「管さんとコロナ」(毎日新聞 土記 青野由利)は,”根拠のない楽観”で感染状況を読み誤った一連の対応をとがめ,新政権には「よりよい未来のために最悪を想定した対応力」を望むという内容.根拠のない楽観の具体例は 1. GoToトラベル停止の提言を無視. 2. 「ワクチン接種さえ進めば生活は元通り」イメージ. 3. 「人口の4割がワクチンを1回接種すれば,感染者の減少傾向が明らかになる」(記者会見).”根拠のない楽観”を後押しするために,政権は時には怪しげなデータを作っていました.つい最近も.

私が土曜日に楽しみにしている記事に,毎日新聞の青野由利さん(専門編集員)の「土記」があります.自然科学に弱い日本一般メディアの記事の中では出色.短い文章にまとめる力にも感服しています.

 

その「土記」の昨日の記事は「管さんとコロナ」.

管首相の退陣にあたってのコラムで,”根拠のない楽観”で感染状況を読み誤った一連の対応をとがめ,新政権には「よりよい未来のために最悪を想定した対応力」を望むという内容となっています.

 

根拠のない楽観の具体例として挙げられているのは次の三つで,特に3は「中でも私がひっかかった」として,その背景を追究しています.

1. GoToトラベル停止の提言を無視.

2. 「ワクチン接種さえ進めば生活は元通り」というイメージを振りまく.

3. 「人口の4割がワクチンを1回接種すれば,感染者の減少傾向が明らかになる」(7月初旬記者会見)

(関連記事

  まだ「運」に頼るのか=青野由利  毎日新聞 土記 2021/7/10 東京朝刊

  https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/07/10/235756 )

 

土記の中では触れていませんが,この”根拠のない楽観”は,首相の好む情報のみがあつまってしまう内閣のあり方から生まれてしまうのでしょう.

そして,私がさらに許せないと思うのは,”根拠のない楽観”を後押しするために,時には怪しげなデータを作ってしまうこと!間違えたふりで逃げおおせる範囲ながら,データ捏造に限りなく近い!

(日本の政府内では日常的に行われていて,たまたま今回は,注目度が高く,かつ,内閣が仕方なく選んだ専門家が委員会に出席していたために明らかになったのではないかと疑っています)

 

例えば,

GoToトラベル継続のさいには,「航空旅客数と感染者数の増加には統計的な因果関係は確認できない」という資料を官邸サイドが作成し,厚労省アドバイザリーボードの会議に提出していました.

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000696903.pdf

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/12/18/135830

専門家から見ると,人の移動から感染確認にいたる時間的ずれを全く考慮していない代物で,感染症の素人が作ったものであることは見え見えの資料とのこと.

 

 

そして,管内閣が終わることが確定した今になっても,同じような怪しげなデータが厚労省アドバイザリーボードに出されている!

この資料の内容を読売新聞が報道し,その記事を受けて,昨日の西浦さん(京大教授)がツイッターで指摘しています.

 

「ADB(アドバイザリーボード)資料2は読み人知らずで事務局発出。ADB資料3は研究者名を明示して分析を出しており、研究者生命にも影響する形で各グループが作成。9月8日開催分の資料2-6は公表できる質の手法なのか、当方から疑問を投げかけました。特定イベントを前に上から降った政治的宿題の可能性」

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https://twitter.com/nishiurah/status/1436122275346989067?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Etweet

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https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00294.html

 

数字の根拠が,その道の第一人者に理解できないもので,作り手の名前も伏せられている資料,ということですね.

 

そして.読売新聞の見出しは “ワクチン接種で7~8月、「高齢者10万人以上の感染」を抑制…厚労省試算".

https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210908-OYT1T50315/

 

深読みすれば,管首相の退陣にあたって,彼の功績を暗にたたえている記事になっています.

青野さんの記事では,2の「ワクチン接種さえ進めば生活は元通り」を後押しする内容といえるでしょう.

 

「よりよい未来のために最悪を想定した対応力」という青野さんの要求に,次の一言を付け加えたいですね.

「正確な情報に基づいて」

この当たり前のことができていない怖ろしい内閣でした.

 

 

 

土記  <do-ki>

菅さんとコロナ

青野由利

毎日新聞 2021/9/11 東京朝刊

 

 菅義偉首相の新型コロナウイルス対策を振り返って思い浮かぶのは?

 

 やはり「根拠のない楽観」だ.

 

 GoToトラベル停止の提言を無視したり,「ワクチン接種さえ進めば生活は元通り」というイメージを振りまいたり.

 

 中でも私がひっかかったのは7月初旬の記者会見で述べた「人口の4割がワクチンを1回接種すれば,感染者の減少傾向が明らかになる」という見通しだった.

 

 いったいその根拠は? 出典をたずねた内閣官房の広報室も,新型コロナウイルス感染症対策推進室も,河野太郎大臣室も,厚生労働省の予防接種室も「自分のところではわからない」.

 

 その後,野村総合研究所のリポートだと確認できたが,驚くのは首相が国民に語る重要な数字の根拠が関係部署で共有されていないこと.しかも,専門家集団の検討抜きに一つの見方に頼った上,既に明らかだった2回接種の重要性を軽視したことだ.

 

 案の定,8月上旬に1回接種が4割を超えたが,感染は爆発.それでも菅さんは見込み違いを認めず,釈明もしていない.周囲のチェック機能は働かないのか.

 

 菅政権の置き土産とも思える行動制限の緩和も気がかりだ.希望者のワクチン接種が完了したら,接種済みや検査での陰性を条件に移動や会食,イベントなどの制限を緩和するという.

 

 「明かりが見える」と言いたいのだろうが,緩和検討のために政府のコロナ対策分科会が示した分析を見ると,コロナ前に戻れると思うのは楽観的だ.

 

 元になっているのは京都大の古瀬祐気さんのシミュレーション.ワクチンの接種率や効果,ウイルスの感染しやすさなど,複数の指標を組み合わせて検討している.

 

 その中の「最もあり得る」シナリオは,ワクチン接種率が60代以上85%,40~50代70%,20~30代60%.他の指標にも現実的な仮定をおくと,これでインフルエンザ相当の死者数(年間1万人)に抑えるには,マスクや3密回避などに加え緊急事態宣言の繰り返しが必要になる可能性が高いという.

 

 接種率がもっと高まっても,コロナ前の生活に戻ると1年で10万人以上の死亡者が出る恐れがある.そうならないためにはマスクや3密回避といった対応ははずせないようだ.

 

 シナリオには不確定要素もたくさんある.状況は好転するかもしれない.でも逆もある.いずれにしても次の政権には,よりよい未来のために最悪を想定した対応力を望みたい.(専門編集委員

 

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