「どういう被災を受けたか,トータルに見て判断する必要があると思うし,家の再建が終わったから,その人の東日本大震災は終わりましたということではない.やっぱり見るべきは,家ではなく生活そのものなんだなって」 被災された膨大な数の人たちそれぞれに人生があります.人生の終盤は,誰であっても尊重される社会でありたい. NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~4(災害ケースマネージメントの可能性)

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~4(災害ケースマネージメントの可能性)

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 NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703  

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/13/012338 

仙台市で最初に完成した災害公営住宅.男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-2

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/14/000500 

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”.「時間がかかる.あきらめずに,やれることを続けていく」 隔絶された終の住みか.孤独に陥る人が後を絶たない問題. 24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.東日本大震災でも,コミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.更に,個人情報という壁.大事なのは住民の命.原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/15/000500 

終の住みかを考える上で,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たち.災者への支援は次々と打ち切られ,終の住みかをどこにするか,被災者自身に決断を迫っている.「きょうは解体の最終立ち会いということで.断腸の思いで解体せざるを得ないと決断したんです」「ダメですね.気分が悪くなってきた.帰ります.---もうこれで失礼します」「直面しているのは,『明確な喪失感』です」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/16/000500

避難指示=ふるさとを失ったのかどうか分からない(あいまいな喪失)⇒帰還=思い描いていたふるさととは異なる現実(明確な喪失).

先祖代々の土地を守るため自宅に戻ることを決めた佐々木さん.「誰もいない」「みんな,取り壊した」「すごい量だべ(周囲は,除染廃棄物の仮置き場になっていました)」「終の住みかにはなりっこねえ.若い人1人もいねえ.子供も1人もいねえ.動かんなくなったら,誰も助けてくれる人いねえ」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-3

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/17/000500

2年前に避難指示が解除された飯舘村.村の居住率は2割ほど.自宅に戻ってきた男性.農業再会のめども立たず,再び酒に手を出すようになった男性.「俺,これで一生終わりかなと思うと,自分でがっかりしちまうな」 曖昧な喪失が明確な喪失へと変わった瞬間,もう一度,深刻なダメージと向き合うことに.コミュニティーを,なんとかつなぎ止め,生業が成立する仕組みを構築するという,長くて困難な道のりは,これからが本番.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~4(災害ケースマネージメントの可能性)

 

大越キャスター

「曖昧な喪失が,明確な喪失へと変わった瞬間,人々は,もう一度,深刻なダメージと向き合うことになります.

それに1人で打ち勝てというのは,酷な話です.バラバラになりそうなコミュニティーを,なんとかつなぎ止め,生業(なりわい)が成立する仕組みを構築するという,長くて困難な道のりは,これからが本番なのです」

 

「あの日から,8年がたち,被災者という言葉でくくるのが難しいほど,被災した人たちが抱える問題は,多様化細分化しています.

加えて,復興政策のレールから外れた人たちの暮らしは,より,深刻の度合いを増している現状も浮かび上がってきました.

従来の制度による支援が限界に近づく中で,苦しむ人たちの個々の問題にどう向き合い,生活再建の軌道に乗せていくべきなのか,宮城県石巻市にあるボランティア団体の取り組みに,ヒントを探りました」

 

壊れたままの家に住む在宅被災者を支援する「チーム王冠」.代表の伊藤健哉さんは,今,およそ500世帯の相談に乗っています.

被災者が抱える課題が多様化する中.伊藤さんは様々な専門家集団と連携するようになりました.

家の修理について相談に乗るのは建築士です.

建築士の男性(床の勾配を測りながら)「この辺から極端に下がっちゃってるんだね」

 

法律上のトラブルや,行政との折衝は弁護士.

これら,専門家は無償で協力しています.

このほかにも,医療や福祉の機関,就労支援,心のケア,ファイナンシャルプランナー,学習支援,フードバンクに関わるNPOなど,15を超える団体がネットワークを形成. 専門家が連携し,被災者の個別の課題に沿って,生活再建を後押しするこの仕組み.

災害ケースマネージメントと呼ばれています.

「チーム王冠」が支援する1人,仮設住宅に入れなかった佐藤悦一郎さん(74)です.

震災後,体調が悪化して医療費がかさみ,苦しい年金暮らしが続いています.

佐藤さん「はい,どうぞ」伊藤さん(扉を開けて)「おう」

この日,「チーム王冠」の伊藤さんが連れてきたのは,ファイナンシャルプランナーです.

家計管理の専門家に,伊藤さんの収支を見直してもらおうというのです.

伊藤さん「これが,現在,生活費で必ずかかるわけよ」

年金は2ヶ月でおよそ14万円.電気代などの固定費を差し引くと,わずか4000円しか残りません.

専門家の目で,佐藤さんの収支を細かくチェックすると---.

佐藤さんは,支出を抑えるために,震災でケガをした脚の回復には欠かせないリハビリを止めていたのです.

ファイナンシャルプランナーの男性「それは,絞らない方向がいいですよ.絞るとしても最後の最後だし---」

相談の結果,新聞の購読や,携帯電話の料金プランなどを見直すことで,リハビリを再開できるめどが立ちました.

ファイナンシャルプランナーの男性「あの,ちょっと頑張って」

佐藤さん「でも,そうしないと,私が楽にならないことが分かったから---」

ファイナンシャルプランナーの男性「頑張ってみましょう」

 

伊藤さん「あの〜,その人がどういう被災を受けた,例えば“仕事がなくなった”りだとかとか,“心のケアが必要”なのかっていう,そういうことを全てトータルに見て判断する必要があると思うし,家の再建が終わったから,その人の東日本大震災は終わりましたということではないんだな,という.やっぱり見るべきは,家ではなく,生活そのものなんだなっていう---」

 

「チーム王冠」の取り組みは,専門家の無償協力で成り立っているのが実情です.

こんご,安定した支援体制をどう築いていくか,伊藤さんは課題を感じています.

 

大越キャスター

「災害ケースマネージメントという手法は,いわば,オーダーメードの支援を行うものです.

被災者の抱える問題が多様化する中で,その重要性は増していると言えるでしょう.

ただ,オーダーメイドである分.手間暇もかかります.

ボランティアや専門家に任せるだけでは,持続可能な仕組みとして機能していくのは難しいのです.

 

こうした中で,災害ケースマネージメントを制度化した自治体があります.

3年前に,震度6弱地震鳥取中部地震2016年10月)が起きた鳥取県では,1万5000棟に被害が出ました.

去年から,県が主導して災害ケースマネージメントを実践しています.

自治体や,ボランティア団体,福祉などの専門家が集まり,県が持つ被災者の情報をもとに,1人1人の課題について,解決策を探ります.

その上で,専門家を被災者の家に派遣.

必要な経費は,県が負担します.県が主体となって,継続して支援に当たることで,被災者の生活再建を目指しています.

 

慣れ親しんだ暮らしを奪われ,決して望んだわけではない場所を,あるいは,大きく変わり果ててしまった我が家を,終の住みかとせざるを得ない人たち.

そうした人たちを,未曾有の規模で生み出したのが,東日本大震災です.

規模が大きすぎたから,全てに支援の手が回らないのは仕方がないというのは,逃げの理屈にしかなりません.

被災された膨大な数の人たち,そのそれぞれに人生があります.

貴重な人生の終盤は,誰であっても尊重される社会でありたい.

震災からの8年という年月は,その理想を捨てずに持ち続けることの覚悟を,私たちに問いかけているのではないでしょうか」

 

2年前に避難指示が解除された飯舘村.村の居住率は2割ほど.自宅に戻ってきた男性.農業再会のめども立たず,再び酒に手を出すようになった男性.「俺,これで一生終わりかなと思うと,自分でがっかりしちまうな」 曖昧な喪失が明確な喪失へと変わった瞬間,もう一度,深刻なダメージと向き合うことに.コミュニティーを,なんとかつなぎ止め,生業が成立する仕組みを構築するという,長くて困難な道のりは,これからが本番 NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-3 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-3

 

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 NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703 

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/13/012338

仙台市で最初に完成した災害公営住宅.男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-2

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/14/000500

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”.「時間がかかる.あきらめずに,やれることを続けていく」 隔絶された終の住みか.孤独に陥る人が後を絶たない問題. 24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.東日本大震災でも,コミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.更に,個人情報という壁.大事なのは住民の命.原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/15/000500

終の住みかを考える上で,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たち.災者への支援は次々と打ち切られ,終の住みかをどこにするか,被災者自身に決断を迫っている.「きょうは解体の最終立ち会いということで.断腸の思いで解体せざるを得ないと決断したんです」「ダメですね.気分が悪くなってきた.帰ります.---もうこれで失礼します」「直面しているのは,『明確な喪失感』です」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/16/000500

避難指示=ふるさとを失ったのかどうか分からない(あいまいな喪失)⇒帰還=思い描いていたふるさととは異なる現実(明確な喪失).

先祖代々の土地を守るため自宅に戻ることを決めた佐々木さん.「誰もいない」「みんな,取り壊した」「すごい量だべ(周囲は,除染廃棄物の仮置き場になっていました)」「終の住みかにはなりっこねえ.若い人1人もいねえ.子供も1人もいねえ.動かんなくなったら,誰も助けてくれる人いねえ」

 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-3

 

変わり果てたふるさとに住み続けることで,心身ともに追い込まれる人も出て来ています.

 

2年前に避難指示が解除された飯舘村

村の居住率は2割ほどです.

自宅に家族と戻ってきて1年になる50代の男性.

医師からは,アルコール依存症と診断されています.

男性「ひとりでいるときに,暇だから飲んじまう」

 

この男性は,震災前は,集落の人びとと米作りをし,兼業農家として生計を立てていました.

男性「春になると,田植えの時期ですからね.皆と顔合わせるのが楽しかったですね」

 

しかし,避難先で生きがいを失い,酒を飲む量が増え,アルコール依存症の治療を受けました.その後,症状が緩和し,ふるさとに帰還.男性を待っていたのは,想像とは全く異なる現実でした.

男性「昔はね,田んぼの風景だったんです.人が歩いていないことが変わった.

生きがいっていうのは,特にないですね」

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 NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

 

農業再会のめども立たず,再び酒に手を出すようになった男性.

次第に家族の中でも孤立していきました.

男性「どうせ死ぬんだったらさ,酒飲んででも,さっと死んだ方がいいんじゃないですか.家の前でさ,こうやって座っててさ.さーっと死んだ方がいいんでしょうかね」

 

精神保健福祉士「こんにちは」

男性「今は俺,寝てたんだ」

精神保健福祉士「寝てたんですか」

 

今この男性は,NPOによる訪問支援を受けています.

NPO 相双に新しい精神科医療保険福祉システムをつくる会 通称なごみ)

男性「今日は飲んでるから」

精神保健福祉士「なんで,飲んじゃったんですか?今日は」

男性「ビール」

精神保健福祉士「だけですか?」

男性「だけです」

 

依存症の治療を行う医療機関と連携する,このNPOは,週に2回ほど,体調の管理などをしています.

男性の気持ちに寄り添い,心のケアも行っていきます.

男性「俺,これで一生終わりかなと思うと,自分でがっかりしちまうな」「うーん」

 

精神保健福祉士「ちらし,持ってきたので--」

男性を同じ境遇で悩む人々の集いに誘いました.人と交流することで,生きる意欲を取り戻してもらおうとしています.

