2020年2月6日 相模原殺傷事件 被告人に直接質問 遺族「何も得られず」/謝罪「本当の気持ちか」// 1月28日 園での勤務経験が影響か 植松被告が主張/「暴力はない」やまゆり園長/犯行一方的思い込み//1月27日「匿名審理,問題を象徴」と主張//1月27日「施設入所 負担の証拠」//1月25日被告,正当化延々と持論/被害者家族「あきれた」「責任能力を争うのは間違っていると思います」「大麻の話をもう少し」// 1月24日 背景に「金欲しい」植松被告犯罪と認識 東京新聞 被告人質問関連記事まとめ

相模原殺傷事件公判被告人質問 これまでのまとめ 東京新聞2020年2月7日⇒1月23日

 

▽2020年2月7日 朝刊

相模原殺傷 犯行、両親から制止 差別思想、幼少期からか

東京新聞:相模原殺傷 犯行、両親から制止 差別思想、幼少期からか:社会(TOKYO Web)

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら四十五人が殺傷された事件で、殺人罪などに問われた元施設職員植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第十一回公判が六日、横浜地裁(青沼潔裁判長)であり、被害者の遺族や家族、職員の代理人弁護士が質問した。植松被告は愛情を受けて育った過去や、両親に犯行の計画を打ち明けたが反対されたことなど、両親との関係を法廷で初めて口にした。 (曽田晋太郎)

 

 この日もスーツ姿で出廷した被告。犯行当時の状況などは淡々と語る一方、話題が両親に移るとハンカチで顔を何度もぬぐうなど、落ち着かない様子を見せた。

 

 被告は犯行前、両親に事件を起こす考えを伝えたが、「周りにたくさん迷惑を掛けてしまう」「悲しむ人がたくさんいる」と制止されたという。しかし「何度も考えて間違っていると思えなかった」として、考えを変えるつもりはなかったと明かした。打ち明けた時期が二〇一六年二~三月の措置入院の前か後か問われると「覚えていません」と答えた。

 

 両親について「学習塾に行かせてもらい、部活動もさせてもらい、不自由なく生活させてもらったと思う」と述べ、「大切な人」との認識を示した。

 

 大学進学時に将来は教師になろうと考えていたことや、やまゆり園で働くことについても話をしたという。

 

 事件後、両親は十回以上面会に来て、被告が事件について謝罪すると、涙を流していたという。その姿を見て「申し訳ないと思った」とも語った。

 

 一方、障害者を差別する考えは幼少期から抱いていたとした。遺族の代理人弁護士から「小学校の時に障害者はいらないという作文を書いたか」と聞かれると、「低学年の時だと思います」と回答。さらに、中学生時代、年下の知的障害がある生徒が同級生を階段から突き落としたことがあったとして「(障害がある生徒の)腹を殴りました」と述べた。

 

◆主張に矛盾 答え窮する場面も

 「障害者が笑顔を見せることもあったでしょう」。六日の裁判で、被害者代理人の弁護士は代わる代わる法廷に立ち、被害者の生前の写真を示すなどして植松聖被告が奪った命の重みを感じさせようと質問を重ねた。被告が答えに窮する場面もあったが、聞かれていない差別的な主張を繰り返すなど、やりとりがかみ合わないまま四日間の被告人質問が終わった。

 

 殺害された美帆さん=当時(19)=の母親の代理人を務める男性弁護士は「入所者が好きな歌を聴いたり踊ったりするのは心があるからなのではないか」と、諭すような口調で問いかけた。被告は障害者が幸福を感じる時があると認めたが「心と感情は別」「感情はどの動物にもある」と持論を譲らなかった。弁護士は美帆さんが周囲に幸せを与えていたと伝えても、被告は「そこだけ見ればそうかもしれませんが(施設に)預けるのは、家族の負担になっている証拠」と言い張り、美帆さんをおとしめる発言を続けた。

 

 テレビを指さして喜ぶ入所者を「人間の意思疎通とはいえない」と強弁する植松被告に、女性弁護士が「言葉が通じない外国でどうやって意思疎通するのか」と尋ねると、植松被告は「身ぶり手ぶりで伝えます」と回答。続けて身ぶり手ぶりで伝えようとする入所者と外国での姿との違いを聞かれた植松被告は口ごもっていた。 (丸山耀平)

