昨日訪れた鎌倉のおんめさま(大巧寺 だいぎょうじ).
オミナエシとワレモコウが,絶妙のバランスで書院の横に.
オミナエシは毎年我が家でも楽しんできましたが,ワレモコウに出会ったのは数えるほどしかありません.
近くで花を眺めると,小さな花の集まっていることがわかります.花弁のように見えるのはガクとのこと.
ワレモコウ.心地よい響きの名前ですね.
名前の由来については,日本薬学会のウェブサイトにかなり詳しく書かれていました.
平安時代には,もうこの名前で呼ばれていたそうです.
ただし,現在の漢字表記「吾木香」「吾亦紅」の語源ははっきりしないとのこと.
ワレモコウの名前の由来として平安時代に書かれた日本最古の百科事典と言われる「和名抄(わみょうしょう)」に和名として「阿夜女太無(あやのたむ)」,一名「衣比須弥(えびすね)」と記載されており,同じく平安時代には「割れ木爪(帽額=モコウ)(われもこう)」と呼ばれていましたが,時代が下るに従って「吾亦紅」,「吾木香」,「我吾紅」,「我毛紅」,「割木瓜」,「我毛香」と漢字が変更されています.
現在では「吾木香」や「吾亦紅」と書きますが,語源ははっきりとしていません.「吾木香」とはシソ科のジャコウソウやキク科のオケラなど芳香のある植物に付けられた名前とされているようですが,ワレモコウには特によい匂いはないため「吾亦紅」という字を当てることもあります.赤い花穂は染料にも用いられています.
ネット上を見る限りでは,漢字表記として「吾亦紅」が圧倒的に多いようで,この漢字表記をそのまま俳句に借用した有名な句も沢山引用されています.
吾も亦(また) 紅(くれない)なりと ひそやかに 高浜虚子
平安時代から知られている花ですが,「和歌の上では,平安,近世など極めてまれにしか詠まれず,皆無に近い」(鳥居正博 古今短歌歳時記 教育社)
ただし---
平安期の和歌には詠まれていないものの,ワレモコウの初出文献は源氏物語.
古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園(京都府立植物園名誉園長 松谷茂]に記載されていた物をそのまま転載させていただきます.
なお,源氏物語には“ワレモコウは芳香がある”植物として描かれていますが.松谷茂氏が嗅いでみたところでは「塩素系の臭い匂い」としています.平安時代は現代とは匂いの感覚が異なっていたのでしょうか?
御前(おまえ)の前栽(せんざい)にも,春は梅の花園をながめたまひ,秋は世のめづる女郎花(をみなへし),小牡鹿(さをしか)の妻にすめる萩(はぎ)の露にもをさをさ御心移したまはず,
老いを忘るる菊に,おとろへゆく藤袴,ものげなきわれもかうなどは,
いとすさまじき霜枯れのころほひまで思し棄てずなどわざとめきて,香にめづる思ひをなん立てて好ましうおはしける.(第42帖匂宮より)
源氏亡きあとの主人公は匂宮と薫.生まれつき,この世のものとは思えない芳香が身体に備わっている薫に対抗する親友の匂宮は,あけても暮れても薫物(たきもの)の調合に熱心で,衣服にはいつも香を焚きしめているほどでした.匂宮の香りに対する執着は植物においてもしかりで,世間のほとんどの人々が好む秋の花,女郎花(おみなえし)や萩には目もくれず,芳香のする菊,藤袴(ふじばかま),吾亦紅(われもこう)が興味の対象(香にめづる思ひ)でした.世間は二人を「匂ふ兵部卿,薫る中将」と,もてはやしました.
ワレモコウは
バラ目 Rosales,バラ科 Rosaceae,バラ亜科 Rosoideae,
ワレモコウ属 Sanguisorba,
ワレモコウ S. officinalis
花期は6月~9月
ワレモコウとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版
吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ 若山牧水
松谷茂氏の解説によれば,
「上から下に咲いていく珍しい花」.確かに,今まで上から下に咲く花には出会ったことがありません.
長い花茎の先端に付く花は,楕円~倒卵形の穂状花序(すいじょうかじょ)(長さ1~2センチメートル)に小さな花(1個の花は2~3ミリメートルほど)が押し競まんじゅうのようにギュッと詰まり,上から下に咲き進みます.
花は普通,下から上に咲きあがることが多いのに,ワレモコウは上から下に咲いていく,珍しい咲き方をします.
紫褐色の花がいつまでも残っているように見えますが,それは四枚の萼片(がくへん)で花びらではありません.花びらは退化しているので見えません.8月 吾亦紅(ワレモコウ) | 古典の日公式ホームページ
根は,生薬「チユ(地楡)」として知られ,その煎液は止血や下痢止めに用いら,またチユを含有する漢方処方「清肺湯(せいはいとう)」は痔の出血に対して効果があるとのこと.
一方,「属名Sanguisorba ラテン名語の「血」(sanguis)と「吸う」(sorbeo)に由来し」「種小名officinalis は「薬になる」を意味します」ワレモコウ | 日本薬学会
洋の東西で薬として認めてられていたということでしょうか.
ワレモコウ属にはカライトソウ,シロバナトウウチソウなど風情のある花たちがあり,
また,オランダワレモコウは,サラダバーネットとも呼ばれ,若い葉は食用に用いられます.
カライトソウ - Wikipedia ワレモコウ属 - Wikipedia Sanguisorba minor - Wikipedia