 

精神保健福祉士「どうですか?できそうですか?体」

男性「俺はできるよ」

精神保健福祉士「体調,整えなきゃなんないですね」

男性「うん」

 

大越キャスター

「曖昧な喪失が,明確な喪失へと変わった瞬間,人々は,もう一度,深刻なダメージと向き合うことになります.

それに1人で打ち勝てというのは,酷な話です.バラバラになりそうなコミュニティーを,なんとかつなぎ止め,生業(なりわい)が成立する仕組みを構築するという,長くて困難な道のりは,これからが本番なのです」

 

あの日から,8年がたち,被災者という言葉でくくるのが難しいほど,被災した人たちが抱える問題は,多様化細分化しています.

 

続く

「どういう被災を受けたか,トータルに見て判断する必要があると思うし,家の再建が終わったから,その人の東日本大震災は終わりましたということではない.やっぱり見るべきは,家ではなく生活そのものなんだなって」 被災された膨大な数の人たちそれぞれに人生があります.人生の終盤は,誰であっても尊重される社会でありたい. NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~4(災害ケースマネージメントの可能性) - yachikusakusaki's blog

避難指示=ふるさとを失ったのかどうか分からない(あいまいな喪失)⇒帰還=思い描いていたふるさととは異なる現実(明確な喪失).先祖代々の土地を守るため自宅に戻ることを決めた佐々木さん.「誰もいない」「みんな,取り壊した」「すごい量だべ(周囲は,除染廃棄物の仮置き場になっていました)」「終の住みかにはなりっこねえ.若い人1人もいねえ.子供も1人もいねえ.動かんなくなったら,誰も助けてくれる人いねえ」NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703  

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.

しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/13/012338 

仙台市で最初に完成した災害公営住宅.男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.

誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-2

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/14/000500

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”.「時間がかかる.あきらめずに,やれることを続けていく」 

隔絶された終の住みか.孤独に陥る人が後を絶たない問題. 24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.東日本大震災でも,コミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.更に,個人情報という壁.大事なのは住民の命.原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/15/000500

終の住みかを考える上で,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たち.災者への支援は次々と打ち切られ,終の住みかをどこにするか,被災者自身に決断を迫っています.

「きょうは解体の最終立ち会いということで.断腸の思いで解体せざるを得ないと決断したんです」「ダメですね.気分が悪くなってきた.帰ります.---もうこれで失礼します」

「直面しているのは,『明確な喪失感』です」

 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2

 

福島の人びとは,避難指示によって,家はあるのに帰れない状態が続き,ふるさとを失ったのかどうか分からない心理状態に陥りました.あいまいな喪失と呼ばれるものです.

それが帰還して,思い描いていたふるさととは異なる現実に直面すると,明確な喪失に変わると言います.

前田医師「『これは,もう,自分の故郷のように思えない』とかね.そういう感じが帰還しても続いている場合はね.非常に喪失がだんだん強くなっていく.

その時こそ,本当に『明確な喪失』ということになる」

 

今,仮設住宅に暮らす福島の人びとも明確な喪失に直面しようとしています.

 

南相馬市最大の仮設住宅では,この8年,毎朝みんなで体操をするのが日課でした.

(映像 体操をする仮設住宅住民たち)

妻に先立たれ,一人で暮らしてきた佐々木清明さん(93).毎日,体操には欠かさず参加してきました.

(映像 仲間とお茶を飲む佐々木さん)

佐々木さん「昔から,女性にほれられたことねえんだよ.どこが悪いんだべ」(笑い)

住民男性「女性から見れば,悪いところばっかりなんだべな」(笑い)

 

仲間に支えられてきた佐々木さんの暮らしも,今月終わりを迎えます.

仮設住宅の無償提供が打ち切られ,閉鎖されるからです.

 

仮設住宅を出ざるを得なくなった佐々木さん.災害公営住宅に入る道もありましたが,先祖代々の土地を守るため,自宅に戻ることを決めました.

 

(映像 自宅に戻る佐々木さん)

佐々木さんは,集落の人たちとの思い出の写真を大切に持っています.

(映像 こたつに座ってアルバムを開く佐々木さん)

佐々木さん「田植えだ,稲刈りだ,子供が産まれた.全部共同.家族みたいなもんだった」

地域のつながりも強く,どんな時も助け合っていました.

 

(映像 庭へ出る佐々木さん)

佐々木さん「こういう,立派な家,造ってあるんだが,誰もいない」

 

(映像 道を歩く佐々木さん)

佐々木さん「ここにも,家,いっぱいあったわよ」取材者「ここに,うち,いっぱいあったんですか?」

佐々木さん「うん,みんな,取り壊したんだ」

 

(映像 更に道を下っていく佐々木さん)

佐々木さん「これも,すごい量だべした」

(映像 道の横には,放射能除染廃棄物の黒い容器の山)

 

周囲は,除染廃棄物の仮置き場になっていました.

 

この集落で帰還した人は,1割ほどしかいません. 

佐々木さん限界集落以上になってる」

 

ここに,一人で住み続けられるのか.

変わり果てた,ふるさとの姿を前に,気持ちが揺らぎ始めました.

 

佐々木さん「終の住みかにはなりっこねえ.だって,若い人1人もいねえ.子供も1人もいねえ.動かんなくなったら,誰も助けてくれる人いねえ」

 

変わり果てたふるさとに住み続けることで,心身ともに追い込まれる人も出て来ています.

 

続く

 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者) - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-2 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2 - yachikusakusaki's blog

終の住みかを考える上で,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たち.災者への支援は次々と打ち切られ,終の住みかをどこにするか,被災者自身に決断を迫っている.「きょうは解体の最終立ち会いということで.断腸の思いで解体せざるを得ないと決断したんです」「ダメですね.気分が悪くなってきた.帰ります.---もうこれで失礼します」「直面しているのは,『明確な喪失感』です」NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1

 

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~
 2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/13/012338

 仙台市で最初に完成した災害公営住宅.男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-2

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/14/000500 

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”.「時間がかかる.あきらめずに,やれることを続けていく」 

隔絶された終の住みか.孤独に陥る人が後を絶たない問題. 24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.東日本大震災でも,コミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.更に,個人情報という壁.大事なのは住民の命.原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階」

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1

 

(福島)

大越キャスター

「被災者の終の住みかを考える上で,一つ,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たちです.

ここは,南相馬にある最大の仮設住宅.牛越仮設です.

かつては.380世帯が暮らしていましたが,行政が仮設住宅の無償提供を,今月で打ち切るため,残っているのは60世帯ほどになっています.

放射線量の低下に伴い,国がふるさとへの帰還政策を推し進める中,被災者への支援は次々と打ち切られています.

それは,終の住みかをどこにするか,被災者自身に決断を迫ることを意味しています.厳しい選択の末に,精神的に追い詰められる人も相次いでいます.

 

屋中さん(運転しながら)「浪江に来ると空が大きいですよ.清々しますよね」

生まれも育ちも浪江町の屋中茂夫さん.今は,避難先の別の町に家族と暮らしています.

浪江町原発から8キロ.放射線量が下がり,2年前に避難指示が一部解除されています.

 

屋中さん「きょうは(自宅)解体の最終立ち会いということで,その確認に来たんです」

 

今,町のあちらこちらで,住宅の解体が進められています.

町の居住率は6%.長期にわたる避難で,帰還を諦めた人の家を,国が無償で解体してきました.その支援制度の締め切りが迫り,申し込みが殺到したのです.

 

屋中さん「私の家です.ここが」

 

屋中さんが,先祖代々の土地に,23年前に建てたマイホーム.まだ十分住めるこの家を,解体するかどうか,ずっと迷ってきました.

 

(映像 玄関の扉に「2449 解体家屋」の札)

屋中さん「(解体を決めて)この札,貼られたときは,なんとも言えなかったですね」

 

震災前は,母親や子供たちと3世代で暮らし,ここが終の住みかになるはずでした.

 

屋中さん(家の中を案内しながら)「ここがやっぱり一番集まったところですね]

屋中さん(クッションを置いた椅子が二つだけ置いてある部屋を案内しながら)「こっちが,子供部屋です」

しかし,子供たちは震災前と同じ生活はできないと考え,戻らないと言います.それでも屋中さんは,また,一緒に住める日が来るかもしれないと,椅子だけは残してきました.

 

屋中さん「震災後,3回ぐらいワックスかけましたですね」取材者「そうですか」

屋中さん「ワックスかけて.掃除はしたんです」

 

家の維持費がかさむ一方で,帰還後の生活も思い描けない.屋中さんは,解体の申込期限のギリギリまで,悩み続けました.

屋中さん「そうした,もろもろのことを考えると,断腸の思いで解体せざるを得ないと決断したんです」

 

屋中さん「神棚と仏壇に拝んで,最後のお別れをしました」

(外で物音)

屋中さん「ああ,さっそく始まるのか」

 

(映像 大きなショベルカーが家を解体している.やや離れて,見守る屋中さん)

屋中さん「あそこに仏壇があって,神棚があってね.-----なんか,ダメですね.気分が悪くなってきた.帰ります.---もうこれで失礼します」

 

国の帰還政策で,ふるさとに戻るかどうか,決断を迫られる福島の人びと.今,深い喪失感に襲われています.

 

避難指示が解除され,支援の打ち切りが続く一部の自治体では,うつ病などの疑いがある人の割合が,増加しています.

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原発事故以来,福島で心の診療を続ける前田正治医師福島県医大医学部教授)

今,さらなる喪失感が---

前田医師「直面しているのは,今度は『明確な喪失感』ですよね」

 

福島の人びとは,避難指示によって,家はあるのに帰れない状態が続き,ふるさとを失ったのかどうか分からない心理状態に陥りました.

あいまいな喪失と呼ばれるものです.

それが帰還して,思い描いていたふるさととは異なる現実に直面すると,明確な喪失に変わると言います.

前田医師「『これは,もう,自分の故郷のように思えない』とかね.そういう感じが帰還しても続いている場合はね.非常に喪失がだんだん強くなっていく.その時こそ,本当に『明確な喪失』ということになる」

 

今,仮設住宅に暮らす福島の人びとも明確な喪失に直面しようとしています.

 

続く

 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者) - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-2 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2 - yachikusakusaki's blog

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”.「時間がかかる.あきらめずに,やれることを続けていく」 隔絶された終の住みか.孤独に陥る人が後を絶たない問題. 24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.東日本大震災でも,コミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.更に,個人情報という壁.大事なのは住民の命.原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階」NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-2

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-2

 

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703 

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」

「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 

在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.

「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/13/012338

仙台市で最初に完成した災害公営住宅

男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.

誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.

住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-2

 

被災者の見守りを,住民たちが手探りで進めてきた地域があります.

岩手県釜石市の住民ボランティア,暖(だん)チーズです.

ボランティアAさん「すみません」住人「はい」

Aさん「暖チーズです.こんにちわ」住人「お久しぶりです」

Aさん(ちらしを渡しながら)風邪ひいてませんか?」住人「おかげさまで大丈夫です」

Aさん「どうも」住人「ありがとうございました」

 

メンバーは12人.震災前から,この地域に住む主婦たちです.名前には,暖かい団地にしたい,という思いが込められています.

活動を行う野田団地(320世帯)は,50年前,内陸部に造られました.現在,320世帯が暮らしています.

