしておきます.

 

山川登美子・明治時代

(歌と恋の両面で,与謝野晶子のライバルだった)

後世(ごせ)は猶 今生(こんじょう)だにも 願はざる わがふところに さくら来てちる

 

栗木京子評

生まれ変わったらこうなりたいっていうようなことは,自分は何も思わない,生きている今,この時でさえ,何の望みもない,でも,そんな自分のふところに桜は美しく散り落ちてくれる.という歌で,29才で結核で亡くなるんですね.

与謝野晶子のライバルで,晶子の夫となる一人の男性を争った仲,女性であるわけで,短歌もとても上手かったんですけれど,惜しくも亡くなってしまう.そういう亡くなる少し前に詠んだ歌で,ニヒリズムというよりは,達観の見事さというのがあって,ちょっとね,武士の気概みたいな,大げさに言うと,そういう覚悟まで感じさせる歌ですね.

風間俊介)これはもう自分の死期を感じているときに---?

もう十分.当時は,結核って治りにくい病気だったので,もうここまでと覚悟を決めてからの歌ですね.

穂村弘

光と影みたいなんですよね.与謝野晶子に対して登美子は.この歌なんか,誇り高さっていうんですかね,普通だと絶望的な状況だと思うんですけど,ほんの一筋の光,見えないくらいの光が,「わがふところにさくら来てちる」っていうところに感じられて,そこになんか我々は反応してしまうところがありますね.

 

 

馬場あき子・昭和戦後

(古典や能の教養をベースに独自の世界を築いた)

夜半さめて 見れば夜半さえ しらじらと 桜散りおり とどまらざらん

 

穂村弘

夜中にふと目が覚めて,ふと見ると,怖いように桜が散り続けている.眠っていた間もこんなふうに散っていたんだ.っていうことですね.私が眠っていても止まることなく桜は散り続けている.

もう一つは,これは,もしかしたら,桜を通して時間を詠っているんじゃないか,っていう感じが,時間は目に見えないんで,ふだん,時計はそれを目で見せてくれる道具なんだけれど,この歌では,桜がその代わりに.

それが,「とどまらざらん」という,ちょっと不思議な表現ですね,渡部先生に教えていただいたんですけれど,推量の表現だと,選考会の時に.目で見ているのに推量というのは,目に見えない時間が背後にあるから,一瞬も止まらないんだ,っていうこと.この歌って,最後の「とどまらざらん」がすごい感じがするんですけど---

渡部泰明評 

普通だったら,「とどまらざりけり」とかいうところを,推量の「ん」って流すところで,「本当に散っているんだろうか?見ているんだろうか?」と.心の中の全部を占めて桜が流れていくような感じがして,ちょっと壮絶な歌だな〜と思うんですけどね.

 

桜を詠んだ短歌3

(古今短歌歳時記より)

 

ものぐるふ心はもとな枝々のすべては醒めてさくら咲くなり  河野愛子 鳥眉

 

彼岸より呼びもどされてしうつそみはさくらふぶきをあそびつゝ歩む  阿久津善治 冬木の桜

 

雨のすぢ空より長くそそげるに桜あかるく咲きて乱れず  玉城徹 馬の首

 

みちのくの桜ふぶけり帰りきて我が病む夢になほぞふぶけり  岡野弘彦 異類界消息

 

さくらばな陽に泡立つを目(ま)(も)りゐるこの冥(くら)き遊星に人と生れて  山中智恵子 みずかありなむ

 

さくら咲くその花影の水に硏ぐ夢やはらかし朝(あした)の斧は  前登志夫 霊異記

 

雨の夜のガラスに音なくなだれくるさくらは巨(おほ)きひかりとなれり  春日真木子 花中蓮 

 

精神の外(と)の面(も)の闇に桜咲きざくりと折られゆく腕がある  岡井隆 天河庭園集

 

さくら散るさくらしぐれにほのじろき声満ちて空を母ひかるなり  川口美根子 桜しぐれ