 

 

▽2020年2月6日 朝刊

相模原殺傷 被告人に直接質問 遺族「何も得られず」 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら四十五人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元施設職員植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判が五日,横浜地裁(青沼潔裁判長)で開かれ,遺族らが被告人質問をした.法廷で「甲E」と呼ばれる姉=当時(60)=を殺害された男性(61)は姉への思いを訴え,最期の姿を尋ねたが,被告は淡々とした口調で答えるのみだった. (杉戸祐子,曽田晋太郎,丸山耀平)

 

 男性は緊張した面持ちで証言台の前に座る被告の目を見つめ,「植松聖さん」と声をかけ一問一問,丁寧に尋ねた.

 

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 三歳年上の姉は,脳性まひのため生活全般に手助けが必要で苦労もあったが,一緒に育つうちに「自分が他人に優しくできるようになった」かけがえのない存在だったという.

 

 法廷では,二十年ほど前に亡くなった母親の代わりに姉の面倒を見てきたと説明し,「大切な人」と強調した.

 

 それでも植松被告は「意思疎通のとれない人は社会にとって迷惑」と殺害を正当化し続けた.

 

 姉の遺体と対面した時を振り返った際は言葉に詰まって目元をぬぐった.「安らかな寝顔に安心し,涙が止まらなかった.死にざまを教えていただければ」.しかし,被告は「三回以上は刺していると思うが,細かく死にざまは見ていません」と淡々と答えた.

 

 「姉を殺した責任をどう取ってくれるんですか」と尋ねても,「それでも重度障害者を育てるのは間違っている」.男性はもどかしさをにじませ,「切なくなってきた.これで終わります」と質問を打ち切った.

 

 男性は事件以降,「なぜ姉は死ななければいけなかったのか」を被告から聞こうと十回ほど接見を重ねてきた.人ごとのような態度にたまりかね,「裁判で死刑を求めようと思っている」と告げ,被告が「上等だ.てめえ」と声を荒らげたこともあったという.

 

 閉廷後に取材に応じた男性は,植松被告が「はつらつとしていた」と映ったという.「『安楽死』という言い方をしているが,彼は姉をナイフで刺して殺した.その重みを分かってくれたら」と思い,二日がかりで質問を練ったが,「何も得られなかった」.

 

 公判では六人の裁判員らも質問.「事件を起こし,思っていた社会になったか」という問いに,被告は「重度障害者との共生社会に傾いた」と思惑が外れたように話し,「『やっぱり(共生は)無理だよね』となれば良い」と強弁した.また,同じ状況になったらどうするかという質問には「二度とこのような事件は起こさない」「自分の考えを十分に伝えさせてもらった」と訴えた.

 

<傍聴記>謝罪「本当の気持ちか」

 

 「言葉でいくら謝罪しても,本当の気持ちなのか疑問.パフォーマンスだとしか思えない」.事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)の父剛志(たかし)さん(76)はこの日,植松聖被告への質問を終え,吐き捨てるように語った.

 

 植松被告は剛志さんの求めに応じて「誠に申し訳ございませんでした」と犠牲者や家族に謝罪した.一方で,「障害者はお金と時間を奪っている」と従来の主張を繰り返した.

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 自分を真っすぐに見つめ,淡々と答える被告の態度に,ふてぶてしさすら感じたという.剛志さんがどうしても聞きたかった「今,幸せですか」という質問にも,「幸せではない.面倒だからです」と答えた後,「今のはちょっと失礼だった.不自由だからです」と言い直した.

 

 「障害者と家族の生活はきれいごとだけでないけれども,悩みながらも,考えて小さな喜びを感じてきた.あなたはその喜びさえも奪った」.苦悩の先にある喜びを伝えようと訴えたが,被告は「(被害者の)母親のことを思うと,いたたまれない」と淡々とした口調でかみ合わない答えを返すのみ.

