イアン・ブレマー1 ”私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く” NHK Eテレ 「冷戦が終わった後,ロシアは屈辱を味わったのだと思います」「ロシア人は,歴史について未来について,ウクライナ人と違う考えを持っている」「ロシアの行動を目撃しながら,西側諸国は概して消極的な態度を取りました」「今回の侵攻の責任は全てロシア大統領にあります.しかし,西側諸国の過ちの積み重ねについても理解すべきです」「この状況において核兵器はさらに有益になったと.そんな会話はしてはならない.恐ろしく危険です」

ウクライナ侵攻が変える世界  私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く」

NHK Eテレ 初回放送日: 2022年4月2日

 

イアン・ブレマー1

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「ウクライナ侵攻が変える世界 私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く」 - ETV特集 - NHK

 

インタビュー3人目は,アメリカの国際政治学者イアン・ブレマーさん.

21世紀は,世界を主導するリーダーが不在の「Gゼロ」の時代であると提唱.連帯なき世界が抱える問題を指摘してきました.

 

「今日は」「お久しぶりです」

「本日はお時間をいただき,ありがとうございます」

 

ブレマーさんは、政治リスクを専門とするコンサルティング会社を経営し,世界に影響を与えるリスクについて,アドバイスをしてきました.

今年,ロシアが行動に出るリスクに言及していたブレマーさんに,

(“プーチンアメリカ主導の西側諸国から譲歩を得られない場合,彼は行動する可能性が高い”)

アメリカと世界は何に失敗したのか聞きました.

 

道傳「冷戦が終わったとき,世界は高揚感に包まれました.しかし,実際には,未だ終わっていなかったのでしょうか?」

ブレマー「私が思うに,何が起きたかというと,冷戦が終わった後,ロシアは屈辱を味わったのだと思います.彼らは自分達の帝国を失ったのです.東欧諸国はEUNATOに加盟して,政治的安定,経済成長,社会的調和を得た一方で,ロシアはのけ者にされたのです.

 G7+1を覚えていますか?『+1』ってなんだ?って話です.『+1』とは次の食事は別の誰かが誘われる,その程度の相手です.妻でも夫でもない相手です.ロシアはその『+1』です.ロシアは歓迎されることがなかった.そのことに怒っているのです.侮辱されたと感じ,怒りを爆発させているのです.たしかに冷戦は終わりましたが,ロシアは漂流したままだったのです.ロシアの統治はきわめて貧弱で,不安定です.

結末がどうなるかについてですが,プーチンが軍事侵攻を決断する前より,今後は,はるかに不安定な状態となるでしょう.世界のリーダーでも管理は難しい.アメリカもヨーロッパもアジアもです.

プーチンは,コロナの状況下,2年間にわたり孤立していました.世界を旅して他のリーダーたちの声を聞く機会はありませんでした.ロシアの人たちとばかり交流して,自分が聞きたい情報だけ得ていたのです.そして,軍部指導者たちは,軍の能力について間違ったアドバイスをしていたようです.もし,プーチンがこの2年の間に,もっと世界を旅していたら,人の話に耳を傾けて気づけたはずです.これは,自分が思っているほどトントン拍子でいかないだろう.」

 

ブレマーさんの分析の背景には,もともと専門にしてきた旧ソビエトの研究があります.博士論文(民族の政治 新ウクライナにおけるロシア人)では,複雑に絡み合う,ロシアとウクライナ民族意識を分析しました.

 

道傳「あなたの博士論文は,ソ連崩壊後のウクライナについてでした.概要を読ませていただきました.」

ブレマー「私が博士課程に進んだのは1989年のことでした.ベルリンの壁が崩壊した年です.私の最大の関心事は,差し迫っていたソ連の崩壊でした.そして,ウクライナに焦点をあてたのは,同じソ連の中でも,国民性が似ているからです.

例えば,ウクライナの南東部やクリミア半島では,ロシアと同じ正教を信仰しています.言語もお互いに理解し合える似通ったもので,文化的にも近いものがあります.ロシア人にはキャベツスープがあり,ビーツを使ったウクライナボルシチにもキャベツが入っています.似ていますよね.

しかしながら,私が調査したところ,ロシア国民は根本的に意識が違う.歴史について,背景について,そして未来について,ウクライナ人と違う考えを持っている.ですから,クリミア半島ウクライナの南東部では,ソ連が崩壊してウクライナが独立したからといって,課題は解決しないわけです.

