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匿名の命に生きた証を (1) 19人の命が奪われた相模原障害者施設殺傷事件,神奈川県警は遺族が望んでいないことを理由に犠牲者を匿名で公表しました.そのことに疑問を投げかける人たちがいます.事件が起きた施設の元職員の二人です. 今殺された19人がどんな人生を送っていたのか,関わりのあった人たちを訪ね,記憶に残そうとしています.「匿名発表ということで記号としてしか処理されていない.一人ひとりの人生,それが封印されている」元職員 西門さん  NHK Eテレ

テレビ 相模原 障害者 差別 抵抗

シリーズ相模原障害者施設殺傷事件 第1回 匿名の命に生きた証を(1)

NHK Eテレ 2016年12月6日(火曜)午後8時00分〜8時29分

再放送2016年12月13日(火曜)午後1時05〜1時34分

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http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/program/index.html?id=201612062000

 

相模原市千木良の映像:遠景-道路-道路標識に町の花・山ゆり---〉

ニュースの音声相模原市の障害者施設で,入所者などが刺され19人が死亡し,25人が怪我をしたし事件で,逮捕された施設の元職員の男は,調べに対し『障害者がいなくなればいいと思った』という趣旨の供述をしているということで,事件の動機などを調べています」

記事の映像 2016年7月27日静岡新聞共同通信配信)「(見出し)亡くなった方々 神奈川県警が発表した,相模原の障害者施設で亡くなった方々は次の通り.

女性(19)女性(40)女性(26)女性(70)女性(60)女性(65)女性(46)女性(65)女性(35)女性(55)男性(41)男性(43)男性(66)男性(66)男性(55)男性(65)男性(49)男性(67)男性(43)

県警は死者に障害があり,遺族が望んでいないとして氏名を公表していない.負傷者の性別は男性21人,女性5人」

19人の命が奪われた相模原障害者施設殺傷事件,神奈川県警は遺族が望んでいないことを理由に犠牲者を匿名で公表しました.異例の対応でした.

そのことに疑問を投げかける人たちがいます.事件が起きた施設の元職員の二人です.

西門さん「匿名発表ということで記号としてしか処理されていない.一人ひとりの人生,それが封印されている.という形になっている.だからまー,それで果たしていいものだろうかと」

二人は,今殺された19人がどんな人生を送っていたのか,関わりのあった人たちを訪ね,記憶に残そうとしています.

太田さん「口火を切るのは元職員の責務でしょう.ねー.一般の人に振るんじゃなくて,まず元職員の私たちが口火を切らなければ」

理髪店を訪ねる太田さん「お話を聞かせていただけないだろうかということで」

太田さん「大事なことは彼ら彼女ら19名の『生きていた証』っていうんですか,決して忘れない,風化させないっていうことが,今現在,われわれに課せられた課題ではないかと」

匿名の命に生きた証をみつけようとする,二人の日々を追いました.

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題名の映像「匿名の命に生きた証(あかし)を シリーズ相模原障害者施設殺傷事件」

 

事件が起きた津久井やまゆり園の元職員,西門純志さん51歳です.

写真を見ながら.西門さん「知っている人と知らない人もいますけど,5名はわかりますね」

この施設で働いていたのは,2001年から5年間,命を落とした人たちとも関わりがあったといいます.

西門さん「これは,あのー,亡くなった方々の僕なりに整理したリストなんですが」

西門さんは手元に残してアルバムなどを頼りに自分が知る犠牲者の記録を整理していました.その中で一人の女性の写真が目にとまりました.

西門さん「どこかで見かけたことがありますね.おそらく『キッチンたかはし』なんかよく知っているんじゃないかな.『キッチンたかはし』というお店屋さんが園の近くにあるんですけど,よく通ってたような感じがしますね.どこかで見かけたような,お見かけしたような」

在職中によく見かけたものの,どんな人だったのか詳しく知りません.この女性の人生をたどることにしました.

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向かったのは,津久井やまゆり園の近くにある食堂.よく通ったなじみの店です.

おかみさん「なにしてるの?あなた」

当時と変わらずおかみさんとご主人が迎えてくれました.

西門さん「覚えてらっしゃることはありますか?」

おかみさん「この子ね,あれが好きで,紙のお菓子の,リボンが好きでいつもこうやっててね」

ご主人「年中こうやっててね」

おかみさん「わたしなんか,来ると,かさかさかさ,ていって,好きなのよ」

ご主人「年中,リボンとか,こういうのをやってこう」

おかみさん「紙のおせんべいとか,食べたあとの紙の袋をガシャガシャするのが好きで.ねー私なんかはさ,あの子なんかがこっち来てくれて,ねっ,その時,こうして笑って,食事したり,ねっ,なんかあれしたたけど,そういうこと思い出になっちゃうんだけど,見せてもらって,その後亡くなったっていうと,やっぱりさ,思い出がよみがえってくるじゃない,ねっ,だから,あんときにこにこしながらこのパジャマとこのヤツを買うんだけど,この子に似合う?なんて職員の人がさ私なんかに相談したりなんかしてさ,たまたま居合わせたからね,そんなこと,ふっと思い出しますよね」

字幕「食事を待ちながら,リボンの音を楽しんでいた女性,私たちは『リボンさん』と呼ぶことにした」

リボンさんを担当していたという,元職員の女性と連絡が取れました.

西門さん「あっ,もしもし,溝口さんですか,やまゆり園でご一緒してました.西門と申しますけど,まだぼくも心の整理ができてないんですが,女子ホームにいらっしゃったって言うことで,そこで少しお話を伺いたいんですけれど」

溝口さん「私も亡くなったっていうショックがすごく大きいんですよね」

西門さん「そうですか」

溝口さん「頼ってくる姿が,まるで自分の子どもと重なるようなところがありまして,まだ表だってはそういう人たちのお名前を聞いて,思い出を語るような心境には到底なれないんですね」

西門さん「あー」

溝口さん「陰ながらご冥福をお祈りさせていただいているんですけれども」

気持ちの整理がつかず事件のことを一切口にしてこなかったという女性.

同じ職員だった西門さんと話すうちに,リボンさんの思い出を語り始めました.

溝口さん「本当にいつもにこにこしてね,他人に対してね何かするとか嫌なことをするとか全くない子でしたよ.嫌なことも悪いことも他人にできない子でしたからね.『嫌』って言う方法を知らなかったんでしょうよ.いくら自分がやられてもね.なんであんな子がね,そうやって命を落とさなければならなかったのか,どんな思いで旅立ったのかね」

西門さん確認できてよかったと思います.職員の心に刻まれていたとボクは思っていますけどね.そういう『生きざま』というものがあった.はい,彼らは生きていたんだと.やっぱり,彼らの『生きた証』というか,それは,あるわけですから,伝えていく必要があると僕は思うし」

西門さんはさらに証言を集めたいとある人の協力を仰ぐことにしました.

津久井やまゆり園の元職員太田顕さん,73歳です.定年退職するまで36年間勤め上げました.

(つづく)