二月十三日に新型コロナウィルスへの感染が確認された千葉の二十代男性は,発熱があってからも都内へ電車通勤していたことが明らかになっている.体調を崩してまでも休まなかった(やすめなかった)ことの背景には,現代日本特有の要因があるだろう.新型ウィルスと日本・「休めない」社会の転換を 中島岳志 //「WHOには報告しておきながら国内ではすぐに情報を出さなかったのは,国民を馬鹿にしている.亡くなった人の性別や年代すら隠される可能性が出てくる」死者感染・非公表に批判 東京新聞

新型ウィルスと日本 「休めない」社会の転換を

論壇時評 中島岳志

東京新聞 2020年(令和2年)2月26日(水曜日)夕刊

 

 二〇一六年秋,エスエス製薬の風邪薬「エスタックイブファインEX」のCMが問題になった.ここで使われたキャッチコピーは「風邪でも,絶対に休めないあなたへ」.

小説家・似鳥鶏(にたどり けい)がこのコピーに対して「ほんとやめてください」とツイート(16年11月4日)し,批判が拡大した.似鳥曰く「風邪薬で一時的に症状を抑えてもウィルスは周囲にバラ撒いてます.風邪をひいた人は休むべきなのです.病気を流行(はや)らせ周囲に迷惑をかける行為をCMで勧めないでください」.

 

 今回の新型コロナウィルス拡大に際して,「休めないあなたに」という四コマ漫画ツイッター上に投稿(20年1月28日)され話題になっている.作者は漫画家・ねんまつたろう.体調の悪い人に対して,風邪薬や目薬,栄養ドリンクが次々にすすめられ,最後は「さっさと休ませろ!」という一コマで終わる.

 

 二月十三日に新型コロナウィルスへの感染が確認された千葉の二十代男性は,発熱があってからも都内へ電車通勤していたことが明らかになっている.

彼が無理を押して出勤した理由は定かではないが,体調を崩してまでも休まなかった(やすめなかった)ことの背景には,現代日本特有の要因があるだろう.

 

 厚労省はHPに「新型コロナウィルスに関するQ&A」(企業向け)を公開しているが,その中で「労働者が新型コロナをルスに感染したため休業させる場合,休業手当はどのようにすべきですか」という問いに対して,「一般的には『使用者の責に帰すべき事由による休業』に該当しないと考えられますので,休業手当を支払う必要はありません」と答えている.

ウィルス感染で休んでも,休業補償の対象とはならないという見解を,政府が示しているのだ.

 

 この「休めない」という日本の労働環境,制度,慣習がウィルス拡大につながっている可能性が指摘されている.

 

 神戸大学大学院医学研究科感染症内科の岩田健太郎は,自らのブログに「COVIDと対峙するために日本社会が変わるべきこと」と題した文章を投稿(2月16日)しているが,そこで「感染症の広がりはウィルスだけが決めるのではありません.社会や個人の振る舞いも大きく影響するのです」と訴えている.

 

 今回の新型ウィルスの特徴は「発症初期が軽症である」ことにある.そのため,初期段階においては受診動機が小さく,「発症から受診までの時間が長くなりやすい」.

日本人は風邪ぐらいでは休まない.よって,「このウィルスは日本の社会でこそ広がりやすいウィルスなのかもしれない」.

 

 岩田は,「体調を崩したら家で休む」ことを促す.そして,それを社会が許容することが重要だと訴える.

「今やるべきは日本社会固有のエートス(倫理規範=本紙注)と立ち向かい,これを乗り越えることです」

 

 安倍政権では,働き方改革が推進されてきたが,休むことが正当に認められ,給与などが保障されるところまでには到っていない.

職場リスクの軽減のためにも,在宅勤務などの柔軟な勤務が認められるべきだ.そのために国と企業が連携して,これまでの慣行を是正しなければならないが,動きは鈍い.

 

 さらに,安倍内閣の問題は,「森友・加計学園をめぐる疑惑」「日報隠ぺい」「桜を見る会をめぐる疑惑」などを通じて,政府が発信する情報への信頼低下を招いた点にある.文書の隠ぺいや改ざんが明らかになる度に,国民は政府への信頼を失い,また何か隠しているのではないか」と疑心暗鬼になっている.

 

 ウィルス拡大と同時進行したのが,安倍首相の桜を見る会に関する答弁だった.一月二十八日の衆院予算委で,宮本徹議員(共産党)が首相に対して,地元事務所が参加者を「幅広く募っている,募集していることをいつから知っていたのか」と質問したのに対し,「私は幅広く募っているという認識でした.募集しているという認識ではなかった」と答えた.

 

 このようは言い逃れやごまかしの連続が,危機対応に際して,大きな足かせとなる.

首相の言葉への信頼を喪失した状況では,

パニックや混乱が生じてもおかしくない.

 

 政府のあり方,そして日本のあり方が問われている.

 

 (なかじま・たけし=東京工業大学教授)

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死者感染 非公表に批判

識者「基本的なデータ」

クルーズ船乗客で厚労省

東京新聞 2020年(令和2年)2月26日(水曜日)夕刊

 

 新型コロナウィルスの集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客で,二十三日に亡くなった八十代の男性について,厚生労働省は当初,遺族が了承していないことを理由に感染の有無を公表しなかった.

了解を得られたとして二十五日夜になって陽性だと明らかにしたが,専門家は「ウィルスの危険性を評価する上で重要な情報.個人の特定につながらず,同意が必要と思えない」と批判している.

 

 「これ以上の情報は開示できない」.二十三日夜,厚労省の迫井正深官房審議官は記者説明の場で繰り返した.

厚労省が公表したのは,持病がある八十代の日本人男性で,何らかの症状が出たため医療機関で治療を受けていたという内容.報道陣から「公衆衛生上の観点から,感染の有無は公表すべきだ」との指摘が出たが,姿勢を変えなかった・

 

 加藤信厚厚労省は二十五日の記者会見で,公衆衛生上必要であれば詳細な情報を出すべきだという考えを示した一方,「死亡した方々の状況については,遺族に了解を頂いた範囲で発表する」と述べた.

 

 厚労省は,新型コロナウィルスの感染者数や死者数を世界保健機構(WHO)に報告している.

厚労省が陽性と明らかにする前のWHO(二十四日時点)では,クルーズ船の死者数は前日より一人多い「3」になっており,二十三日に亡くなった男性が感染者として計上されていた.

 

 感染症に詳しい山野美容芸術短期大の中原秀臣客員教授は「死者数は感染症を考える上でイロハのイと言える基本的なデータだ」と指摘.

「WHOには報告しておきながら国内ではすぐに情報を出さなかったのは,国民を馬鹿にしている.こうした対応が続けば,亡くなった人の性別や年代すら隠される可能性が出てくる」と懸念を示した.

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