イスラム教徒とキリスト教徒の対立や,文明の衝突という種類のものではないのです.部外者からすれば,『あなたたちは兄弟でしょう.仲良くすべきでしょう』と言われる人たちです.」

 

道傳「これらの国々が歩んで来た歴史を思うと悲しくなります.しかし,これらのことは一夜にして起こったことではありません.自然災害とは違うわけですよね.私たちは,特に西側諸国は,こうした20世紀型の野蛮な戦争を防げなかったことを認めなければならない.違うでしょうか?」

ブレマー「そうですね.というより,もっとひどいと言えるでしょう.ロシアのあらゆる行動を目撃しながら,西側諸国は概して消極的な態度を取りました.

私が論文を書き終えた1994年と同じ年に,ウクライナ核兵器を放棄しました.核兵器放棄の見返りにグダペスト覚書が結ばれました.アメリカ,イギリス,ロシアは核を放棄したウクライナの領土保全を約束したのです.

しかし,わずか20年後の2014年にロシアはウクライナに侵攻しました.覚書はどうなったの?ロシアは署名したんですよ.そして,アメリカやイギリスはどう行動したか.

ウクライナNATO加盟国でないから,兵を送るつもりもない.経済制裁はしても大した規模ではないわけです.数十年にわたって,西側諸国はロシアの裏庭の法の支配などどうでもいいという姿勢でした.西側諸国が越えてはならないとする線は,ロシアの裏庭では何の意味もなさないという姿勢です.ですから,アメリカは関心がないのだと,プーチンには信じる理由があり,独立国であるウクライナへの侵略という今回の致命的な決断をしたのだと思います.

とはいえ,はっきりしておきたいのですが,今回の侵攻の責任は全てロシア大統領にあります.彼は,この4週間,毎日のように戦争犯罪をおかしてきました.ですから,いま起きている侵略に対して,プーチンが責任や罪を免れる余地はありません.

しかし,西側諸国の数十年にわたる過ちの積み重ねについても理解すべきです.それらがプーチンに行動させたのです.

 

道傳「私たちはまた世界大戦に突入するのでしょうか?あり得ることですか?」

ブレマー「そうでないことを願います.そして,あまりあり得ることとは思いません.

しかし,我々は,“キューバ危機2.0”の可能性がある世界にいると言わざるを得ません.我々は時間をかけ,この事態を何とかしなければなりません.外交においても,戦争を拡大させるかどうかの判断においても,このことを念頭に置く必要があります.どんな政治的決断においても,今後は,核の対立の可能性を考慮しなければなりません.この30年間にはなかったことです.

では,世界大戦の可能性はあるのか?はい,可能性はあります.21世紀にこんあことを言わなくてはならないとは本当に弱ってしまいます.これはポストモダンでもなければグローバリゼーションでもありません.想像しうる最悪の兵器で戦い,地球上の人類を恐怖に陥れることです.地球という宇宙の中の小さな岩の上の80億人を人質にとる行為です.

 

道傳「あなたは,『キューバ危機から60年たって,我々は何も学んでいない』とツイートしましたね.アメリカが学べていないことは何ですか?」

ブレマーまず6000発の核弾頭という存亡に関わる脅威を削減する方法を見いだしていません.これらはアメリカにもロシアにも一発たりとも使用させてはならないものです.この30年間,世界は核の危機が再び起きることは基本的にはないだろうと考えてきました.ずっとそう,ふるまってきました.しかし,いまやそんな時代ではありません.その可能性はあるのです.

ロシアによる国会からのミサイルが1000キロ離れたポーランド国境に近いリビウを直撃しました.ロシアのミサイルがNATO加盟国を攻撃しないといくらなら賭けますか?そんな賭けはできないはずです.つまり,このような恐ろしい核兵器がある環境に私たちは存在しているのです.

民間人に悪意を持って投下されたのは2回だけ.いずれも日本に対してです.もう二度とあのようなことを起こしてはならないと,みんなが理解しているはずです.しかし,二度と起きないようにするために私たちはこの60年間,何もしてこなかったのです.

私たちは軍備縮小に真剣に取り組んできませんでした.最悪の状況を回避するための軍縮の合意は,ソ連が崩壊したときより数が減っています.そしてこう受け止める国があると思うのです.核兵器は役に立つ.『ウクライナも核があればロシアによる侵攻を防げたはず』『我々にも核兵器が必要だよね』と.この状況において核兵器はさらに有益になったと.

しかし,そんな会話はしてはならない.恐ろしく危険です.