 

 被告と両親との関係を詳しく尋ねたかったが,事前に弁護側から「事件と関係ない」と反対されて質問できなかったという.用意した質問の三分の一はできず,向き合った時間はわずか二十分.「やまゆり園に就職した頃の彼の面影はなくなっていた.どこで変わったのか聞こうと思ったが,うやむやにされ,聞けなかった」.質問を終えた剛志さんは寂しそうな表情を浮かべた. (土屋晴康)

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▽2020年1月28日 朝刊

園での勤務経験が影響か 相模原殺傷公判 植松被告が主張

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で,元職員植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第九回公判は二十七日,横浜地裁(青沼潔裁判長)で前回に続き被告人質問が行われた.植松被告は障害者への差別的な考えを持つようになった経緯について,園で働く中で他の職員が入所者に命令口調で話すのを見たり,暴力を振るっていると耳にしたりしたことなどを挙げた. 

 

 被告は前回,二〇一二年十二月に園で働き始め「こんな世界があるのかと驚いた」と話した.二十七日の公判で検察側が「何に驚いたか」と尋ねると,「入浴のとき,大の大人が裸で走っていた.(職員の入所者への)口調は命令口調で,食事は流動食を流し込んでいた」と話した.

 

 入所者への職員の暴力に関するうわさについては「はじめは良くないと思ったが(職員に)『二,三年やれば分かるよ』と言われた」と述べた.自らも,食事を食べない入所者に「しつけと思い,鼻先を小突いた」とし,やがて「重度障害者はいらない」との考えになったと語った.

 

 事件の五カ月前の一六年二月に障害者の殺害を予告する手紙を衆院議長公邸に持参したのは「すごく良いアイデアと思ったので伝えたかった」と説明.その後措置入院となったことで「それが(国の)反応だ」と思い,自分で殺害しようと決意したという.

 

 被告は意思疎通できない入所者を選んで襲ったとされる.検察側から意思疎通できないと判断した根拠を問われ,「部屋の様子や雰囲気.部屋に何もない人は自分の考えを伝えられない人だと思った」と答えた.拘束された職員から「心はあるんだよ」と言われても,「人の心とは言えない」と犯行を続けた.

 

 一方,職員の拘束に失敗し,通報を恐れて逃走を決意した後は無差別に襲ったことも新たに認めた.「(確認の)時間が足りなかった」「(殺害した)人数が少ないと思った」と話した.

 

 検察側に先立つ弁護側の質問では,裁判で言いたいことを聞かれ「匿名裁判というのが,重度障害者の問題を浮き彫りにしている.(重度障害者は)人の時間と金を奪っている」と主張した. (丸山耀平)

 

「暴力はない」発言を疑問視 やまゆり園長

 やまゆり園の入倉かおる園長(62)は閉廷後,本紙の取材に「暴力はない.流動食などの食事形態は医師の指示を受け,家族とも相談して決めている」と,被告の法廷での説明を否定した.「五年も前のことを覚えていて事実を語っているのだろうか」と発言内容を疑問視し,「職員たちが(利用者を)大切に思い,一生懸命支援に取り組んでいたのに,被告はついていけなかったのではないか」と話した. (北爪三記)

 

<傍聴記>犯行,一方的思い込み 

 「施設に障害者を預けているのは,家族の負担になっている証拠」

 

 この日の法廷で植松被告は「重度障害者を殺害した方がいい」と考えた経緯を語る中で,あたかも家族の心情を理解しているかのような発言を繰り返した.

 

 園の利用者の家族をどう思ったか問われた際,入所者の家族は「お気楽でした」と述べた.一方,普段は家庭で暮らし,一時的に利用する人の家族は「重い雰囲気でした」と表現した.

 

 被告は二十四日の最初の被告人質問でも「奇声を上げる障害者は家で育てられない」と話した.ただ,通所利用者の家族と話したかを尋ねられると「言える空気じゃありません」と述べ,話し合ったことはないことを認めた.

 

 記者が以前に接見した際,被告は小中学校の同級生だった障害者のことに触れ,「毎日送り迎えをしている母親がしんどそうだった」と母親をおもんぱかるように見せた.しかし,実際に母親に心情を聞いたりしたとは思えない.