震災後,この地区に災害公営住宅が完成.周囲の一戸建てにも沿岸から被災者が移り住み,住民の1割を占めるまでになりました.

 

暖チーズのモットーは,“おせっかいの心”です.

Aさん(一軒家の呼び鈴を押し,ドアを開けながら)「ごめんください」

見守りが必要な人を把握するため,時には敷地内に入ることも.名前や暮らしぶりなどを把握して,支援につなげようとしています.

Aさん「ピンポン押しても出てこないから,こっちに来たよ」住人「すみません」

ポストに郵便物がたまっていたら,周りの人にも連絡をとって,安否を確認します.

(郵便受け中をみるAさん)「でも大丈夫か」「はいってない.何も入ってない」

 

「おはようございます」

更に暖チーズは,引きこもりがちな被災者が,他の人と交流できる場ももうけています.

この日,初めて顔を出した,一人暮らしの及川秀作さん.釜石市の沿岸部で被災しました.

(一同)「頂きます」「どうぞ,召し上がれ」「及川さん,いっぱい食べてよ.残さないでね」

暖チーズは,4年間,声をかけ続けてきました.その活動が実り,交流会に来てくれたのです.

及川さん「何回も来られてしまってね.(誘いに)来てくれる人があるから,まだ来れるんですよね」

日頃,どんな生活をしているのか,ようやく,聞くことができました.

及川さん「外に出れば金かかるし,中でテレビ見れば電気代がかかるし,だからって横になってれば体がなまるようになってしまうし」

 

おせっかいの精神で,被災者の孤立を防ぎたい.

「すみません.暖チーズです」

今後も地道に声をかけ続けていくことにしています.

 

千葉房子さん(暖チーズリーダー)「被災した人たちに,すぐに(地域に)入ってきなさいとか言ったって,なかなか気持ちがいかないと思うんですよ.

それには時間がかかると思うので,それをあきらめずに,私たちもやれることを続けていくっていうことではないかと思います」

 

大越キャスター

「隔絶された終の住みかの中で,孤独に陥る人が後を絶たない問題.それは,24年前の阪神・淡路大震災のあとも,深刻な問題として指摘され続けて来ました.

そして,東日本大震災でも,行政が住居という箱を提供することを急いだ結果,もう一つの生活の大切な柱であるコミュニティーづくりが後手に回ったケースが目立ちました.

更に,個人情報という壁が,より高く立ちはだかっています.

もちろん,個人情報の保護は大切です.しかし,それによって,救われるはずの命が失われていくとすれば,本末転倒のそしりは免れません.

一番大事なのは,住民の命なのだという,原点に立ち返って,制度を柔軟に運用する段階に来ているのではないでしょうか」

 

 

(福島)

大越キャスター

「被災者の終の住みかを考える上で,一つ,別の次元で見ていかなければならないのが,原発事故が起きた福島の人たちです.

ここは,南相馬にある最大の仮設住宅.牛越仮設です」

 

続く

 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者) - yachikusakusaki's blog

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仙台市で最初に完成した災害公営住宅.男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.誰にもみとられずに亡くなる孤独死.災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.住民の健康に新たな異変も起きていました.移転による健康被害.リロケーションダメージ.NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-1

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-1

 

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

 

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 1(在宅被災者)

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/12/005703

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」

「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 

在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.

「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」 

 

終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~ 2(災害公営住宅)-1

 

大越キャスター

「では,真新しい災害公営住宅に移った人たちの暮らしは,どうなっているのでしょうか?

政府が,復興の総仕上げの象徴と位置づける頑丈な集合住宅.

しかし,そこの暮らしも,また,いくつもの歪み(ひずみ)が,明らかになっています」

 

5年前,仙台市で最初に完成した荒井東地区の災害公営住宅です.

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

 

高齢者を中心に,およそ300世帯が入居しています.

 

去年の暮れ,住民たちに衝撃が走りました.

庄司宗吉さん(災害公営住宅自治会長)「新聞や手紙がいっぱいたまってたんですよ.亡くなってたと」

取材者「どんな人だったんですか?」

庄司さん「いや,だから,誰もわかんないですよ」

 

男性が死後,数ヶ月たった状態で見つかりました.隣人すら,名前を知らなかったといいます.

 

隣室の住民「引っ越ししたとき挨拶したけど,ドアをたたいても開かないし.会ったこともないし,見たこともないんです」

 

取材を進めると,亡くなったのは一人暮らしの60歳の男性と分かりました.

孤独死でした.

自治会にも加入しておらず,どんな生活をしていたか,分かりませんでした.

 

自治会長で,自らも被災した庄司宗吉さんです.

取材者「こちらが,(自治会の)名簿ですか?」

庄司さんは,見守りの必要な住民を把握しようと努めてきました.

取材者「こういうふうに部分的に,(部屋の)番号がとびとびになっているのは?」

庄司さん「これはもう,要するに入ってないということですよ.町内会(自治会)に入ってないということですよ」

現在,自治会には半数しか加入しておらず,残りの住民は,名前すらわかりません.

どこに,誰が住んでいるか教えてほしいと,行政に度々要望しましたが,個人情報の保護を理由に教えてもらえずにいました.

庄司さん「全然分かりません.情報を集めようがないんです」

取材者「町内会に入っていない人の見守りはできるんでしょうか?」

庄司さん「できないです.はっきりいって,限度です」

 

誰にもみとられずに亡くなる孤独死

災害公営住宅では,入居者の増加と共に増え続け,去年は76人.前の年に比べ,4割も増えました.

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(映像:交流会で体操する人住民たち)

「ちょっとずつ,ほぐれてきたでしょうか?」

この公営住宅の入居者は,もともと宮城や福島など,別々の地域に暮らしていた人たちです.

住民同士の交流会も開かれましたが,集まるのは同じ人ばかり.新しいつながりは,なかなか生まれませんでした.

 

そうした中で,住民の健康に新たな異変も起きていました.

 

「どうぞ」「あっ,お邪魔します」

5年前に入居した相澤辰雄さん(90歳)です.それまでに経験したことのない不眠の症状に苦しんでいます.

相澤さん「とにかく眠れないね.それが,毎晩だもの.毎晩」

宮城沿岸の港町,名取市閖上(ゆりあげ)で生まれ,にぎやかに暮らしていた相澤さん.

津波で自宅を失い,80年以上過ごしたふるさとを離れざるをえなくなりました.

相澤さんは,息子や妹の家などを5回も転居を繰り返し,ここに入居後,不眠に悩まされるようになったのです.

周りとの交流は,めっきり減ってしまいました.

相澤さん「なんだかんがいって,友達がいなくなったのが,いちばん俺にとって寂しいね」

 

2000人以上の被災者を対象にした,最新の調査です.

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転居の回数が増えるにつれ,睡眠障害の疑いがある人の割合が高くなっていることが分かりました.

4回以上転居した人では,実に4割近くに上っています.

 

この調査を行った,東北大学の辻一郎教授です.

移転による健康被害.リロケーションダメージ(移転被害)が起きていると指摘します.

辻教授「引っ越す回数が増えていくにつれ,人と人との関係が疎遠になってくる.あるいは,落ちこぼれていく人がでてくる.

様々な地域のつながりが弱くなってきて,それが睡眠障害を呼んだりしている.

それを放っておくと,もっともっと重度のうつ状態に,あるいはほんとのうつ状態になっていく.

そういった可能性が非常に強い.さらにさらに問題が重度化していくだろう.ということですね」

 

終の住みかをえたものの,かえって孤立が深まる現状を,行政はどう捉えているのか.

仙台市は,これまで,見守りなどの支援に力を入れてきました.しかし,住まいの再建を機に,住民同士の支え合いに委ねていく方針です.

舩山明夫仙台市健康福祉局局長「(住民は)落ち着きを取り戻すことに向けて,進んできている状況にある,と私たちは考えています.

地域で見守り助け合いが進むような形で支えていくのがふさわしい,というふうに考えております」

 

自分たちで見守ろうにも,必要な情報が手に入らない.

危機感を強めた自治会長の庄司さんは,行政側と話し合いの場を持ちました.

孤独死した男性が,一人暮らしを分かっていれば,対策を打てたはずと考えています.

(話し合いの録音)

自治会副会長「どなたが入居するのか,連絡がありません.奥さんがいるのか,独り者なのかも分からない.教えてもらえれば,もっと早く対処がとれるのではないか」

行政側「個人情報の保護とか,様々な手かせ足かせがございます」

自治会庄司会長「個人情報,命が実際にかかってるんですよ」

 

しかし,行政側の回答は,「個人情報は教えられないので,自分たちで対処してほしい」というものでした.

 

庄司さん「町内会と市とが,困った問題を一体となって解決していかないと,いつまでたってもこういう状態は起こるのではないか」

 

 

被災者の見守りを,住民たちが手探りで進めてきた地域があります.

岩手県釜石市の住民ボランティア,暖(だん)チーズです.

 

続く

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者) - yachikusakusaki's blog

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NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2 - yachikusakusaki's blog

「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者)

あの日から8年.

東日本大震災の被災地は,建物の建設が進み,新たな街の姿に生まれ変わろうとしています.国が自宅を失った人のために建設する災害公営住宅は,ほぼ全てが完成しました.

しかし,終の住みかの扉の向こう側では,深刻な事態が起きています.

 

災害公営住宅自治会長「新聞や手紙が,いっぱいたまっていたんですよ.亡くなってたと」

取材者「どんな人だったんですか?」

自治会長「誰もわからないんです」

 

誰にもみとられずに亡くなる孤独死が1年で4割増加.被災者の孤立化が進んでいます.

 

一方,自宅を津波で流されなかった人も,

(畳をめくって)「これ,もう,(柱が)外れてんじゃん.そうだよ」

今も家を修理できずにいる人は,石巻市だけで2400世帯に上ります.

被災者1「直したくたって,直せない」

被災者2「『復興した』って言う人はいるけども,われわれは,復興してないもん」

 

原発事故が起きた福島.

ふるさとに戻らないことを決め,自宅を取り壊す人は,喪失感に襲われています.

(壊される自宅をみつめ)「何かダメです.気分が悪くなってきた」

ふるさとに戻ると決めた人も,変わり果てた町の姿を目にし,追い詰められています.

帰還した住民1「生きがいっていうのは,特にないですね」

帰還した住民2「死んだ方がいいんじゃないですか」

 

東日本大震災から8年.終の住みかを巡り,国の復興計画から取り残される被災者の知られざる実態です.

 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…

~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

 

大越キャスター

「自分にとって,ここが終の住みかになると思ってきた家が,ある日突然消えて亡くなってしまったら,あるいは,変わり果てた姿になったとしたら,まずは,そこから,想像してみて頂ければと思います.

そして,今回,私たちが取材した人は,その悲劇が現実となった人たちです.

東日本大震災から,明日で8年です.国が10年と定めた復興期間も大詰めです.家を失った人たちのための,災害公営住宅は,岩手,宮城,福島の3県で,今月中にほぼ全てが完成する予定です.

形の上では,新しい終の住みかは整いつつあると言えそうです.

しかし,大きな喪失感は,今も被災者たちをさいなんでいます.

それどころか,支援の網の目から,こぼれ落ちてしまってる人も少なくありません.そうした人たちにとっての終の住みかは,今もあまりにも痛々しい姿をさらしています」

 

宮城県石巻市に,今も壊れたままの家に住む人がいると聞き,訪ねました.

