相模原殺傷事件3年 共生への取り組み(3)
当たり前の存在に ロバート キャンベル 東大名誉教授
日本ではここ数年で,障害者に対する理解が深まっていると感じる.
一昔前までは,電車やバスで障害者が大声を上げると,潮が引くように離れていく印象があったが,最近は「不安なのかな」「何か伝えたいのかな」と,障害者の表現の一つとして捉え,見守る人が増えている.
相模原の事件で,多くの障害者が被害に遭ったことはとても不幸なことだ.ただ,世の中が障害者との「共生」を考え,見直すきっかけになったのかもしれない.2020年の東京パラリンピックを控え,障害者スポーツが身近になっていることも要因だろう.
それでも,障害者や家族には,昔も今も変わらないいきづらさがあると思う.貧困やLGBT(性的少数者)の問題とも煮ていて,存在を隠そうという自己防衛の意識が働き,周囲に対して「膜」をはってしまう.
なぜなら,傷つけられることを経験上,分かっているから.
例えば今回の事件で,無くなった被害者の遺族が,今なお匿名を望むのは,生きていくために膜を張り続けなくてはならない状況が社会にあるからだ.
膜を剥がすには,社会の中で障害者の存在が当たり前になることが欠かせない.一緒に食事をしたり,ゲームを楽しんだり,何気ない経験でいい.健常者と障害者が触れ合う機会を増やし,積み重ねていくことが,共生社会の実現に向けた第一歩になるだろう.
私の三女・星子(42)はダウン症で複合障害がある.彼(植松被告)がなぜ事件を起こしたのかを知りたくて,昨年7月に面会した.それから毎月,彼に手紙を書いている.
面会では私の意見を聞かず,「働けず,お金を時間を奪う障害者は許されない」と一方的に主張した.国のために実行したという自負さえ感じられた.
星子も標的にされかねなかったと考えると強い怒りを覚えるが,事件は起こるべくして起きたとも言える.
彼の主張する極端な経済主義は,現代人が少なからず共有していると思うからだ.
背景には超高齢化社会がある.社会保障費が増大し,高齢者はお荷物だという気持ちを若者の多くが持ち,「割を食っている」感覚になっているのではないか.
彼の場合,そのうっぷんのはけ口が障害者だった.
手紙では「どんな人間もものではありません」と伝えた,
彼は「不幸をつくる障害者はいらない」と言うが,私は星子のおかげで生きがいがある.
かつては,人間らしさとは成長し,何か物を生産することだと思っていたが,生きている実感を誰かと共有することが,最も創造的だと気づいた.
誰しもいずれは人の世話になる.
頼り,頼られる関係なくしては,社会は成り立たない.今こそ,合理的,生産性ばかりを追求する行き過ぎた経済主義から,立ち止まる必要があるのではないか.
住民との信頼必要 野村 恭代 大阪市立大准教授
国は,障害者が大規模施設ではなく,小規模の施設などで地域にとけ込んで暮らす「地域移行」を進めている.
だが,住民が反対する「施設コンフリクト(衝突)」は後を絶たない.
2000年からの10年間で,精神障害者福祉施設の建設を計画した事業者に調査した結果,154施設のうち26施設でコンフリクトが起き,12施設は建設地の変更や中止に追い込まれた.
相模原の殺傷事件後も.事業者から「どう理解を得ていけばいいか」との相談が寄せられる.
ほとんどは,知的障害者らが少人数でくらすグループホームについて.
障害者を知識として理解していても,感情で受け入れられるかは別問題で,一緒に過ごせば分かることもあるだろうが,実際,そうした機会はほとんどない.
コンフリクトを乗り越えたケースでは,施設側が住民と向き合い,地域と良好な関係を築いた施設を共に見学するといった努力を重ねていた.
時間をかけて築いた信頼関係は簡単には崩れない.目標は,施設を建てることではなく,障害者,健常者の双方が住みやすい地域をつくることだ.
人間は誰しも,知らないこと,不安なことは避けたいわけで,コンフリクトは自然な反応とも言える.
国は「地域移行」という漠然とした言葉を使うだけではなく,いかに合意形成に導き,障害者が地域で受け入れられる環境づくりを進めるかに重点を置いてほしい.