今日はクヌギの近縁,栗.古事記での記載のみを簡単に.「三栗」/万葉集と同じく,「中にかかる枕詞」として「三栗(みつぐり)」が二つの歌謡の歌詞に使われています.“三つ並ぶ栗の実の その中ほどあたりの枝の 色づいたつぼみのごと 美しく輝くおとめよ” 「栗の林」/まぐわうことも叶わぬでの,それを悲しんで歌を賜ったのじゃった.“引田の 若い栗の生えた林よ 若いうちに 連れ出し共寝すればよかったに”

植物を追って古事記を読み進め,このブログに載せてきました.

古事記/植物 (67)

 

昨日は,イノシシを追って,クヌギに行き着いてしまいました.

「臥猪の床」として平安時代以降,和歌などに取り上げられたイノシシ.“恐ろしき猪のししも、「ふす猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。”(徒然草) しかし,古代においては,タンパク源であると同時に厄介で獰猛な獣としての位置づけでした.古事記では,クヌギに登って獲物を待っていたカゴサカ(応神天皇と異腹の御子)を食い殺す場面が描かれます.“そのクヌギの根元を掘って木を倒し,木の上にいたカゴサカを食い殺してしもうた”(三浦祐介訳 口語訳古事記) - yachikusakusaki's blog

 

今日はクヌギの近縁,栗を取り上げます.

ただ,栗については,このブログで既にかなり詳しくまとめています.

栗 基本情報1 〜 栗 基本情報5

 

古事記での記載のみを簡単に.

 

古事記では,「三栗」が2回,「栗の林」として1回,栗が登場します.

 

「三栗」

栗の雌しべには三つの子房があり,受粉するとそれぞれがクリの実になります.

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https://matsue-hana.com/hana/kuri.htmlhttps://blog.goo.ne.jp/utyucosmos/e/96944cfb45f9228faf470808bc0f0da5

 

そして,総苞が変化した栗のイガから顔をのぞかせることに.

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https://twitter.com/hidakacity_pr/status/945490395101663232

 

このイガからのぞいた三つの栗の美しさ/かわいらしさが古代人の心を摑んだ結果でしょうか?万葉集と同じく,古事記でも「中にかかる枕詞」として「三栗(みつぐり)」が二つの歌謡の歌詞に使われています.

一つ目は,ホムダワケ(応神天皇)がヤカハヒメを見そめてうたった歌謡.

二つ目は,同じくホムダワケが秋の実りを言祝ぐ宴を和らげようとうたった歌謡.

欲しいと思っていた女子を,ほかの男に先を越されて悔しがる歌ですが,その前半部分を以下に.

 

 

三浦祐介訳  口語訳古事記

人世編その五

 

さあいとしい子 ノビルを摘みに

ヒルを摘みにと われが行く道のほとり

かぐわしく咲く ハナタチバナ

上の枝は 鳥が咋(く)い散らし

下の枝は 人が摘んで枯らし

三つ並ぶ栗の実の その中ほどあたりの枝の

色づいたつぼみのごと 美しく輝くおとめよ

ああ,刺されば いかにうれしかろう

 

いざ子ども のびるつみに

ひるつみに わがゆく道の

かぐはし はなたちばなは

ほつえは とりゐがらし

しづえは ひと取りがらし

みつぐりの なかつえの

ほつもり あからをとめを

いざささば よらしな

 

 

栗の林

オホハツセワカタケル(雄略天皇)がアカヰの子(引田部赤猪子)に送った歌に「ひけたのわかくるすばら 引田の若い栗の生えた林よ」の一文があります.

アカヰの子は,オホハツセが「そなたは嫁がずにおれ.そのうちにわれが召そうぞ」と言ったきり,放っておかれ,“嫁ぎもせずに待ち続けて”80歳をすぎてしまった女性.

天皇は歳をとらないのに,女性のみがおばあさんになっているという不可思議な時間のずれの中でのやりとりになっています.

それにしても,神話/伝承の中での男/神/天皇の身勝手さはギリシャ神話も古事記も同じですね.

 

三浦祐介訳  口語訳古事記

人世編その九

 

「われは,そうしたことがあったというのもすっかり忘れていた.しかしながら,そなたが志を守り,わが言葉を待ち続けて,いたずらに身の盛りをの年頃を過ごしてしまったというのは,まことに愛しく哀れなことである」

と言うて,心のなかでは結びおうてもとは思うたのじゃが,アカヰの子はあまりに老い果てて,まぐわうことも叶わぬでの,それを悲しんで歌を賜ったのじゃった.その歌というのは,これじゃ.

 

神の坐(いま)す御諸(みもろ)の 神のカシの木

そのカシの木の下の 手を触れがたき

白橿原(かしはら)のおとめよ

 

また大君は歌(うと)うた.

 

引田(ひけた)の 若い栗の生えた林よ

若いうちに 連れ出し共寝すればよかったに

ああ, これほどまでに老いさらばえて

 

その歌を聞いたアカヰの子の流した涙が,着ておった赤い衣の袖をすっかり濡らしてしもうた. そして,大君の歌に答えて,歌を返したのじゃ.

 

神のいます御諸に 築いた高い垣の内

あまり長く仕え 今はどなたを頼りましょう

神に仕えるわたしは

 

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