 

 二日間の被告人質問で浮かび上がったのは,障害者とも家族とも意思疎通の努力をせず,勝手な思い込みで犯行に及んだ独りよがりな姿だ.

 

 「重度の障害のある人の生活を,きちんと見てほしい」.事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)の父剛志(たかし)さん(76)が閉廷後に語った言葉が,胸に残った. (曽田晋太郎)

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▽(東京新聞TOKYO WEb)2020年1月27日 12時28分

相模原殺傷,被告人質問を実施 「匿名審理,問題を象徴」と主張

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月,入所者ら45人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元職員植松聖被告(30)の裁判員裁判第9回公判が27日,横浜地裁(青沼潔裁判長)で開かれた.24日に続いて実施された弁護側の被告人質問で「裁判で一番言いたいこと」を問われた被告は,被害者を匿名とした今回の審理を挙げ,「匿名裁判は重度障害者の問題を浮き彫りにしている.施設に預けるということは,家族の負担になっているということ」と主張した.

 争点は事件当時の刑事責任能力の有無や程度.

(共同)

 

 

▽2020年1月27日 夕刊

「施設入所 負担の証拠」 相模原殺傷公判で被告主張

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら四十五人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元施設職員,植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第九回公判が二十七日,横浜地裁(青沼潔裁判長)で開かれ,二十四日に続き,被告人質問が行われた.

 

 弁護側から裁判で言いたいことを聞かれた植松被告は「匿名裁判というのが,重度障害者の問題を浮き彫りにしている.(重度障害者は)人の時間と金を奪っている.施設に障害者を預けているのは家族の負担になっている証拠だ」と述べた.

 

 検察側は,被害者が意思疎通できないとどうやって判断したかを質問.植松被告は「部屋の様子や雰囲気.部屋に何もない人は自分の考えを伝えられない人だと思った」と答えた.その上で,事件時,植松被告が拘束した職員から入所者について「心はあるんだよ」と言われたが,それでも「人の心とは言えない」と思い,犯行を続けたと述べた.

 

 公判の争点は,犯行時の刑事責任能力の有無や程度.「病的な妄想でなく,特異な考えに基づく犯行」で完全な責任能力があったとする検察側に対し,弁護側は大麻の影響などにより心神喪失心神耗弱だったとして無罪を主張している.

 

 起訴状によると,植松被告は二〇一六年七月二十六日未明,津久井やまゆり園に侵入し,入所者の男女を刃物で突き刺すなどして,十九人を殺害,二十四人に重軽傷を負わせ,結束バンドで縛るなどした職員二人にけがを負わせたとされる. (丸山耀平)

 

 

▽2020年1月25日 朝刊

相模原殺傷公判 被告,正当化延々と 弁護人質問遮り持論

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら四十五人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元施設職員,植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判が二十四日,横浜地裁(青沼潔裁判長)で開かれた.被告人質問で「自分は(刑事)責任能力がある.責任能力がなければ即死刑にすべきだ」と述べ,弁護側の無罪主張を否定.「意思疎通の取れない人間は安楽死させるべきだ」と従来の差別主張を繰り返した. (土屋晴康)

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 障害者差別を抱く経緯について,やまゆり園で働くうち「こんな世界があるのかと驚いた」と振り返り,「重度障害者は必要ない」と思うようになったと述べたが,それ以上の詳しい説明はなかった.

 

 障害があっても大切にする家族がいると弁護人に問われると「お気持ちは分かりますが,国からお金を支給されて生活しているので,愛して守ってはいけないと思う」と主張した.

 

 具体的に犯行を計画したのは,「障害者に危害を加える」と表明して措置入院となった二〇一六年二~三月.当初は「家族の同意を得て安楽死させるべきだ」と考えたが,「障害者を愛する家族がいる」と知ったとして,同意は必要ないと考えたという.犯行については「正しいことなので,やるべきだと思った」と独自の考えを展開.入所者を襲う際の心境は「社会の役に立ちたいと考えていた」と明かした.

 

 また,「人の役に立つことをすれば金が入る」と考え,障害者を殺害し,国の借金を減らそうとしたと主張.弁護人に「金は入ったのか」と聞かれ,「入っていない.どうやって入るか考えていないが,お金を持つ権利があると思った」などと語った.

