瞿麦---撫子/常夏---ダイアンサス
万葉の時代には,瞿麦,万葉仮名で「奈泥之故」「奈弖之故」
平安時代になると,なでしこの表記が「撫子」となることは,昨日記したとおりです.
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/10/07/235633
石竹を示すとされる唐撫子に対して,日本のナデシコ(カワラナデシコとされます)を「やまとなでしこ」(*)と呼ぶこともしばしばあり,その際,「なでるようにして大切にあつかう子ども」の意味をもたせることもありました.
また,平安時代以降,ナデシコは「常夏 とこなつ」(**)とも呼ばれるようになり,この場合,季は夏.一方「撫子」の季は,夏とされる場合と秋とされる場合があるそうです.
(古今短歌歳時記 鳥居正博 教育社)
近世以降の俳諧では撫子は晩夏の季語.ナデシコが秋に咲くイメージは私にもありませんから,当然のようにも思います.山上憶良の歌に無理がある?
平安時代以降も,ナデシコは短歌の歌題としてよく取り上げられ,明治〜昭和の代表的歌人たちもナデシコを詠つています.
ただ,現代はどうでしようか?
野に咲くナデシコはほとんど見当たらず,カワラナデシコ(***)を見たことがない方の増えつつあるように思います.
フラワーショップでは,「ダイアンサス」と名札が付けられた西洋種がナデシコの中心に.
その「ダイアンサス」も,同じナデシコ属の世界的スター,カーネーションに押されつぱなしのようにも感じます.
*「やまとなでしこ」が日本女性の代名詞として用いられるのは,江戸時代からといわれています.例えば為永春水「春色恋白波」(1839‐41)にみられるとのこと.
**「とこなつ」が別種のナデシコという記載はみつからないので,同じカワラナデシコの別名と考えておきます.
***カワラナデシコの学名はDianthus superbus var. longicalycinus.
Dianthus superbus L. subsp. longicalycinus(Wildflower) @ Fukushima Japan | Mapio.net
Dianthus superbusは英語圏ではフリンジピンクまたはラージピンクと呼ばれ,世界各国に広く分布しています.
地域特有の変種が6種あるうちの一つがカワラナデシコ(var. longicalycinus)となります.
一方の石竹の学名は,Dianthus chinensisで,英語ではChinese pink.
Dianthus chinensis - Wikipedia
ナデシコを詠んだ歌(2)
古今短歌歳時記(鳥居正博 教育社)より抜粋
塵をだにすゑじと思ふ咲きしより妹とわが寝るとこなつの花 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね) 古今集・夏,一六五
我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまとなでしこ 素性(そせい) 古今集,秋上,二四四
いづくにも咲きはすらめどわが宿のやまと撫子たれにみせまし 伊勢 拾遺集・夏,一三二
せきちくの小花の紅をにじませて露すこしある庭石の縁 太田水穂 冬菜
君が家(や)につづく河原のなでしこにうす月さして夕となりぬ 与謝野晶子 舞姫
高原の日になびきたる湖辺行き石竹の花を火かと驚く 前田夕暮 深林
湯上がりの好いた娘がふくよかに足の爪剪る石竹の花 北原白秋 桐の花
八月の浅間が嶽の山すそのその荒原にとこなつの咲く 若山牧水 独り歌へる
すれすれに汽車の走ればなでしこの花あふられて土手にゆらげり 三ヶ島葭子(みかじまよしこ) 三ヶ島葭子全歌集
なでしこのさけるたをりのゆふばえにうつくしかりき君がほゝゑみ 釈迢空 釈迢空短歌綜集
まな力たしかとし見る岩隅の咲きのこる小さき石竹の赤 小野昌繁 秋山