角田「力石と出会うことによって,殴り合う,闘うことでなら,人間としての情をやりとりできる.っていうことを,多分,彼は学んだと思うですね.その後結局,そういう相手がいないっていうことは,情みたいなものを分かち合う相手がいないまま生きていく孤独の物語ですよね」 NHK「あしたのジョー 時代と生きたヒーロー」視点3 女性が見つめたあしたのジョー(1)

あしたのジョー 時代と生きたヒーロー」

NHK アナザストーリーズ 運命の分岐点 初回放送日: 2022年1月25日

 

視点3 女性が見つめたあしたのジョー(1)

https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/G94L58GLG6/

1967年に漫画雑誌で連載が始まり、コミックスの発行が累計2千万部を超える不朽の名作。強者に敢然と立ち向かうジョーの姿は学生運動の若者たちに勇気を与えた。劇作家の寺山修司はジョーのライバル力石の死を受けて葬儀を企画、その死の意味を問いかけた。作家の角田光代はジョーに孤独の物語を見て、マラソン選手の有森裕子はジョーと自身を重ね五輪を2度走った。人々の心を動かしてやまない“あしたのジョー”とは何者か。

 

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ライバル力石を失い、一度は落ちぶれていったジョー.

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あしたのジョー 第52話 さらば力石徹 アニメ,テレビアニメ 【ビデックスJP】

 

しかし,不屈の闘志で,再びロングに舞い戻ってきます.そんなジョーを最後まで見守り続けたヒロインがいます.白木葉子.再び立ち上がり,真っ白になるまで戦い続けた男の姿に,彼女は何を感じたのでしょうか.

第三の視点は,あしたのジョーに魅了された女性たち.

 

直木賞作家の角田光代,オリンピックメダリストの有森裕子

それぞれの道を究めた2人もまた,ジョーに心を奪われ,その戦いを見守ってきました.

あしたのジョーから受け取ったメッセージは,やがて彼女たちの人生にも影響を与えていきます.

女性が見たジョーの魅力に迫るアナザーストーリーズ.

 

(映像 ボクシングをする角田光代

直木賞を始め,10を越える文学賞を受賞した人気作家,角田光代

実は20年以上も前から,ボクシングジムに通っている.ボクシングを題材とした小説も執筆するほど.(空の拳 拳の先)

そんな彼女にとってのあしたのジョーとは.

角田「ボクシングを扱った作品としての最高峰だと私は思っています.やっぱりジョーはちょっと別格なところがありますかね」

 

ラソン競技で,オリンピックに二大会出場した有森裕子.彼女にとってもジョーはかけがえのない存在だという.

有森「あの当時のもがいていたにっちもさっちもいかない,箸にも棒にも引っかからない私には,良き刺激を毎回入れてくれる.うん,矢吹丈ですね.やっぱり」

 

視点3 女性が見つめたあしたのジョー

 

女性の心理描写で多くの読者から共感を呼ぶ角田光代.ジョーとの出会いは,作家として転機を迎えた20代の頃.1996年,野間文芸新人賞を受賞したとき,担当編集者にお祝いの品は何がいいかと尋ねられ,リクエストをした.それが,あしたのジョーのコミックス全巻セットだった.

アニメを目にしたことはあったが,原作漫画を読むのは初めてだったという.

角田「すごく意外だったのが,ジョーと力石の戦いの漫画って言う印象が強かったんですけど,漫画を実際読んだら,力石が結構早くに死んじゃうんですよね.7巻当たりで死んでしまって,その後っていうのは,力石不在の物語がメインなわけですよね.そのことにまず一番衝撃を覚えました」

 

角田が驚いたのは,力石の死は物語の終盤に過ぎず,その後もジョーの戦いは続いていたことだった.(画像 カーロス・リベラ, 金竜飛

力石の亡霊におびえながら,新たなライバルたちに立ち向かい,再起を果たしていく.

しかし,その姿は周囲から孤独に見えた,

 

密かにジョーに思いを寄せるこの女性は,ボクシングだけに打ち込むジョーをこう心配する.

林紀子「矢吹君は---寂しくないの?」「惨めだわ,悲惨だわ」「青春と呼ぶにはあまりに暗すぎるわ」

しかし,とうのジョーといえば,

「ブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない.ほんの瞬間にせよ,まぶしいほど真っ赤に燃え上がるんだ」

「拳闘が好きなんだ.死にものぐるいで噛み合いっこする充実感がわりとおれ好きなんだ」

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あしたのジョー 林紀子 - Google Search

 

角田「力石と出会うことによって,殴り合う,闘うことでなら,人間としての情をやりとりできる.っていうことを,多分,彼は学んだと思うですね.その後結局,そういう相手がいないっていうことは,情みたいなものを分かち合う相手がいないまま生きていく孤独の物語ですよね」

 

力石不在のジョーの世界を,孤独の物語と読み解く角田.彼女が綴る小説にも孤独に生きる人がよく描かれる.

代表作「対岸の彼女」.主人公にこう語らせている.

「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも,ひとりでいても,こわくないと思わせてくれる何かと出会うことの方が,うんと大事な気が今になってするんだよね」

 

角田「ジョーの魅力って,やっぱり,ちっとも幸せそうじゃないってところですよね.彼が求めているのは幸せなんかじゃないってところかな.そういう人間,人物像ってあんまり見ないじゃないですか.幸せってほんとに人それぞれのもので,それを探してかなきゃいけないし,既成の幸せみたいなものに頼っちゃいけないんだっていうのを,多分,学んだような気がします」

 

一方,有森裕子にとってジョーの物語といえば,あのシーンが象徴的だという.それはジョーの最後の試合.

(続く)