家の外観は,特に問題はないように見えます.

一人暮らしの佐藤悦一郎さん.74歳です.

佐藤さん(柱の下部に張った紙テープを剥がしながら)「ほら,あらららら.すっかり抜けてっぺっちゃ.柱(の中が).見てみな.あと,1〜2年で落ちるんでね.この柱.こんなに腐ってるんだよ」

 

自宅は津波で一階部分が水没し,大規模半壊と判定.国からは202万円の補助が出ました.しかし,修理しきれず,床の基礎部分も壊れたままでした.

地震が起きたとき,佐藤さんは倒れてきたタンスの下敷きになり,脚に大けがを負いました.

佐藤さん「そして,(タンス)がドーンと飛んできて,頭に当たって,そして,ここ(膝)さ,ドーンと当たったわけよ」

けがのため,避難所に行けず,佐藤さんは,壊れた2階で,過ごすしかありませんでした.

 

震災直後,被災地には,自宅の1階が壊れ,かろうじて残った2階に逃れた,2階族と呼ばれる人が数多くいました.

様々な事情で避難所にはいかず,壊れた自宅などで避難生活を送った人たち.その後,在宅被災者と呼ばれるようになりました.

津波で,生活に必要なものを流された佐藤さん.厳しい暮らしに耐えかね,仮設住宅への入居を希望しました.しかし,

佐藤さん「市役所に行って,『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請しに行ったのよ,そしてら,『佐藤さんの場合ダメだって』って.『なぜダメなの?』と言ったら,『佐藤さんの場合,自分の家があるでしょ』って.『2階で避難してたから,2階の部屋があるから,2階で住んでください』って」

 

実は,災害救助法の国の運用基準では,仮設住宅に入居できる対象を原則として次のように定義しています.

“家が全壊,流出するなどして,居住する住家がないものに供与する”

佐藤さんは,住む家があると見なされたために,仮設住宅への入居が認められなかったのです.

国の制度では,家を失った人と,家があると見なされた在宅被災者の間には,支援に大きな格差が生じます.

家を失った人は,避難所に行き,物資などの支援を受けやすくなります.その後は,行政が仮設住宅を無償で提供.更に,災害公営住宅を建設し,すまいを保障する仕組みです.

一方,在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.

 

しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.

年金暮らしの杉山榮(さこう)さん(78).

妻も子も病気で亡くなり,頼れる身よりもありません.家には,一階の天井近くまで,津波が押し寄せました.

もともと大工だった杉山さんは,国からの補助金を使い,自分で修理してきました.

在宅被災者を支援するボランティア団体,「チーム王冠」が訪ねてきました.代表の伊藤健哉さんは,

伊藤さん「お父さん,炊飯器って使えるの?」杉山さん「使えるよ」

しかし,家は,まだ冬を過ごせるような状態にまでには,直せていません.

作業者「これ,畳置いてある(納戸の扉のようにして立てかけてある)んだけど,実はこういう状況で(納戸の床が広範囲に抜けている),どう見ても風が入ってきますよね」「外が見えている」「そう,見えてる.簡易的にこれでしのいでいる状況で」

この日は,家の寒さを少しでも和らげようと,初めて畳替えを行うつもりでした.

ところが,

「ああ,ダメだ.(床のハリを)交換した方がいいな」

津波で水につかった床の木材が長期間放置されていたため,朽ちてぼろぼろになっていたのです.

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

更に

「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」「そうだよ」「土台から向こうに行っちゃってる」「そうそう」

津波に押されて,柱が土台から外れ,宙に浮いているのが新たに見つかりました.

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

震災から時がたち,家の傷みは進んでいました.

「細かいことやりますから,言ってくれれば」

杉山さんは.段ボールを切って,穴を塞ごうとしていました.

「杉山さん,ゆっくりしてようよ.杉山さん」

(黙々と作業する杉山さん)

これが,杉山さんが8年間続けてきた自助努力でした.

 

応急処置として.すきま風を防ぐシートを敷き,畳を入れるぐらいしか,打つ手はありませんでした.

「ごめんね,疲れた?」杉山さん「なんぼかね」

「疲れるよね,ゴソゴソやられたら」

「でも,いいんじゃないの.やってくれたんだから」

震災から8年.

在宅被災者の間に,諦めが広がっています.

 

チーム王冠代表・伊藤健哉さん「たぶん,(助けてと)言えないんだろうね.我慢してればいいとかいうか.でも,本当は直したいですよ.でも,直したいけれど直せるお金は自分にはない.それを直すために使える制度がない.『何をどうやっても,もう無理だ』という感じで諦めているわけで,『直さなくてもいいよ』『いいよ,もう』って」

(画面は,ソファーで寝込む杉山さん)

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 NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~ 

石巻市は,去年秋から,津波で被災した家に,今も住み続ける人たちへの,大規模な実態調査に乗り出しました.

市役所職員「おじゃまします.市役所生活再建支援課です.今日はよろしくお願いします」

対象は,自宅が大規模半壊以上の被害を受けた,およそ4000世帯です.

被災住民「こういう状態ですから.この床ね.段ボール貼って--.やっぱり,冬になると寒いんだよね」

これまでの調査で,実に6割にあたる2430世帯が,壊れた家を直したいと訴えていることが,判明しました.

市役所職員「この方は台所の壁のひびとかトイレのひびとか.

石巻市は,家の修理のために国とは別に,最大100万円を補助する支援制度を設けています.しかし,それでも直しきれない人が多くいることに,担当者も限界を感じています.

生活再建支援課阿部主査「どうしたらいいんでしょうね.日々悩むしかないです.国に責任を押しつけるわけではないんですけど,基礎自治体として,やるべきことを考えてやって,できないことも多々あるという実感を得たというのは間違いないことなので.う〜ん.なんか,限界かなって感じることが多いですね」

 

この8年間.壊れたままの家で暮らしてきた佐藤さん.

厳しい環境で,次第に体調を崩し,病院通いが欠かせなくなりました.医療費がかさみ,食費にも困るようになっています.

佐藤さん「うどんはね.3袋で100円なのよ.三つ入って100円.もやしは15円.もやし,一番安いのな,野菜で」

佐藤さん(うどんを食べながら)「俺,最近,思ったのはさ.震災になって7年目になってさ.自殺するっていう人の気持ちが分かってきた.だんだんと.何にもかにも,考えても考えても,生活が苦しくて苦しくて,生きる力が,考えれば考えるほど,暗くなってきて,明るい気持ちが持てなくなったのよ.それで,死んだ方が楽だな,と思って,死んだ方が何も考えることないなって」

 

大越キャスター

「私は,津波から3ヶ月ほどたった頃.この地区を訪ねたことがあります.かろうじて残った自宅の2階部分などで,細々と暮らす人が多かった地区です.

しかし,2階族といわれたそうした人たちの中に,未だに,当時のままの苦しい生活を送る在宅被災者が,数多くいることに驚かされました.

同時に,そうした在宅被災者を生み出す制度的な原因も浮かび上がってきたように思います.

それは,今の被災者支援制度の物差しが,家というものに偏りがちだということです.家を失った人には住まいを提供するけれども,家が残った人には自助努力を求めるという,画一的な制度設計が限界をむかえていると言えそうです.

実際,去年発生した数々の災害,大阪北部地震や,西日本豪雨などの被災地でも,すでに高齢者を中心に家を修理する資金が足りないと訴え,壊れた家を直せずに暮らす人が,多数,確認されています.

今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」

 

「では,真新しい災害公営住宅に移った人たちの暮らしは,どうなっているのでしょうか?

政府が,復興の総仕上げの象徴と位置づける頑丈な集合住宅.

しかし,そこの暮らしも,また,いくつもの歪み(ひずみ)が,明らかになっています」

 

続く

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~2(災害復興住宅)-2 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-1 - yachikusakusaki's blog

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~3(原発事故被災)-2 - yachikusakusaki's blog

東日本大震災8年をむかえた岩手,宮城,福島三県: 人口(震災前・後),震災による死者数,行方不明者数,震災関連死者数,避難者数,震災に関連する自殺者数,災害公営住宅建設状況,仮設住宅入居者数,毎日新聞2019年(平成31年)3月10日朝刊より

今日3月11日で,東日本大震災8年になります.

昨日の毎日新聞朝刊(2019年3月10日朝刊).

東日本大震災8年」と題する記事に,震災8年をむかえた岩手,宮城,福島三県の現状を示す数値が記載されていました.

以下,表にまとめてみました.

 

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なお,この記事には,被災自治体の首長へのアンケート結果も掲載されており---

アンケートの概要は

 

 国が被災地を手厚く財政支援する復興・創生期間が残り2年となるのを前に,毎日新聞は2月,被災自治体の首長42人(岩手12人,宮城15人,福島15人)にアンケートを実施した.

復興の進捗(しんちょく)については,津波で被災した岩手,宮城両県のほぼ全ての首長が「復興した」「おおむね復興した」と回答.

一方,原発事故の影響が続く福島県では,「復興した」はなく,「おおむね復興した」も4割にとどまった.毎日新聞

 

とのこと.

 

震災関連死・震災が関連する自殺者数・避難人数は,福島県が突出して多く,この数字を見るだけでも,原発被災者の生活の復興がほど遠いことが推察できます.

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首長の方々が考える「復興」と,被災者が心に描く「復興」は,必ずしも一致しない気もします.

首長の方々は,おそらく,復興をめざした都市計画の進捗状況から判断するのに対し,被災者は自らの生活レベルを復興の判断基準とするのではないか思われるからです.

 

福島県原発被災地の復興の遅れは,首長も認めるところになっています.

復興に向けての計画が思ったより更に遅れていると判断した結果でしょう.

都市計画レベルですら遅れているわけで,原発事故被災者にっとって,生活レベルの復興にはほど遠い現状と予想できます.

 

 

一方,他県の首長は「復興した」「おおむね復興した」と回答しているとのことですが---

 

昨日放映のあった

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~」.

冒頭,大越キャスターは以下のように語っています.

 

「家を失った人たちのための,災害公営住宅は,岩手,宮城,福島の3県で,今月中にほぼ全てが完成する予定です.形の上では,新しい終の住みかは整いつつあると言えそうです.

しかし,大きな喪失感は,今も被災者たちをさいなんでいます.

それどころか,支援の網の目から,こぼれ落ちてしまってる人も少なくありません.そうした人たちにとっての終の住みかは,今もあまりにも痛々しい姿をさらしています

 

明日から,このNHKスペシャルの放送内容を記載していく予定.

「眠れなくなってしまって,一気に16kgも体重だ減ってしまって---」「ここで,暮らしていかなきゃいけないと,自分に言い聞かせるんですが.どうやってなじんでいこうか」「ほんとに大事なものが,もぎとられちゃったような,そんな感じでした.急に涙が,出て来ちゃった」「涙と一緒にいっぱい語ったけどね.語ることの中に,自分の将来に対する自信とかね,生きる希望とか,パワーとか.そういうものを一緒に体験したんだと思う」NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」7

原発事故 命を脅かした心の傷」7

 

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原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

  http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

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原発事故 命を脅かした心の傷」2

  http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/05/004636  

フラッシュフォワードチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 

「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』

  

原発事故 命を脅かした心の傷」3

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/06/005016

浪江町の津島. 勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました. 2011年3月.全住民の避難が決まります.避難は予想を超えて長期化.津島で再び暮らす自分の姿が見えない.絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.

