ギリシャ神話における,野生動物,狩猟,植物の生長,貞節,出産の女神アルテミス.
彼女が主役として登場する8つの物語(https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/12/29/235726)
を,アルテミス(1)〜アルテミス(10)として改めてまとめてきました.
今日は7つめをアルテミス(11)として取り上げます.
7.ギリシャ艦隊がトロイに向けて出航する準備をしていたとき,アガメムノン王はアルテミスを怒らせたため,アルテミスは風が凪(な)いで王の帆船を進めなくした.
女神をなだめるために,王は自分の娘イフィゲネイア(イーピゲナイア/イピゲネイア/イピゲニア)を生け贄に捧げることを余儀なくされたが,アルテミスは娘を祭壇から奪い取り,牝鹿と取り替えた.
アルテミスは,時に「執念深く,犠牲者も多い」と評される女神で,このイフィゲネイアの物語でも,アガメムンンはアルテミスにより,娘を生け贄として差し出さざるを得なくなります.女神はwrath(懲罰/神罰)を与えたのですが,後半部分では,娘を牝鹿と取り替える役を果たします.神罰を与えながら,後にfavor(恩恵)を与えたことになりますね.
the Theoi project のサイトでは,アルテミスの行いをwrathとfavorに分けて記載していますが,このイフィゲネイアの物語は,両方の項目で扱われています.
ARTEMIS MYTHS 4 WRATH - Greek Mythology
ARTEMIS MYTHS 6 FAVOUR - Greek Mythology
この物語も多くの古代ギリシャ・ローマの詩人/作家/歴史家により書き留められ,特に有名なのが,エウリピデスによるギリシャ悲劇「アウリスのイピゲネイア」.
そのプロットは,英語版ウィキペディアにかなり詳しくまとめられ,その和訳を日本語版ウィキペディアで読むことができますので,ご参照ください.
Iphigenia in Aulis - Wikipedia
このブログでは,英語版ブリタニカ,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,ニッポニカの記述を引用しておきます.
英語版ブリタニカ(DeepL 翻訳)
アウリスのイフィゲニア(Iphigenia at Aulis)
ギリシャ艦隊はアウリスで風が凪ないで進めなくなり、トロイへの遠征軍を送ることができなくなる。アガメムノンは、天候不順の原因となった女神アルテミスを鎮めるために、娘のイフィゲニアを犠牲にしなければならないことを知る。
アガメムノンは、娘がアキレスと結婚すると見せかけて、犠牲になるためにアウリスに来るよう誘惑する。真実が明らかになると、イフィゲニアは哀れにも命乞いをした後、自ら進んで死に向かう。
不完全で、後世の翻案者によって改作されたとはいえ、主人公たちの繊細で切ないシーンがいくつも登場することで、現実的な雰囲気が強調された優れた悲劇である。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
アウリスのイフィゲネイア Iphigeneia hē en Aulidi
未完の遺作を息子が完成して前 405年上演。トロイ遠征軍のアウリス港からの無事な出帆を祈って総大将アガメムノンが娘イフィゲネイアを,女神アルテミスの犠牲に捧げたという伝説の劇化で,親の情と軍隊の要求の板ばさみになって悩むアガメムノン,アキレウスと結婚させるという口実を使ってアガメムノンの躊躇 (ちゅうちょ) を押切り,イフィゲネイアを呼び寄せた残酷な行為を後悔する叔父メネラオス,おとりに使われたと知って敢然と乙女の防御に立つアキレウス,悲しみを押えてギリシアのために犠牲台に登るイフィゲネイアなど,性格描写にすぐれ,筋の構成も巧みである。
彼女を憐んだ女神アルテミスは彼女の身代りに鹿を置き,助ける。
日本大百科全書(ニッポニカ)「イフィゲネイア」の解説
イフィゲネイアĪphigeneia
ギリシア神話の英雄アガメムノン王とクリタイムネストラの娘。トロヤ遠征のギリシア艦隊がアウリスに集まったとき、アガメムノンは女神アルテミスを怒らせたので、船は無風のまま立ち往生となった。
そこでアガメムノンは預言者カルカスの忠告に従い、イフィゲネイアをアキレウスと結婚させるという口実で説き伏せて、女神への犠牲にしようとした。
しかし死の直前に、女神は娘を哀れんで牝鹿(めじか)を身代りにさせ、彼女をさらってタウリスへ連れていった。彼女はタウリスでアルテミスの神官となり、旅人を女神の犠牲にする役目を負った。
ある日、弟のオレステスがピラデスとともにタウリスに上陸し、2人とも捕らえられて犠牲にされかけた。2人の素姓を知った彼女は、彼らの罪を清めるという口実で犠牲を中断し、2人とともにギリシアに逃れた。そのとき彼女はアルテミスの神像をアッティカのハライにもたらし、その地で女神の神官として仕えた。
イフィゲネイアはメガラで世を去り、そこで神格化されたといわれる。また一説では、アルテミスが彼女を不死にし、女神ヘカテと同一化したとも伝えられる。彼女の物語は、悲劇詩人エウリピデスの『アウリスのイフィゲネイア』と『タウリスのイフィゲネイア』の2作に詳しく伝えられている。