スベトラーナ・アレクシエービッチ2 ”私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く”NHKEテレ  「今ロシアに起きていることはファシズムであると言ってもいいでしょう.他民族を蔑視し,自民族の優位性を誇ることは,ファシズムの最初の兆候なのです」「冷蔵庫が空になれば,人びとは考え,何らかの反応をするようになると思います」「もしもプーチンが勝ったら,私たち全員にとっての大惨事です.旧ソ連地域のみならず,ヨーロッパの平和にとっての大惨事になるのです」

ウクライナ侵攻が変える世界 私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く」

NHK Eテレ 初回放送日: 2022年4月2日

1. スベトラーナ・アレクシエービッチ2

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https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/04/07/232703

道傳「メディアではほとんど伝えられないんですけど,ロシア兵やその家族にとってこの戦争はどんな意味があるとお感じになりますか?」

アレクシエービッチ「とても難しい質問です.私はユーチューブにアップされた録音は全て必ず聞くようにしています.

捕虜になったロシア兵が自宅に電話した際の音声をウクライナ諜報機関が盗聴したものがあります.兵士が家に電話をして言います.『ママ僕だよ』『今どこからかけてきているの?』母は演習に行くと聞かされていたのです.『ママ,僕たちはここに人を殺しに来たんだ』『どういうこと?どうしてそんなことに?』『とにかく人を殺しに来たんだ.略奪もしたよ』.

他にこんなやりとりもありました.

『僕たちはハリコフ(ハリキウ)を爆撃している.ハリコフはがれきの山となってしまった』

それに対して母親は何と答えたか.

『あなたのおばさんがハリコフに住んでいるわ.

私は(プーチン)大統領が好きだし,信頼している.あなたが何か嘘を言っているんじゃないの?』

分かりますか?人びとはまともな情報を入手できていないのです.

ロシア社会は深い昏睡状態に陥っているという気がします.」

 

道傳プーチン大統領や大統領を支持するロシアの人たちの考え方というのは,どう理解すればいいのでしょうか?プーチン大統領プーチン大統領が感じているという屈辱と言うことを良く聞くんですけど,その根源には何があるんでしょうか?」

アレクシエービッチプーチンは大ロシア主義にとりつかれた人間です.それは大セルビア主義や大ドイツ主義と同様な考えで流血しかもたらしません.私たちが目にしているような流血とファシズム以外は産まないのです.

そして,今ロシアに起きていることはファシズムであると言ってもいいでしょう.他民族を蔑視し,自民族の優位性を誇ることは,ファシズムの最初の兆候なのです.

プーチンの場合,1930年代のドイツで起きた,いわゆるワイマール・コンプレックスが根本にあると思います.第一次大戦で敗北したドイツは虐げられ侮辱され,巨額の賠償金を支払わされて国民の生活は困窮し,復讐を熱望するようになりました.似たようなことが今のロシアにも起こっています.これはとても危険なことです」

 

道傳ソビエト時代の闇を取材し書いてこられたお立場から,崩壊後の30年というのはどういう風に考えてらっしゃいますでしょうか」

アレクシエービッチ「私は当時モスクワにいましたが,みんな『自由だ!自由だ!』と叫んでいました.自由はすぐそばにあって,文字通り明日になればやってくるものと思っていました.しかし,収容所のような閉鎖された体制で生活してきた人間が,収容所を出て『自由』というものを建設することなどできません.自由というものがどんなものか知らないのですから.その人は,これまで建設してきたもの,つまり次の収容所を作り始めるのです.それが,今,ロシアで起きていることです.

私たちは,共産主義は死に絶え,元に戻ることはないと思っていましたが,間違いでした.今私たちの目の前で,最悪の形で生まれ変わりつつあります.むしろ,かつてあったものよりひどい」

 

1991年に崩壊したソビエト連邦共産党による一党支配が終わり,資本主義経済に移行しました.しかし,深刻な経済危機にみまわれ,貧富の格差が拡大.社会に混乱が広がりました.

2000年ロシアの大統領にプーチンが就任し,ロシアの再生を訴えます.

プーチン大統領「経済の遅れはロシアの大きな問題だ.安定した経済が民主主義を保障し,尊敬される国家としての基盤となる」

 

アレクシエービッチ「権力を握った当初,プーチンは民主主義者を演じました.でもたちまちその仮面を投げ捨てると,社会の最もダークな連中を頼りにしたのです.現在,権力の周辺にいる,哲学者や宗教者など,民主主義的な考え方を拒否したエリートたちです.彼らは皆,カネを崇拝し,偉大なロシアの再来を欲しています.