「最期に,泣いて,逝きました.悔し涙だったんだと思うんですけど,原発がなければ,うちの旦那も長生きできた」「原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった」

 

原発事故 命を脅かした心の傷」4

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/07/011921 

フラッシュフォワード」.精神医学で,広く認められた考え方ではありませんが,原発被災者の苦しみを理解するうえで,重要な手がかりであることは確か.

併せて震災関連死の問題.福島の場合,その数が「直接死」を大きく上回っています.福島が突出して多く,8年たった今なお,緩やかに増え続けています.

f:id:yachikusakusaki:20190305005246j:plain

ttps://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

f:id:yachikusakusaki:20190304010411j:plain

http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

「深刻なストレス」が,この「震災関連死」を引き起こす要因になっていることが明らかになりました.それを知る手がかりになったのが,「経緯書」と呼ばれる記録です.

 

原発事故 命を脅かした心の傷」5

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/08/005106

浪江町池田幸雄さん.事故発生の2年後,避難先で心筋梗塞を起こして亡くなり,震災関連死に認定されました.

▽井坂医師が指摘する最初のポイント.

それは,度重なる移動が心と体に与えた「深刻なダメージ」.

経緯書の分析から,まず明らかになったのが避難の過酷な実態.72%の人が5回以上の避難もしくは転居.195人の平均は6.7回.

f:id:yachikusakusaki:20190308003414j:plain
「長期にわたったから体力的な面が全部落ちてしまった.体力が弱って意欲もなくなってしまう.それに伴って,抵抗力も落ちるし免疫も落ちる」

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷」6

▽池田さんの経緯書から浮かび上がる二つ目のポイント.

それは,将来に対する強い不安が引き起こす「フラッシュフォワード」.

1年がたった頃,幼なじみや野球の仲間が,亡くなったり,体調を崩すことが相次ぎました.食欲もなくなり,日によっては歩くのがやっとになるほど衰弱.

前田教授「奥さんが書いたんですかね.ここ.『憔悴』という言葉に,表されていますよね」

経緯書浪江町長が5年帰れない選択を宣言する.5年待たなければならないのか.長いなーとつぶやくおとうさん.憔悴!」

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷」7

原発事故がもたらした深刻なストレス.それは,人びとから生きようとする力を奪い,命そのものを脅かしています.

f:id:yachikusakusaki:20190310003156j:plain

今回,分析することができた経緯書は,一部に限られています. 

しかし, 

▽死因のうち,自殺が6%という高い割合を占めていること.

そして,

▽震災関連死が,被難を何度も繰り返すことによって生じた「家族の分散・小型化」の傾向と,密接に関係していること.

が浮き彫りになりました.

 

福島では,今なお,4万2千人が避難生活を強いられています.

 

震災関連死を,これ以上増やすことなく,更には,今回の原発事故の教訓を将来にきちんと伝えるためにも,震災関連死と認定された一人一人が,一体どんないきさつで死に至ったのか,個人情報の保護という法律の壁や,組織の垣根を越えて,更に丁寧に分析することが,強く求められているように感じました. 

ここで,番組の冒頭でご紹介した蟻塚医師の診察室のひとコマをご覧ください.

 

今なお続く深刻な心の問題に,どう向き合っていけばいいのか,答えが簡単に見つからない問いを考えるヒントが,そこにはありました.

 

福島県相馬市メンタルクリニックなごみ

蟻塚医師のもとを,福島の被災者が,また一人,診察に訪れました.

関場和代さん(60).浪江町の帰還困難区域津島の出身です.

事故から6年半たって突然現れた症状は,命の危険を感じるほどでした.

 

関場さん「一昨年の10,11,12月くらいの3ヶ月間,眠れなくなってしまって,それで,その時に,だんだんと食事が喉をなかなか通らなくなってしまいまして,一気に16kgも体重だ減ってしまって---」

 

津島を離れた後,7度,避難先をかえた関場さん.避難先で心ない言葉をかけられた経験から,目立たないよう自分を押し殺すのが当たり前になったといいます.

 

関場さん「自分たちはいわきナンバーを付けてるんですけど,いわきナンバーはいわき市双葉郡とか石川郡しかないんですよね.だから,いわきナンバーだと『避難者だ』と見られているんじゃないかと邪推というか,自分自身でね.自分たちは悪いことはしてないんですけど.何にもね.原発事故だって,私たちが放射能を持ってきたわけじゃない.でも,もしかしたら,どっかで.住みづらくなってもいけないから,『ひっそりと』を常に頭に置くようになりましたね」

 

住み慣れた津島に帰れる見通しも全く立っていない関場さん.なんでも話せる津島の顔見知りとも,離ればなれにままです.

 

関場さんなんでしょう.もう,宙ぶらりんみたいな感じになっちゃって,なんか,生きてるっていう感じ(がしない).なんか.生きてはいるんですけど,これね.うまく言えないんですけど.ただ,生活をしているという感じ」

 

この8年.関場さんが心にしまい込んできたつらい体験.蟻塚医師は,その一つ一つを聞いていきます.

 

蟻塚医師「だから,(避難先へ)行った最初,大変だったでしょうね.ここで生きていけるのかと」

関場さん「はい,はいそうですね.ここで生きていけるのかと.もう,どこにも行きようがないんだから.ここで,暮らしていかなきゃいけないと,自分に言い聞かせるんですが.ここでどうやってなじんでいこうかとか.そうでしたね.はい」

蟻塚医師「自分で,他に行き場所がないから,ここで,ともかく生きるんだと」

関場さん「はい,はい」

蟻塚医師「言い聞かせていたわけね」

関場さん「言い聞かせましたね.もう自分のわがまま行ってられない,と.みんな,避難者は,どこに行ってもなじむのに時間がかかって,大変な思いをしてるんだから.自分だけじゃないんだから,だから,そんな.みんなできてるんだから,自分もやってかなくちゃいけないって,自分にプレッシャーを与えていたような」

 

やりとりの中で,ふと関場さんの口をついて出たのが,避難生活をともにしたネコの話.これまで誰にも話せずにいました.

 

関場さん原発事故の時に,すぐには連れていけなかったんですが,1ヶ月後に連れて転々としたときの猫が3匹いて,犬が1匹いるですけど.猫が(避難先の)日立市に行ってから亡くなったんですね.そのショックもかなり大きかったと自分では思っている」

蟻塚医師「あ〜大きいですね」

関場さん「はい」

蟻塚医師「避難の人の猫,とても大きいです」

関場さん「はいはい,そうですね.すごくショックでした.とても,愛おしいものがなくなって,気持ちがすごく出てしまって.その頃から,徐々に」

蟻塚医師「多分,関場さんの避難していたときのいろんな苦しい辛かった思いと,その,猫ちゃんの---全部重なってくるから」

関場さん「そうですね」

蟻塚医師「だから,猫ちゃんが亡くなっていうのは,まるで,自分の体のどこかがなくなったような感じなんだよね」

関場さん「そうです」

蟻塚医師「自分なんだよね」

関場さん「自分だったんです」

蟻塚医師「ペットって他人じゃないんだよね」

関場さん「そうです.自分の,なんか,ほんとに大事なものが,もぎとられちゃったような,そんな感じでした.何か,急に涙が,今,出て来ちゃった」

蟻塚医師「いや,なんぼ,泣いてもいいですけど」

関場さん「ああ,すいません.ありがとうございます」

 

抑えつけていた胸の内を話せた関場さん.事故以来,初めて涙を流すことができました.

 

関場さん「過ぎたことばかりを考えてもしょうがないと思っても,すっかり頭から(事故のことが)抜けたことはない」

蟻塚医師「関場さんが,ここに来て,今,言われたように,原発事故で,こうやって避難したっていうのは,隠せない事実だから,胸張って開き直るしかないですね.」

関場さん「そうですね」

蟻塚医師「是非是非,また来てください」

関場さん「はい,わかりました.どうも,今日は,ありがとうございました.本当に.いろいろお話聞いて頂いて,故郷の話をしたとき,初めて涙が出ました.今まで,泣けなかったんです.本当にありがとうございました.すみません.握手して,元気になりたいので.ありがとうございました.はいありがとうございます」

蟻塚医師「私よくね,ハイタッチするの」(ハイタッチする)

関場さん「あっ,ハイタッチ,(笑い)どうしよう」

蟻塚医師「はい,もう一回.もっと強く」

関場さん「はい,おお〜」

 

蟻塚医師悲しむって言うことは,後ろ向きであるかのように皆思うけど.関場さん,涙したでしょ.

涙と一緒にいっぱい語ったけどね.語ることの中に,自分の将来に対する自信とかね,生きる希望とか,パワーとか.そういうものを一緒に吐きだしたんだと思う.吐きだしたというか,体験したんだと思う.

『頑張ろう,頑張ろう福島』で,『泣くなんて後ろ向きなことは止めて頑張ろう』と言っちゃうと,泣く権利も奪われちゃうことになりますよね.

だから,泣くっていうのは,決して後ろ向きでない.悲しむっていうのは,悲しみを受け止めてくれる相手がいて始めて悲しめるわけで」

 

 

先月,蟻塚医師は,新たな取り組みを始めました.

 

蟻塚医師「今現在,精神状態について書いてもらう.それを,私たちの方で分析して,医学的にどうとか---」

 

全住民の被難が今なお続く浪江町津島の人びとを対象に.心の状態を診断する大規模な調査に乗り出したのです.

 

蟻塚医師何も始まっていないし,何も終わっていない,と思いますね.原発のことに関しては.

だから,この調査をやって,どういう結果が出るにしろ,原発被難の人たちがこれからどう乗り越えて生きていくかっていうのが,これを機会にして見えてくればいい」

 

原発事故がもたらした,深刻なストレス.

被災者の心と体をむしばんだ実態の輪郭が見えてきました.

命をどうすれば守れたのか.重い問いが残されています.

 

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池田さんの経緯書から浮かび上がる二つ目のポイント.それは,将来に対する強い不安が引き起こす「フラッシュフォワード」.1年がたった頃,幼なじみや野球の仲間が,亡くなったり,体調を崩すことが相次ぎました.食欲もなくなり,日によっては歩くのがやっとになるほど衰弱.前田教授「奥さんが書いたんですかね.ここ.『憔悴』という言葉に,表されていますよね」 経緯書「浪江町長が5年帰れない選択を宣言する.5年待たなければならないのか.長いなーとつぶやくおとうさん.憔悴!」NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」6

原発事故 命を脅かした心の傷」6

 

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

   http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

f:id:yachikusakusaki:20190304012036j:plain

 

原発事故 命を脅かした心の傷」2

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/05/004636  

フラッシュフォワードチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 

「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』

 

原発事故 命を脅かした心の傷」3

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/06/005016

浪江町の津島. 勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました. 2011年3月.全住民の避難が決まります.避難は予想を超えて長期化.津島で再び暮らす自分の姿が見えない.絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.「最期に,泣いて,逝きました.悔し涙だったんだと思うんですけど,原発がなければ,うちの旦那も長生きできた」「原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった」

 

原発事故 命を脅かした心の傷」4

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/07/011921 

フラッシュフォワード」.精神医学で,広く認められた考え方ではありませんが,原発被災者の苦しみを理解するうえで,重要な手がかりであることは確か.併せて震災関連死の問題.福島の場合,その数が「直接死」を大きく上回っています.福島が突出して多く,8年たった今なお,緩やかに増え続けています.「深刻なストレス」が,この「震災関連死」を引き起こす要因になっていることが明らかになりました.それを知る手がかりになったのが,「経緯書」と呼ばれる記録です.

