差別の深淵 「やまゆり園」公判を前に ㊤
強弁,ゆらぎ--- 見えぬ本心
幼少期,家族 接見に語らず
東京新聞2019年12月25日(水曜日)
相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で,入所者十九人が殺害され,職員を含む二十六人が負傷した事件から三年余.
殺人罪などに問われた元施設職員植松聖被告(二九)の栽培員裁判が来年一月八日に横浜地裁で始まる.障害者への差別に基づく凶行が社会に突き付けた問いは重い.事件の深淵は裁判で明らかになるのか.
初公判を前に,関係者の思いをたどった.
「意思疎通がとれない人は居てもらっては困る」.
拘留中の横浜拘置支所で本紙記者の取材に応じた植松聖被告(二九)は,裁判員裁判でどうしても訴えたいことを尋ねた際に,淡々とした様子で,これまで通りの発言をくり返した.
接見したのは十一日.事件があった三年五ヶ月前は短かった髪は背中まで伸び,金髪は黒髪になった.
記者との接見に慣れた様子で,質問には相手の目を見てはっきりと答える.しかし,障害者への差別的な考えは全く変わっていない.
死刑は必要かと尋ねると「殺人や強姦など死刑に値する罪を犯した人は外に出すべきではない」と主張する.
しかし,「あなたは殺人を犯した」と聞き返すと「人だと思っていない」と述べ,「社会にとって仕方がないこと.誰かがやらなければいけなかった」と最後まで正当化を続けた.
植松被告はこれまで,事件に関心を寄せる多くの人と接見を重ねてきた.長男が知的障害を伴う重度の自閉症というRKB毎日放送(福岡市)東京報道制作部長の神戸(かんべ)金史さん(五二)もその一人.
二〇一七年十二月から六回の接見で,印象に残っているのは,会話が困難な長男の金佑(かねすけ)さん(二一)がタブレット端末を使って「おはようございます」「誕生日おめでとう」と連絡をくれると被告に伝えたとき.
おどろいた表情を浮かべたが,すぐに反論したそうにして,考えを改めるそぶりはなかったという.
そして,今年二月の最後の接見では「すぐに安楽死させるべきだった」と強弁した.
「感情がこもった言葉で,憎悪を感じた」と,むしろ主張を激化させたと感じた.
一方,違う変化を感じる人もいる.
筋ジストロフィーの男性の自立生活を取材した「こんな夜更けにバナナかよ」の著者で,今年五月から断続的に接見を重ねるノンフィクションライター渡辺一史さん(五一)は「だんだん自分の言っていることが社会に受け入れられないと気付いてきている」とみる.
根拠の一つに,裁判でどんな主張をするか尋ねると「聞かれたことに答えます」と述べる点を挙げる.
「自分の説を堂々と展開すればいいのに,当初の発言と比べて熱がないと感じる」
被告が一貫して多くを語ろうとしないことがあるとも感じている.
それは,家族や子どもの時代の話.
渡辺さんは「陽気で自分の意見をはっきり言うので仲間に一目置かれる存在だったのに,容姿などなぜか自己肯定感が低い」と関心を向ける.
「本人が語ろうとしない両親との関係や幼少期の体験などが人物像を理解する上で重要な鍵になる」とし,被告を「形づくった根幹」が裁判で明らかになることを期待する.
相模原障害者殺傷事件
2016年7月26日未明,相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刃物で刺されて死亡,職員2人を含む26人が重軽傷を負った.
神奈川県警は元施設職員の植松聖被告(29)を殺人容疑などで逮捕.
横浜地検は,精神鑑定の結果,被告は「自己愛性パーソナリティー障害」だが完全な責任応力があると判断して,17年2月,殺人など六つの罪で起訴した.