隣家のヤマブキ
垣根のすき間から顔を出していましたが(2017.4.5)---
今日ちょっと覗かせてもらったところ,もう最後の花がいくつか咲いているだけで,ほとんど散っていました.
これから実をつけてくれるでしょう.こんな姿で---
我が家では,新しい牡丹の花.
そして,シャガや早咲きのナデシコも開花しました.
八重咲きの花と結実
10年以上前のことです.
以前の職場で山吹を植えたところ,実をつけていてビックリしたことがありました.太田道灌の逸話は小学校の頃から聞かされていましたから.
「樹木図鑑(ヤマブキ)より(一部改変):
鷹狩りに出てにわか雨にあった太田道灌は,雨宿りをしながら蓑を借りようとした.すると農家の娘が出てきて,黙って一輪の山吹の花を差し出し,微笑むだけだった.道灌は訳がわからなかった.その後,家臣にその話をすると,物知りの家来がいて謎を解いてくれた.
七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき
に掛け,「こんな山あいの茅葺きの家であり蓑のひとつもありません」と答えたのでしょう.と.
道灌は,自分が古歌を知らなかったことを恥じ,その後詩歌に励み,歌人としても有名になったとされる」
実ができてビックリした私.
もしかしたらこれはヤマブキではなかったのかな,と思ってしまったのですが---
この歌(後拾遺和歌集 中務兼明親王)のヤマブキは八重咲きの品種で,雄しべが花弁に変化しているため実をつけないとのこと.(葉・花・実・樹皮でひける 樹木の事典600種: 身近な木の特長がひと目でわかる! - 金田初代 - Google ブックス)
八重咲きの花,全てが実をつけないわけではないのですが,変形して受粉がしっかりできない八重咲きの花はかなり多いようです.
ちょっと調べただけでもすぐにいくつか見つかりました.例えば,
八重花のヒメザクロ(ヒメザクロの実を付ける方法 |ガーデニング&観葉植物の育て方),
ヤブカンゾウ(えのぽ;江の島・藤沢ポータルサイト - 江の島に咲く花≪ハマカンゾウ≫)
一方,花は八重で豪華に見え,しかも実は普通にできるという「観賞用モモ」の品種紹介がありました.枝垂れ性・八重咲きで、生食可能な観賞用モモ新品種「ひなのたき」を育成 | 農研機構
様々ですね.
ヤマブキは一種のみでバラ科ヤマブキ属を構成
万葉集でもとりあげられ古くから鑑賞されてきたヤマブキ.
「しなやかな枝がわずかな風にも揺れる様子から山振(ヤマフリ)といい,それがなまって山吹となった」という説があるそうです(葉・花・実・樹皮でひける 樹木の事典600種: 身近な木の特長がひと目でわかる! - 金田初代 - Google ブックス).
ただ一種でヤマブキ属を形成し,類縁のシロヤマブキはシロヤマブキ属.
Rosaceae - Wikipedia バラ科 - Wikipedia
植物分類表に,モモ連,リンゴ連に堂々と並んでヤマブキ連として記されているのは,なぜか立派と思ってしまいます.
ヤマブキ - Wikipedia シロヤマブキ - Wikipedia
山田卓三先生の「万葉植物つれづれ(大悠社)」によると
ヤマブキは多湿土壌を好み,低山の谷あいや水辺などに自生し,晩春から初夏に山吹色と言われる鮮黄色の目立つ花をつけます.桜のように散りやすく,花びらが風で飛ばされます.ヤマブキの歌にはよく,こうした花の美しさ,散りやすさ,実がならないことなどが詠い込まれます.しかし,実がならないのは八重のヤマブキで,5弁のものは結実します.ヤマブキは本来,山振(ヤマブキ)で,枝が細く風に吹かれて揺れやすいことによります.
やまぶき / 万葉集
やまぶきの,たちよそひたる やましみず,くみにいかめど,みちのしらなく
山振(やまぶき)の,立ちよそひたる 山清水,くみに行かめど,道の知らなく 高市皇子 (第2巻 158)
山振の,立ちよそひたる 山清水,くみに行かめど,道の知らなく
▽斎藤茂吉 万葉秀歌
十市皇女(といちのひめみこ)が薨ぜられた(こうぜられた)時,高市皇子(みこ)の作られた三首中の一首である.十市皇女は天武天皇の皇長女,御母は額田女王(ぬかたのおおきみ),弘文天皇の妃であったが,壬申の戦後,明日香清御原(あすかきよみはら)の宮(天武天皇の宮殿)に帰って居られた.天武天皇七年四月,伊勢に行幸御進発間際に急逝せられた.
高市皇子は異母弟の間柄にあらせられる.御墓は赤穂にあり,今は赤尾に作っている.
一首の意は
山吹の花が,美しくほとりに咲いている山の泉の水を,汲みに行こうとするが,どう通っていったら好いか,その道が分からない
というのである.山吹の花にも似た姉の十市皇女が急に死んだので,どうして好いか分からぬという心が含まれている.
作者は山清水のほとりに山吹の美しく咲いているさまを一つの写象として念頭に浮かべているので,いわば,十市皇女と関連した一つの象徴なのである.そこで,どうして好いか分からぬ悲しい心の有様を,「道の知らなく」といっても感情上すこしも無理ではない.しかし,常識からは,一定の山清水を指定しているなら,「道の知らなく」というのがおかしいというので,橘守部の如く,「山吹の立ちよそひたる山清水」というのは,「黄泉」という中国(原文しな)の熟語をくだいてそういったので,黄泉まで尋ねて行きたいが幽冥界異にしてその道を知られないというように解するようになる.守部の解は常識的には道理に近く,あるいは作者はそういう意図をもって作られたのかも知れないが,歌の鑑賞は,字面にあらわれたものを第一義とせねばならぬから,おのずから私の解釈のようになるし,それで感情上決して不自然でない.
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「山吹のたちよそいたる山清水」という句が,すでに写象の鮮明なために一首が佳作となったのであり,一種の意味もそれで通して味わえば,この歌の優れていることが分かる.古調の言いがたい妙味があるとともに,意味のうえからも順直で無理がない.黄泉云々のことはその奥にひそめつつ,挽歌としての関聯(かんれん)を鑑賞すべきである.なぜこの歌の上の句が切実かというに「かはづ鳴くかむなび河にかげ見えて今か咲くらむ山吹の花(巻八 1435)等の如く,当時の人々が愛玩した花だからであった.