 

原発事故 命を脅かした心の傷」5

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/08/005106

浪江町池田幸雄さん.事故発生の2年後,避難先で心筋梗塞を起こして亡くなり,震災関連死に認定されました.

▽井坂医師が指摘する最初のポイント.

それは,度重なる移動が心と体に与えた「深刻なダメージ」.

経緯書の分析から,まず明らかになったのが避難の過酷な実態.72%の人が5回以上の避難もしくは転居.195人の平均は6.7回.

f:id:yachikusakusaki:20190308003414j:plain

「長期にわたったから体力的な面が全部落ちてしまった.体力が弱って意欲もなくなってしまう.それに伴って,抵抗力も落ちるし免疫も落ちる」

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷」6

▽池田さんの経緯書から浮かび上がる二つ目のポイント.

それは,将来に対する強い不安が引き起こす「フラッシュフォワード」の影響です.

 

経緯書によると,

原発事故から1年がたった頃,幼なじみや野球の仲間が,亡くなったり,体調を崩すことが相次ぎました.

2012年

4月11日

お父さんの同級生が亡くなりました.

5月6日

先輩が避難を苦に,行方不明.

6月11日

パークの友達が手術とか.あんなに元気だった人が,避難生活が長くなり,皆体調こわしてる.

 

食欲もなくなり,日によっては,歩くのがやっとになるほど,衰弱しました.

 

正子さん「もう,気力がないっていいますかね---.うん.精神的なものって,ほんとうに,こう,体力的にも,むしばむんだなって思いますよね」

 

私たちは,池田さんの経緯書の分析を,精神医学の専門家とも行いました.

福島県立医科大学の前田正治教授(災害こころの医学講座)原発事故の後,福島県民の心の健康調査を続けています.

経緯書には,前田教授が,命を脅かすきっかけになったと注目した記述がありました.

 

前田教授奥さんが書いたんですかね.ここ.『憔悴(しょうすい)』という言葉に,もう,表されていますよね.

トリガーが,ここ.(命を脅かす)引き金は」

 

2012年9月.地元の浪江町長が,「5年は帰れない」と発言したというニュースが,池田さんのもとに届きます.

1日でも早くふるさとに帰りたい池田さんにとって,それは,一縷(いちる)の望みを絶ちきるものでした.

 

その日(2012年9月12日)の経緯書.

浪江町長が5年帰れない選択を宣言する.

「5年待たなければならないのか.長いなー」とつぶやくおとうさん.憔悴!

 

この11日後,池田さんは,突然,高熱を出して緊急入院.肺炎と診断されました.

肺炎は,ストレスなどで,体の抵抗力が弱っているときに,起きやすいとされています.

 

前田教授心が折れてしまったという--.

ずっと浪江に帰ることを夢見て,それが避難生活を続けていく,頑張るエネルギーになっていたと思うんだね.

これは,ある種の“心の報酬”.報われるというかたち.この“報われ感”が非常に大事なんですね.いつまでたっても,報われないと.そういう,様々なですね,心の問題が背景にあって,そして,体の病気もしやすくなっていった,ということが浮かび上がってきていると思います」

 

肺炎を起こした半年後(2013年4月13日),

池田さんは心筋梗塞を起こし,亡くなりました.享年72.

 

今回,私たちが,個人を特定しない形で行った,震災関連死の調査.

195人の死因についてみたところ,肺炎が最も多く,28%.

それに続いて,心筋梗塞などの心疾患が20%でした.

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死因の上位を占めたのは.池田さんも患った肺炎と心疾患.この二つで,およそ半数の48%を占めています.

 

井坂医師「抵抗力も落てくるし,免疫力も落ちる.そうなると,何が起きても,肺炎でも何でも起きちゃいますね.多くのケースは,こういったパターンだと思います」

 

前田教授「ストレスを受けると,直接的にあり得るのは,ま〜緊張状態が続きますよね.

医学的な専門用語では,交感神経系の反応が強くなります.例えば,血圧が上がってしまうとかね,動悸(どうき)がするとか.そういう心臓への負担とかが,増えてくるわけですよね.

まだ,4万人が避難生活を続けている中で,もう,そろそろ,本当に限界だと.もう,頑張っていけない.疲弊してしまって生きる意欲を失ってしまって---.私は,非常に深刻なデータだと思います

 

柳沢キャスター

 原発事故がもたらした深刻なストレス.それは,人びとから生きようとする力を奪い,命そのものを脅かしています.

今回,分析することができた経緯書は,一部に限られています.

しかし,

▽死因のうち,自殺が6%という高い割合を占めていること.

そして,

▽震災関連死が,被難を何度も繰り返すことによって生じた「家族の分散・小型化」の傾向と,密接に関係していること.

が浮き彫りになりました.

福島では,今なお,4万2千人が避難生活を強いられています.

震災関連死を,これ以上増やすことなく,更には,今回の原発事故の教訓を将来にきちんと伝えるためにも,震災関連死と認定された一人一人が,一体どんないきさつで死に至ったのか,個人情報の保護という法律の壁や,組織の垣根を越えて,更に丁寧に分析することが,強く求められているように感じました.

ここで,番組の冒頭でご紹介した蟻塚医師の診察室のひとコマをご覧ください.

今なお続く深刻な心の問題に,どう向き合っていけばいいのか,答えが簡単に見つからない問いを考えるヒントが,そこにはありました.

 

続く

浪江町池田幸雄さん.事故発生の2年後,避難先で心筋梗塞を起こして亡くなり,震災関連死に認定されました.井坂医師が指摘する最初のポイント.それは,度重なる移動が心と体に与えた「深刻なダメージ」.経緯書の分析から,まず明らかになったのが避難の過酷な実態.72%の人が5回以上の避難もしくは転居.195人の平均は6.7回.「長期にわたったから体力的な面が全部落ちてしまった.体力が弱って意欲もなくなってしまう.それに伴って,抵抗力も落ちるし免疫も落ちる」NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」5

原発事故 命を脅かした心の傷」5

 

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

  http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード 

f:id:yachikusakusaki:20190304012036j:plain

 

原発事故 命を脅かした心の傷」2

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/05/004636 

フラッシュフォワードチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 

「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』

 

原発事故 命を脅かした心の傷」3

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/06/005016

浪江町の津島. 勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました. 2011年3月.全住民の避難が決まります.

避難は予想を超えて長期化.津島で再び暮らす自分の姿が見えない.絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.

「最期に,泣いて,逝きました.悔し涙だったんだと思うんですけど,原発がなければ,うちの旦那も長生きできた」「原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった」

 

原発事故 命を脅かした心の傷」4

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/07/011921

フラッシュフォワード」.精神医学で,広く認められた考え方ではありませんが,原発被災者の苦しみを理解するうえで,重要な手がかりであることは確か.

併せて震災関連死の問題.福島の場合,その数が「直接死」を大きく上回っています.福島が突出して多く,8年たった今なお,緩やかに増え続けています.

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ttps://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

f:id:yachikusakusaki:20190304010411j:plain

http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

「深刻なストレス」が,この「震災関連死」を引き起こす要因になっていることが明らかになりました.それを知る手がかりになったのが,「経緯書」と呼ばれる記録です.

 

 原発事故 命を脅かした心の傷」5

私たちが遺族から集めた経緯書の中に,井坂さんが特に注目した例があります.

 

浪江町の池田幸雄さん(享年72歳).

事故発生の2年後,避難先の福島市心筋梗塞を起こして亡くなり,震災関連死に認定されました.

 

福島県浪江町

池田幸雄さんと40年連れ添った妻の正子さん(72歳).

経緯書は,正子さんが毎日つけていた日記をもとに作成しました.

-----

心身共に健康だった池田さんに,いつ,どこで,何が起きたことが,死につながったのか.

井坂医師「かなりの回数の移動をされてますね」

 

▽井坂さんが指摘する最初のポイント.

それは,度重なる移動が,心と体に与えた「深刻なダメージ」です.

 

8年前のあの日.

原発から8km離れた浪江町の自宅で被災した池田さん夫妻.

近くの小学校で夜を明かしたあと,知人の車に乗せてもらい,避難を開始.

原発が3度の爆発を起こす中,5日間で福島県内各地を6カ所,転々とします.

移動距離は200kmに上りました.

池田さんの体に異変が起きたのは3月16日.避難所になっていた福島工業高校でのことです.雪がちらつく寒さの中,持病の腰痛が急に悪化.その痛みは,仙台の親戚に,すぐ助けに来てもらうほど,ひどいものでした.

その後,池田さんが,仙台の親戚の家から向かったのが,千葉に住む娘の家.

これが8回目の移動で(全移動距離は)650kmになります.

そこは4階建てで,エレベーターのない建物.腰を悪くした池田さんは,家にこもるようになりました.

 

(経緯書の記載)

「4月3日.孫たちに逢えるとうれしそうだったが,4回なので少々なんぎです」

「5月3日.階段の上り下りが大変なので,あまり歩かなくなりました」

 

正子さん「近くに公園があったんですよね.『運動してきたら,孫と』なんて言ったんですけど,なかなか,階段,下がっていくのが容易でなかったみたい.

『どっか行く?』と言っても,『行かない』とか言いながら,家にこもっていました」

 

2011年の夏,池田さんは,福島市飯坂の借り上げ住宅を確保.9回目の移動をして,アパートで暮らし始めます.

野球の仲間にも会える念願の福島県内への帰還.

ところが思わぬ異変が現れます.

 

(経緯書の記載)

「体力がどんどん落ちて,心身とも疲労.野球のさそいがあっても行きません」

 

池田さんの著しい意欲の低下は,何が原因なのでしょうか. 

井坂医師「人間の身体っていうものは,筋肉を使わない時間が一週間あると,筋肉はだんだん退化してしまう.これが長期にわたったから,体力的な面が全部落ちてしまった.体力が弱って『意欲』もなくなってしまう.それに伴って,抵抗力も落ちるし免疫も落ちるし,“全身状態”が悪くなってしまう」

 

これまで,詳細な分析が行われたことがほとんどなかった経緯書.

今回,私たちは,経緯書の情報をもとに震災関連死の実態を少しでも多くの事例からひもとく調査を行いました.

原発周辺の自治体の協力を得て,経緯書の中から,個人情報を除いた『死因』や『避難の回数』『家族形態の変化』などを集計.

福島で震災関連死と認められた人の1割に近い195人(震災関連死2267人中)分のデータの提供を受け,分析を行いました(調査対象:双葉郡8町村と南相馬市).

 

そこで,まず,明らかになったのが,避難の過酷な実態です.

72%の人が,5回以上の避難,もしくは転居を経験.10回以上も14%に上ります.

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195人の平均は,6.7回となっていました.別の調査と比べてみると,宮城と岩手の避難回数の平均は2.7回.

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福島の避難回数が多いのは,原発事故の影響とみられます.池田さんも,最終的には11回.約960kmを移動.それが体力と気力を大きく損なう落とし穴になっていました.

 

▽池田さんの経緯書から浮かび上がる二つ目のポイント.