 

 大麻は二十三歳ごろから,週二~四回吸っていたと認めた.障害者を殺害する計画を五十人くらいに話し,「『重度障害者を殺す』と言った時,一番笑いが取れた」ため,「半分以上の人に同意や理解を示してもらった」などと語った.「二審,三審と続けるのは間違っている」と述べ,一審判決を受け入れる考えを示した.

 

 公判の争点は,犯行時の刑事責任能力の有無や程度.弁護側は大麻の影響などにより心神喪失心神耗弱だったとして無罪を主張している.検察側は完全な責任能力があったと主張している.被告人質問は二十七日,二月五,六日にも行われる予定.

 

◆被害者家族「あきれた」

 「責任能力を争うのは間違っていると思います」「大麻の話をもう少し」

 

 植松聖被告は初めての被告人質問で,大麻などの影響により刑事責任能力がなかったという弁護人の主張を否定し,その後もかみ合わないやりとりが際立った.いつ,なぜ障害者への差別思想を抱いたか詳しく聞きたかった傍聴人らの期待は裏切られた.

 

 法廷で被告が口を開くのは二回目.小さな声で話した初公判と違い,証言台前の席に座り,弁護人の方に前のめりになりながら,はっきりした口調で語った.時折,声に熱がこもり,ハンカチで額や首の汗をぬぐう場面もあった.

 

 ただ,大麻の合法化の必要性などを熱く語る被告に,弁護人が次の話題に移ろうとすると,被告は「大麻の話をもう少し」と求め,持論を展開し続けた.

 

 夕方には植松被告が「自分に死刑判決が出ても,自分の両親は文句は言わない.仕方ないことが分かっている」と主張すると,弁護人が慌てた様子で「体調はどうですか」「少し休憩した方がいいんじゃないですか」と気遣う様子を見せた.被告は「大丈夫です」と断ったが,弁護側が押し切って休廷になり,そのままこの日の審理は終わった.

 

 事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)の父剛志(たかし)さん(76)は傍聴後,「怒りがわくっていうよりあきれちゃった.なぜ,意思疎通の取れない人を殺してよいと思い立ったのか,今後の裁判で明らかにしてほしい」と話した.

 

 傍聴したジャーナリストの江川紹子さんは「被告がどうしてゆがんだ価値観を持つようになったか,分からなかった.オウム真理教事件の裁判では,弁護人が丁寧に被告の成育状況を明らかにして見えたことがあった.今回の事件でも,弁護人が植松被告との関係をつくり,なぜこうなったかを示してほしかった」と話した. (丸山耀平,杉戸祐子,北爪三記,小野沢健太)

 

▽(東京新聞TOKY WEb)2020年1月24日 23時46分

相模原殺傷,背景に「金欲しい」 植松被告,犯罪と認識

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月,入所者ら45人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元職員植松聖被告(30)の裁判員裁判は24日午後も横浜地裁(青沼潔裁判長)で弁護人の被告人質問が続いた.障害者への差別発言を繰り返す被告は,動機の背景に「金が欲しかった」との思いがあったことを明らかにした.事件を犯罪と認識しているとも述べた.

 

 被告人質問で植松被告は,社会人になってから楽しく生活するために金が欲しいと強く思うようになり,手段として人に役立つことをしたいと思い,事件を実行したと話した.

 

2020年1月24日 夕刊

植松被告「責任能力ある」 弁護側の主張否定 相模原殺傷 被告人質問

 

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で知的障害のある入所者ら四十五人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元施設職員,植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判の第八回公判が二十四日,横浜地裁(青沼潔裁判長)であり,被告人質問が行われた.植松被告は「自分は刑事責任能力があると考えている.責任能力を争うのは間違っている」と述べて弁護側の無罪主張を否定し,「意思疎通の取れない人間は安楽死させるべきだ」と持論を展開した.(土屋晴康)

 

 植松被告は弁護人から「弁護人の主張は分かっていますか」と問われ「心神喪失や耗弱で減刑,無罪を主張している」と答えた.その後,「責任能力を争うのは間違っている.責任能力がなければ即死刑にすべきだと考えます」と語った.「(犯行は)正しい考えに基づき行動したのか」という質問には「はい.そういうことです」と言った.

