朝皃 / キキョウ 桔梗を詠んだ歌(1) 山上憶良の「朝皃之花」は「桔梗」とするのが一般的.桔梗以外の候補は,木槿,朝顔(現在の).牧野富太郎博士はこれらの候補を否定し, 新撰字鏡で桔梗のふりがなに「阿佐加保」があることから,「朝皃=桔梗」説を後押ししました.枕草子には桔梗と朝顔が併記されているのですが---  臥(こ)いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝貌の花 作者不詳  我が目妻(めづま)人は放(さ)くれど朝貌の年さへこごと我は離(さか)るがへ  東歌

秋の七草」を詠んだ歌を改めて紹介しようというシリーズ:

紹介というのはおこがましく,いつもの通り「写すだけ」ですが----.

萩の花 尾花(をばな) 葛花(くずはな) 瞿麦(なでしこ)の(が)花 女郎花(をみなへし) また藤袴(ふぢはかま) 朝顔の(が)花  山上憶良  万葉集 巻八 一五三八

芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝皃之花

 

今日は

朝皃 / キキョウ 桔梗(1)

キキョウ | 公益社団法人東京生薬協会

上記の山上憶良の歌(旋頭歌)の「朝皃之花」を「桔梗」とするのが一般的になっています.

この説をより強いものにしたのが牧野富太郎博士で,牧野博士の主張をまとめたサイト

https://www.benricho.org/koyomi/nanakusa_aki.html

から「朝皃=桔梗」説を抜粋すると次の通り.

桔梗以外の候補は,木槿朝顔(現在の)とされることから,それぞれを否定する形で論じられています.

かなり説得力はあります.

 

「朝皃之花」は「桔梗」とする根拠

https://www.benricho.org/koyomi/nanakusa_aki.html

▽現在の「朝顔」ではない:

・「朝顔」が中国から伝わったのは山上憶良より後の時代

・「朝顔」は野の花ではない

・夕方咲いているのが見事という歌が万葉集にあるが(朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり 作者不詳 万葉集巻10・2104) 「朝顔」は夕方見事とは決して言えない.

 

木槿ではない:

・「ムクゲ木槿」は中国からの外来の灌木であり野辺に自然に生えているものではない.

・万葉歌の時代に日本へ来ていたのかどうかも疑わしい.

 

▽「キキョウ説」:新撰字鏡に従ってよいと信ずる

山上憶良より200年ほど下った平安時代に書かれた、現存する漢和辞典では日本最古の『 新撰字鏡しんせんじきょう』(平安前期の昌泰しょうたい年間(898〜901)に成立)の「桔梗」の項で、「阿佐加保・あさがお」と振り仮名が振られている.

⇒「この貴重な文献においてそれに従ってよいと信ずる」

 

ただし,

「朝皃之花」は「桔梗」とするには,不都合な事実もあります.こちらもかなり強力です.

主に,現在の朝顔だろうとする論文 の要旨https://cir.nii.ac.jp/crid/10500063636851317760 を中心にまとめると:

枕草子源氏物語では,キキョウもアサガオも出てくる

枕草子』(64段 http://kakashi.sakura.ne.jp/100hana2014pdf/030202asagao.pdf

草の花は撫子(ナデシコ)。唐のはさら也、大和のもいとめでたし。女郎花(オミナエシ)。

桔梗(キキョウ)。朝皃(アサガオ)。刈萱(カルカヤ)。菊。壺菫(ツボスミレ)。竜胆(リンダウ)はえださしなどもむつかしけれど、こと花どもの、みな霜がれたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出たる、いとおかし。

▽キキョウは,朝に咲く花とは言い難い.

▽現在の「朝顔」が日本に移入されたのが,山上憶良の時代より後とする明確な根拠はない.

▽夕方まで咲いている朝顔も珍しくはない.

 

 

今日は,万葉集にある「朝皃/朝顔」を詠んだ歌を取りあげます.

楽しい万葉集たのしい万葉集: 朝顔(あさがほ)を詠んだ歌の解説をお借りして.

 

朝顔は朝露負(お)ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり  作者不詳 巻10,2104

朝顔は朝露(あさつゆ)を浴びて咲くというけれど,夕方の薄暗い光の中でこそ輝いて見えるのですよ.)

 

臥(こ)いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝貌の花  作者不詳 巻10,2274

(ころげまわって恋焦がれて死のうとも,はっきりとは顔色には出しません,朝顔の花のようには.)

 

言に出でていはばゆゆしみ朝貌の穂には咲き出ぬ恋もするかも   作者不詳 巻10,2275

(口に出して言って悪いことが起こるといけないので,「あさがほ」の花のように,目立たないように恋(こい)するのです.)

 

 

我が目妻(めづま)人は放(さ)くれど朝貌の年さへこごと我は離(さか)るがへ   東歌 巻14,3502

(私が愛する妻のことを,人は引き離そうとするけれど,朝顔のようにいつまでも大切にして私は離れませんよ.)