それは,将来に対する強い不安が引き起こす「フラッシュフォワード」の影響です

 

続く

「フラッシュフォワード」.精神医学で,広く認められた考え方ではありませんが,原発被災者の苦しみを理解するうえで,重要な手がかりであることは確か.併せて震災関連死の問題.福島の場合,その数が「直接死」を大きく上回っています.福島が突出して多く,8年たった今なお,緩やかに増え続けています.「深刻なストレス」が,この「震災関連死」を引き起こす要因になっていることが明らかになりました.それを知る手がかりになったのが,「経緯書」と呼ばれる記録です.NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」4

原発事故 命を脅かした心の傷」4

 

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

  http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

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原発事故 命を脅かした心の傷」2

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/05/004636 

フラッシュフォワードチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 

「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』

 

 「原発事故 命を脅かした心の傷」3

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/06/005016

浪江町の津島. 勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました. 2011年3月.全住民の避難が決まります.避難は予想を超えて長期化.津島で再び暮らす自分の姿が見えない.絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.

「最期に,泣いて,逝きました.悔し涙だったんだと思うんですけど,原発がなければ,うちの旦那も長生きできた」「原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった」

 

原発事故 命を脅かした心の傷」4

柳沢秀夫キャスター

 原発事故が仕事や生きがい,更には,未来をも奪ってしまった福島の現実.その重みをどう表現すればいいのか,言葉が見つかりません.

VTRに出て来た「フラッシュフォワード」.これは,精神医学の世界で,まだ,広く認められた考え方ではありません.しかし,原発事故の被災者が抱える苦しみを,より広く理解するうえで,重要な手がかりになっていることは確かだと,実感しました.

 

 これまで見てきた「深刻なストレスの問題」.その全体像を明らかにするために併せて考えたいことがあります.

それが,震災関連死の問題です.

震災関連死とは,“地震津波による「直接の被害」ではなく,避難生活による体調の悪化やストレスといった「間接的な要因」で死亡すること”です.

福島の場合,その数が2,267人.地震津波による「直接死」1,605人を,大きく上回っています.

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ttps://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

さらに,被災3県で比べてみると,福島が突出して多く,岩手と宮城では,増加がほぼ止まっているのに対して,福島では8年たった今なお,緩やかに増え続けています.

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http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

 今回,取材を進める中で,原発事故による「深刻なストレス」が,この「震災関連死」を引き起こす要因になっていることが,明らかになりました.

それを知る手がかりになったのが,「経緯書」と呼ばれる記録です.

震災関連死の遺族が,災害弔慰金の支給を受けるために作成するこの書類.いつ,どこで,何が起きたのか.一体,どんなことが死につながったのかが,詳細に書かれています.

(映像 双葉地方町村会建物内部 福島県富岡町

原発事故のあと,福島で「震災関連死」がどのように起きていたのか.

 

町村会職員(書庫の鍵を開けながら)「震災関連死の申請資料が入っています.日に1件ペースで増えています」

保管されているのは,震災弔慰金の支給を受けるため,遺族が作成した申請書類です.

遺族は,「経緯書」を含む書類を自治体に提出.

審査会にかけられ,震災や原発事故との関係が認められると,「震災関連死」と認定されます.

個人情報を保護するため,中身の分析は,これまで,ほとんど行われていませんでした.今回,私たちは,震災関連死の遺族を訪問.申請書類の写しを集めました.

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

福島だけで,震災関連死が増えているのはなぜかを解明するためです.

(映像 遺族の自宅)

遺族「これは,夫の経緯書です.死亡までの」

被災した後,死亡に至までの詳細が日付ごとに記された「経緯書」.避難生活中に起きたことが,詳しく書かれています.

 

私たちは,遺族との交渉を重ね,その具体的な内容を知る許可を13人から得ました.そして,現場の医師の協力を得て,詳しく分析しました.

原発に程近い福島県富岡町の医師,井坂晶さん(78).

震災関連死を防ぐことに,町民の健康を30年見守ってきた全てを懸けて,取り組んでいます.

 

井坂医師「多いですよ.いまだに関連死が増えているというのが異常なんです.予想してなかった事態だと思います.まだ続いていることが」

 

(映像 2011年4月 避難所の中.声をかけて回る井坂医師)

井坂医師「おはようございます.変わりない?」「おじいちゃん,大丈夫?」

 

井坂さんは,原発事故の直後から,避難所で,住民に積極的に声をかけていました.心や体の不調をいち早く発見するためです.

何が震災関連死につながったのか?

経緯書は,それをひもとく手がかりになると考えています.

 

井坂医師「(経緯書には)避難の状況が,詳しく書いてあるわけです.どこどこに,いつ,何回くらい避難したか.避難せざるを得なかったのか,とか.そういう状況のもとで,心身共に,どのように変化していったのかがつかめるわけです.これは,非常に重要な資料です」

 

私たちが遺族から集めた経緯書の中に,井坂さんが特に注目した例があります.

 

浪江町の池田幸雄さん(享年72歳).

事故発生の2年後,避難先の福島市心筋梗塞を起こして亡くなり,震災関連死に認定されました.

 

福島県浪江町

池田幸雄さんと40年連れ添った妻の正子さん(72歳).

経緯書は,正子さんが毎日つけていた日記をもとに作成しました.

 

(映像 野球のユニフォームを取り出す正子さん)

正子さん「使うことはねえ,ないんですけど,もう少しとっておこうかな〜なんて思って」

事故前の池田さん.20年来の軽い腰痛を抱えていましたが,若き日に甲子園を目指して以来,野球一筋のスポーツマンでした.

(映像 全員ユニフォーム姿の全体写真を見ながら)

正子さん「あっ,真ん中かな,これかな.はい」

取材者「ほんとに,中でも日焼けして」

正子さん「フフフフフ.でも,面白いんです.みんな,年齢が大きくなって,ボールとるのに『おっとと』と後に転んだなんて.(普段は)朝寝坊ですけど,試合なんかの時には,誰よりも早く起きて.好きだったんですね」

 

心身共に健康だった池田さんに,いつ,どこで,何が起きたことが,死につながったのか.

井坂医師「かなりの回数の移動をされてますね」

井坂さんが指摘する最初のポイント.

 

続く

浪江町の津島. 勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました. 2011年3月.全住民の避難が決まります.避難は予想を超えて長期化.津島で再び暮らす自分の姿が見えない.絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.「最期に,泣いて,逝きました.悔し涙だったんだと思うんですけど,原発がなければ,うちの旦那も長生きできた」「原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった」 NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」3

原発事故 命を脅かした心の傷」3

 

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分) 

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

f:id:yachikusakusaki:20190304012036j:plain

 

原発事故 命を脅かした心の傷」2 

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/05/004636

フラッシュフォワードチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 

「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』

 

原発事故 命を脅かした心の傷」3

武藤さんと同じ,浪江町の津島に,その過酷さを思い知った遺族がいました.

門間まゆみさん(54).

原発事故が起きたのは,津島に嫁いで,24年目のことでした.

夫の勇夫(いさお)さん(享年57歳).ふるさとを離れることを余儀なくされた後,1年半で亡くなりました.

勇夫さんが生まれ育った浪江町の津島.

原発から28kmのところにあり,1400人が暮らしていました.豊かな自然に恵まれ,人と人が強く結びついたぬくもりのある暮らし.

勇夫さんは,祖父が苦労して開拓した農地を,まゆみさんとともに大切に守り,酪農を営んでいました.

 

(映像 一時帰宅したまゆみさん)

まゆみさん「ここは,牧草畑.一生懸命ここを耕したり,草刈りしてた.牧草も色がほんとに緑のきれいな草だったんで」

息子の寿彦さん「お父さんは,トラクターを使って畑を耕して,そこにお母さんが堆肥をまくみたいな,それが毎日の日課というんですか.やっぱ,津島の土地が好き,というんですか,好きすぎて好きすぎて,もう.楽しく仕事をしてたと思います」

 

勇夫さんにとって,どこよりも心が安まる場所だった自宅.

まゆみさん「ここが定位置」

寿彦さん「定位置でしょ.この椅子が」

まゆみさん「いつも旦那が座っていた」

寿彦さん「これは,父がここに座っているとき,ここで,こう,多分,撮った写真.笑ってる写真だと思ったんですよね.これ.

自分のところに人を集めて,みんなで,わいわいと,お酒を飲むのが好きで,自分はあまり飲まないけど,人にいっぱいお酒をついで飲ませてあげる」

 

2011年3月.

津島地区も放射線量が高いことが分かり,全住民の避難が決まります.

しかし,勇夫さんは,これを拒否.一人,津島の自宅に残りました.

 

まゆみさん「やっぱり,ここが一番大事なふるさとだったので,『なんで避難しなくちゃいけないんだ?』って」

 

自衛隊や,役場職員の説得を受け,勇夫さんが避難に応じたのは,事故から,2ヶ月後のことでした.

 

まゆみさん「うちの旦那の」取材者「それですか」

まゆみさん「間違いない」

玄関に置かれたままの,勇夫さんの上着.津島には,すぐに帰れると考えていました.

取材者「じゃあ,避難するとき.置いていったんですね,これ?」

まゆみさん「そうです.はい」取材者ってことですね」

寿彦さん「多分,(すぐに)戻ってくるから,置いていった」

まゆみさん「置いていったんですね」

 

しかし,避難は予想を超えて長期化.仮設住宅での生活が始まります.

勇夫さんは,日に日に意気消沈しました.

「元気を出して欲しい」と願った家族は,勇夫さんを初めての一時帰宅に連れ出します.

大切な牧草畑が,人の背丈ほどの雑草に覆われていました.

 

寿彦さん「ここだね.ここに座ってた」

勇夫さんは,思い詰めた表情で,愛用のトラクターに座り込んでしまいました.

寿彦さん「トラクターを見たいということで来たんですけど,ちょっと,いろいろ見て,エンジンもかからなくなってしまって.

で,座ったのはいいんですけど,座って,そっから動かなくなってしまって.そっから,『俺は自宅にいる』って言い張ってしまったんですね.

で,結局,『家に誰もいないし,帰還困難区域だから帰るよ』って言っても,意地でも座ったままで.無理やりですけど,ほんとに引っ張って車に乗せたことがありましたね」

 

津島で再び暮らす自分の姿が見えない.

絶望した勇夫さんが頼ったのが「酒」でした.

まゆみさん「自分だけ,家に帰れると思っていたと思うんです.津島に.普通に,それが.できないっつうのが,やっぱ,心の中に,『ああ,そうなんだ』っつうのが,徐々に分かってきて,お酒を飲むようになってしまったっつうか」

寿彦さん「500mlのペットボトルに,(焼酎の)原液を移して,普通だったら,水で割ってのみのが当たり前なんですけど,そのまま,お水のようにゴクゴク飲んでしまう.お酒がないといらいらしてしまう.4リットル(の焼酎)を,1日に飲んでしまうみたいのが,ほとんどで」

取材者「もし,それを買ってこないというか--」

まゆみさん「それ---やっぱり暴れますよ.やっぱり.すごく.物をぶつけたり」

寿彦さん「お酒を飲んで,冷静を保つみたいな.津島にいた時のお父さんじゃなくて,もう,今はもう,ちょっと別な人---.人柄と言うんですか.性格も変わってしまったような感じで」

 

津島を離れて1年5ヶ月後に仮設住宅で撮られた写真.この頃には肝臓が弱り切り,一人では起き上がれなくなっていました.