プーチンは,私たち民主派の失敗につけ込みました.私たちは90年代にあまり国民と話し合いませんでした.

共産主義は崩壊し,これまでと全く違う新しい生活が始まるということについて,彼らに全て説明しなければいけなかったのです.

プーチンは,政権の座にあった20年間,巨額の費用をプロパガンダと軍備に費やしました.そして私たちがいま目にしているように国民を征服し,判断力を失わせることに成功しました.

今,ロシア国民は完全に人間らしさを失ったような状態です.

しかし,今後,経済制裁でロシアの生活が悪化すれば,『テレビと冷蔵庫の戦い』が始まります.テレビが従来通りロシア国民に影響力を持つのは,冷蔵庫がいっぱいの時だけなのです.

冷蔵庫が空になれば,人びとは考え,起きていることに対して何らかの反応をするようになると思います」

 

アレクエイエービッチさんが三歳から暮らしてきたベラルーシソビエト連邦の崩壊とともに独立したものの,民主化はなかなか進みませんでした.1994年に大統領に選ばれたルカシェンコはが,30年近く,事実上の独裁政権を維持しています.

ところが,2年前の大統領選挙を機に,辞任を求める市民の抗議デモが拡大.治安当局の厳しい弾圧を受けました.

民主化運動に参加したアレクシエービッチさんも当局の取り調べを受けます.そして,病気治療を理由にドイツにのがれざるをえなくなったのです.

 

道傳「以前,インタビューの中で,『個人個人の勇気が試されている.自分に対しても他人に対しても,本当のことをいう勇気が必要なのです』と語っておられました.それは今日も,どの国にいても試されることではないでしょうか.」

アレクエイエービッチ「そうです.真実は犠牲を必要とします.これは受け入れなくてはいけません.私自身のことをお話ししましょう.

故郷に戻ることができたら,どんなにいいでしょう.親しい人たちに囲まれて.私は故郷から遠く離れていたくありません.

でも,ここにいてはじめて本がかけるのです.故郷では本を書かせてもらえない.私自身も書くことはできないでしょう.刑務所などに入れられることはわかっています.私の健康状態,気力や体力のこともあります.自分ができることを冷静にとらえるべきなのです.

自由の兆し,政権が崩壊する兆しが現れたら街頭に繰り出し,自分の言葉で公に発言できる.

その時まで生き抜く必要があります.」

 

道傳「今の戦いの中には,たくさんの痛みや傷があるとおもうんですけど,この戦争はウクライナやロシアの市民に何を残すことになるんでしょうか.そうしたたくさんの痛みや傷を乗り越えて,たとえば,その先に和解を見いだすことはできるんでしょうか」

アレクエイエービッチ「これは,おそろしくもっとも難しいことです.私は,この戦争と2年前の私たちの革命についての本を書いていますが,これこそが一番重要な問いです.

今起きていることは,いつかは終わるはずです.

ウクライナの未来の世代,今の若者や子どもたちが成長したとき、ロシアの人びととどうやって話をするのか.

今,ウクライナ中で歌われている歌があります.『ぼくらは二度と兄弟にならない』という歌です.でも救ってくれるのは愛だけ.憎しみでは救われません.

犯罪を犯したものは法に基づいて裁かねばなりません.

そして,新しい人生を生きていきたいと思う人たち,悔い改めて許しを乞う人たちとは,どうやって一緒に生きていくのかを学ばねばなりません.

でもそれは,まだ,遠い先のことです.その日のために,私たちはまず勝たなくてはならない.なぜなら,ウクライナの勝利は,将来のベラルーシ,そしてロシアにおける勝利でもあるからです.

ウクライナが勝って初めて民主主義が旧ソ連各地でチャンスを得るのです.

もしもプーチンが勝ったら,ウクライナという国が存在しなくなるよう,あらゆる試みをするでしょう.そうなったら,私たち全員にとっての大惨事です.旧ソ連地域にとっての大惨事であるのみならず,ヨーロッパの平和にとっての大惨事になるのです.

いま経験していることは,本当につらいものです.この経験は血まみれです.

でもここから,私たちは多くを学び取るでしょう.私たちは今までとは別の人間になるのです.」

道傳「アレクシエービッチさんどうも有り難うございました」

アレクシエービッチ「真実を知ろうとする気持ちに感謝します」