 

 意思疎通の取れない障害者については「(介護に)お金と時間を支給されている限り,安楽死させるべき」と主張.当初は家族の同意があればと考えたが,障害者を愛する家族がいると知り,家族の同意がなくても安楽死させるべきだと考えるようになったとした.理由について「国の借金が減り,世の中は幸せにぜいたくできる」と述べた.

 

 大麻については二十三歳ごろから週二~四回のペースで吸っていたと認めた.「本当にすばらしい草.深く感謝している.嗜好(しこう)品として使用,栽培することを認めるべき」と語った.

 

 公判の争点は,犯行時の刑事責任能力の有無や程度.弁護側は大麻の影響などにより心神喪失心神耗弱だったとして無罪を主張.

 

 検察側は「(大麻の使用は)犯行の決意が強まったり時期が早まったりしたにすぎない」とし,完全な責任能力があったと主張している.

 

 これまでの公判では,元交際相手の証人尋問などがあり,植松被告は二〇一二年十二月に同園で働き始め,当初は「障害者はかわいい」「今の仕事は天職」などと話していたことが明らかになった.

 

 しかし,一五年六月ごろに「意思疎通の取れない障害者は生きている資格がない」と語るようになり,その年の冬以降,多くの友人らも同様の発言を聞いたという.

 

 この日は用意された二十五席の傍聴券に,九百四十一人が並んだ.被告人質問は二十七日,二月五,六日にも行われる予定.

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▽2020年1月23日 朝刊

障害者施設「天職」 いつ,なぜ変貌 相模原殺傷公判 あすから被告人質問

 

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件で,殺人罪などに問われた元施設職員植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判は,24日から横浜地裁で被告人質問が始まる.これまで7回の公判で知人らの証人尋問などがあり,被告の変貌ぶりや犯行に至るまでの言動が明らかになった.だが,障害者への差別がいつ,なぜ形作られたかは判然とせず,法廷で本人が何を語るか注目される. (曽田晋太郎,杉戸祐子)

 

 知人らの法廷での証言や朗読された捜査段階の供述調書などによると,植松被告は大学時代に教師を目指していたが,卒業後は別の職に就き,二〇一二年十二月から同園で働き始めた.当初は友人らに「障害者はかわいい」「今の仕事は天職」と明るく話していた.

 

 ところが,二年半ほど過ぎた一五年六月ごろ,大麻仲間の友人に「意思疎通のとれない障害者は生きてる資格がない」と語った.突然の変貌ぶりに友人は「変なことを言うようになった.仕事で何かあったのか.一時的なものだろう」と気に留めなかった.その年の冬には多くの友人らも同様の発言を聞くようになり「やばい」「危険」と感じ,次第に被告を避けるようになった.

 

 ほかに友人らが聞いていたのは,当時は候補者だったトランプ米大統領のこと.「尊敬している.障害者を殺したら納得してくれる」などの称賛や自分への支持を確信する発言を繰り返した.

 

 世界の大事件などをモチーフにした「イルミナティ」と呼ばれるカードにも傾倒していた姿も明らかに.「おれが救世主と予言されている」と周囲に語る中,一六年二月に衆院議長公邸を訪れて犯行を予告する手紙を届けた.

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 公判の争点は犯行時の責任能力の有無や程度.「特異な考えに基づく犯行」で完全責任能力があるとする検察側に対し,弁護側は大麻の乱用などにより心神喪失心神耗弱だったとして無罪を主張する.

 

 被告が大学時代に危険ドラッグに手を染めた後,大麻を使うようになったことは,複数の友人が語っている.やまゆり園で働いていた一五年ごろには「平然と」大麻を吸うようになり,犯行前日は未明に友人と大麻を使い,夜に知人女性に「時が来た」と告げ,数時間後に凶行に及んだ.

 

 ただ,大麻の使用を始めた時期について,友人により説明が異なる.「大麻を使っているときも,使っていないときも変わらない印象だった」と話す友人もいて,犯行にどの程度,影響したかを巡る今後の審理も注目される.

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