 

まゆみさん「最期に,泣いて,逝きました.

すごく,もう,悔し涙だったんだと思うんですけど,あんだけ,やっぱ,津島に帰りたいっつう涙が止まらなかったのかなっつうのが.

原発がなければ,うちの旦那も長生きできたと思うんですけど.

原発がなければ,こんなに苦しむことなかったのにな,と思いました」

 

門間勇夫さんの例.

蟻塚医師は,フラッシュフォワードの脅威を指摘します.

蟻塚医師原発避難の人たちは,前を向けば向くほど,絶望しか見えなかった.そういう未来に向くようにって,逆に過酷なこと.

そういう,とんでもない矛盾というか,絶望を含んだことなので,未来がないことに対して,どう対応するか.サポートするか,ケアするかっていうことは,全く,私らは未経験だったので.そこは,大変申し訳ないっていうか,未知の事態に遭遇したんだなと思います」

 

続く

 

付記

東日本大震災 死者・行方不明者数,震災関連死数

https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

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ttps://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けている.

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http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

フラッシュフォワードはチェルノブイリ原発事故で発見されました.「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.故郷の土地や自宅,全てを失ったのです.コミュニティも崩壊.絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」 「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.二重の苦しみを抱える武藤さん.この日,一時帰宅を申請し自宅を訪れました.『これは,もう,うちじゃない』 NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」2

原発事故 命を脅かした心の傷」2

 

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NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

  2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)     2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

 

原発事故 命を脅かした心の傷」1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/03/04/011749

 

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.

「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

-----

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

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福島の被災者は,過去のトラウマだけでなく,将来に対する絶望からも心身に不調を来す二重の苦しみに直面していると,蟻塚医師は考えています.

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷」2

フラッシュフォワードは,1986年のチェルノブイリ原発事故で発見されました.

心理学者のアン・スペックハード教授(アメリカ・ジョージタウン大学医学部).「リクビダートル」と呼ばれる事故処理30人に面接調査を実施.その中で,「フラッシュフォワード」と呼ぶべき心理現象が,頻繁に起きていることに気づきました.

スペックハード教授「彼らには,『PTSD』症状が見られ,『事故処理の時の記憶がフラッシュバックするのだろう』と私は考えました.しかし,彼らには,フラッシュバックは起きていませんでした.そこで,私は気づいたのです.彼らを苦しめているのは,『過去の記憶』ではなく,『将来への恐怖』だと.

フラッシュフォワードとは,被ばくしたことで,自分の将来に何が起きるのか,『未来への恐怖』を抱くことです」

 

リクビダートル・作業員の調査で,将来に対する強い不安が,心身に不調を来すことを発見したスペックハード教授.

避難させられた住民にも聞き取り調査を行います.そして,心と体に深刻なダメージを与えるのは,「被ばくによる不安」だけではないことに気づきました.

スペックハード教授「生まれ育った土地で暮らす人びとにとって,自分たちも大地の一部です.チェルノブイリでも,避難区域に住んでいた住民が,汚染された故郷の土を大事に持っていました.強い愛着を持つ故郷の土地や自宅,その全てを失ったのです.

コミュニティも崩壊しました.他の場所で人生をやり直すのは簡単ではありません.

そうして,仕事や生きがいを喪失すると,人は,その絶望から病気になり,命を落とすことさえあるのです」

 

過去の「トラウマ」と,「将来に対する強い不安」.その二重の苦しみを抱える武藤さん.

この日,一時帰宅を申請し,津島(福島県浪江町津島)の自宅を,(夫の晴男さんとともに)訪れました.

武藤さん「前よりすごくなっちゃった」晴男さん「ぼろぼろだよ」

イノシシなどの動物に荒らされた家の中.

武藤さん「上もすごい.動物入ってるよ」晴男さん「動物入ってる?」

2階の異変に,この日初めて気づきます.

晴男さん「うわうわうわ!」武藤さん「ここ,(前回は)こんなになってなかった」

1年前,この部屋は,まだ,人が泊まれるような状態でした.

武藤さん「こんなの,こんなところになかったのに」

武藤さん「何か,息苦しさというか,(胸をさすって)この辺がおかしくなってくる.---ふう〜(深呼吸)」

武藤さん(取材者の問いかけに)「うん?今何か,この辺が.ちょっと外に出ます.(晴男さんに)外に出るよ」晴男さん「うん」

武藤さん「車に乗ってて,いいですか?」取材者「はい,はい」

晴男さん「(妻は)『これは,もう,うちじゃない』と.『自分はどこにも住めないんだ』と.(将来の)想像も何もできない.こうしていこう,ああしていこう,こうなろう,頑張っていく気持ちに,なかなか,なれない.まあ,おそらく,今日は大変だね」

取材者「ああ.今日,お家に帰ってから?」

晴男さん「うん.大変ですね」

(映像:車の助手席に座り,窓の外を眺めるともなく,じ〜っとしている武藤さん」)

 

将来が見えないことから引き起こされるフラッシュフォワード

その苦しみが,命をも奪ったケースがあります.

 

武藤さんと同じ,浪江町の津島に,その過酷さを思い知った遺族がいました.

 

続く

 

 

付記

東日本大震災死者・行方不明者数,震災関連死数

https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

 

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ttps://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けている.

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http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」1 福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

ETV特集原発事故 命を脅かした心の傷

    2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)

    2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

 

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

NHK取材班は,苛酷な避難生活が続く中で命を落とした被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を入手し,徹底分析.

さらに「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝える.

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

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原発事故によって,突然始まった不慣れな土地での「避難生活」.

県?職員「(ロッカーを開けて)亡くなるまでの経過(の書類)が入ってます」

“ふるさとの喪失”がもたらす,“深刻なストレス”の実態を示す記録にたどりつきました.

(書類の映像:「震災から死亡までの経緯について」)

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書かれているのは,震災後から,死亡に至までの詳細な経緯.

被災者の心と体に何が起きていたのか.

専門家との分析によって,その全体像が,はじめて明らかになろうとしています.

精神科医「本当にもう限界だと.もう頑張っていけない.生きる意欲も失ってしまって,死のリスクにつながっていく.こんなことになってるなんて,思っていなかった」

 

今なお,4万2000人が,ふるさとに帰れないでいる福島.

避難生活の中で,命をも奪われる人が増え続けています.

 

そこには,「人生の見通しが,いつまでも立たないことによる「心の問題」が,深く根を下ろしていました.

 

精神科医「帰るところのない人たちの心のケア,日本ではやったことがない.かつて経験した,どの災害よりも,メンタルなトラウマのリスクは高い.

 

深刻なストレスは,命をどう脅かしたのか.

被災者や遺族,現場の医師たちへの取材から迫ります.

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷

 

(映像 メンタルクリニック「なごみ」」

福島県相馬市にあるメンタルクリニック

原発事故による「避難生活」で,深刻な症状に苦しむ人が,後を絶ちません.

 

患者「胸のこの辺が息苦しくなって,一人で『どうしよう,どうしよう』という感じになって,外に出るのが恐怖というか,苦しい,息苦しい」

初めてクリニックを訪れた武藤多恵子さん(60)です.

事故の直後に始まった症状が,今も続いています.

 

医師「不安反応が出てくれば,呼吸が苦しくなるとか,血が逆流してくる感じ?あるいは血が引いていく感じ?」

武藤さん「体の中がおかしくなる感じ.あっち行ったり,こっち行ったり.どうしよう,どうしようと」

精神科医蟻塚亮二さん(71).

被災地でトラウマ診療を行う専門医が少ない中,6年前に福島にやってきました.

今なお,4万2000人が,ふるさとを離れたままの福島.被災者の心と体が限界に達してしまわないか,危惧しています.

 

鉢塚医師「武藤さんたちが福島から逃げたのは?」

武藤さん「(2011年3月)15日に津島(福島県浪江町津島)を避難しました」

 

(映像 道路が閉鎖された津島地区)

武藤さんが暮らしていた浪江町津島.放射線量が高い帰還困難区域に指定され,8年たった今も,全住民の避難が続いています.

武藤さんは,事故の後,夫と夫の両親と一緒に,津島を出て避難を開始.避難所や親戚の家を転々としました.

異変が起きたのは1ヶ月後.茨城県にある団地にようやく落ち着いてからのことでした.

 

武藤さん「この頃から,ですね.この時期,地震(余震)が多かった.その時,携帯やテレビに情報(緊急地震速報)の,あの音.あの音を聞くとドキッとする」

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有塚医師「それを感じたのは,このあたり?取手にいた頃(2011年4月)」

武藤さん「ドキッとして,息苦しいというか,過呼吸.息ができない.それから,耳鳴りが,(頭のうしろを両手で押さえて)こっちとこっち,両方からして,何かこう,誰か『死ね』『死ね』って.『死ぬんだ』って,死,死,死って.ほんとに頭が---こうやって,ぐ〜っとやりたくなるぐらい,もう」

蟻塚医師「死ねって?」

武藤さん「何か知らないけど,『死』なの」

 

事故当時の記憶がよみがえることで,動悸や耳鳴り,幻聴といった症状に悩まされてきた武藤さん.

津島を離れた後,義理の母が認知症になり,武藤さんをひどく罵るようになったことにも,苦しんでいました.

二間しかない団地で,母との距離を置くには,ベランダで過ごす時間を増やすしかありませんでした.

武藤さん「その時,ベランダが3階だったんですけど,ベランダから下を見ていると,『あ〜,こっから落ちたら死ねるのかな〜.あの地震の時に死んでいれば,こんなに苦しい思い,しなくて済んだ』と」

 

津島を離れて5年.武藤さんは新たな苦しみに見舞われるようになります.

武藤さん「先々の不安もある.全然知らない土地での暮らし.隣とのつきあいもない.知っている人もいない.それも不安.(人からは)『そんな先のこと考えてどうするの』と.『今の楽しいこと考えればいいんだよ』と言われたけど,それができない」

蟻塚医師「ということは,先(将来)のことが,頭に入ってくるんだね.できないっていうのはね.考えたくなくても,頭に入ってくる」

武藤さん「そうそうそうそう.先のことを---うん」

 

武藤さんを苦しめる「事故当時の記憶」と「将来への不安」.

蟻塚医師は,そこに福島の被災者が抱えるストレスの特徴があると見ています.

 

蟻塚医師「過去のトラウマ記憶,体験が,現状に侵入してくる.フラッシュバック」

 

フラッシュバックとは,

トラウマとなっている過去の記憶が,何かのきっかけで突然よみがえったり,夢に見たりして苦しむ心理現象です.強烈なトラウマ体験のあと,心身に症状が出る「PTSD 心的外傷後ストレス障害」の代表的な症状です.

PTSD post-traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス障害 強い恐怖体験が原因で悪夢・精神マヒ・過覚醒・不安などの症状が出る)

 

武藤さんの場合,地震や災害のニュースが引き金となり,フラッシュバックが起きていました.

それに加えて,福島の被災者を苦しめる,もう一つの心理現象.

「未来が曖昧で見えない」ことから引き起こされる,「フラッシュフォワード」です.

 

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

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福島の被災者は,過去のトラウマだけでなく,将来に対する絶望からも心身に不調を来す二重の苦しみに直面していると,蟻塚医師は考えています.

 

続く

 

 

付記

東日本大震災死者・行方不明者数,震災関連死数

https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

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https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

 

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けている.

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http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf