愛,美,快楽,子孫繁栄の女神アプロディーテー.
彼女の誕生については,主に二つのヴァージョンがあります.
一つはヘーシオドスが描く「ウラノス(天)の切断した性器を息子クロノスが海に投げ入れたときにできた白い泡から」とする見解.
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/06/26/235406Aphrodite | Mythology, Worship, & Art | Britannica
ご存じのように,ギリシャ神話の多くの場面で,アプロディーテーは,「ディオーネとゼウスの娘でエロースの母」として描かれています.
一方,ウラノスの性器からできた泡から生まれ,エロースを伴って登場するアプロディーテーは,ボッティチェリのヴィーナスの誕生で描かれアプロディーテー讃歌で歌われている,よく知られた女神像で,この女神の特質は,この誕生の場面抜きにしては語ることができません.
改めて,ヘーシオドス「神統記」とアプロディーテー讃歌の抜粋を掲載しておきます.
ヘシオドス 神統記 廣川洋一 訳 岩波文庫
大地(ガイア)の子
さて大地(ガイア)は まずはじめに 彼女自身と同じ大きさの
星散乱(ちりば)える 天(ウラノス)を生んだ 天が彼女(ガイア)をすっかり覆いつくし
幸(さきわ)う神々の 常久に揺るぎない御座となるようにと.
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さてつぎに
天に添寝して生みたもうたのは 深渦(ふかうず)の巻く大洋(オケアノス)
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これらのあとから 末っ子 悪知恵長けたクロノス
子供たちのなかでいちばん怖るべき者が生まれた
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天(ウラノス)の去勢とアプロディテの誕生
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父親(天ウラノス)は その子供が生まれる片端から
みな大地の奧処(おくが)に隠してしまい 光(の世界)のなかに上ってこさせなかった.
天(ウラノス)は この悪業にうつつをぬかしていたのだ.
だが広い大地は 腹いっぱいに詰め込まれて心のうちで
呻(うめ)いていた そこで禍(まがまが)しくも意地悪い計略を企んだ.
すぐさま灰色した鋼鉄(アダマス)の族を造り
それで大鎌をこしらえると 愛しい子供たちに語った.
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「わたしと かの不埒(ふらち)な父から生まれた子供たちよ おまえたちがわたしの言うことに
従ってくれるなら わたしたちはおまえたちの父の非道な仕業に復讐してやることができるのです.
----」
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「母上 その役目ならばこのわたしがお受けしてなし遂げてみせましょう.
----」
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広い大地は心から悦び
彼を待ち伏せの場所につけて隠した そしてするどい歯のついた大鎌を
手渡し 密計をすっかりうち明けられた.
さて大いなる天(ウラノス)が夜を率いてやって来た そして大地(ガイア)の傍(かたわら)に身をのばし
その上全体に長々とおおいかぶさった 情愛を求めながら.
そこで息子は 待ち伏せの場から左手(ゆんで)をのばし
右手(めて)にはするどい歯のついた大きな長い鎌を執って
すばやくわが父の陰部を刈り取り
背後に投げつければ それは後へととんでいった.
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迸(ほとばし)り出た血の滴りを
大地がしっかり受けとめ さて歳月が巡ると
力強い復讐女神(エリニユス)たちと 煌(きら)めく鎧(よろい)をつけ
長槍を手(た)ばさんだ大いなる巨人(ギガス)たちを生み
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さて彼(クロノス)が父の陰部を鋼鉄(鎌)で刈り取って
陸地から 大浪うねる海原へと投げ棄てるや
それは久しい間 海原に漂うていた そのまわりに
白い泡が不死の肉(ししむら)から湧き立ち そのなかで ひとりの乙女が
生い立った.まずはじめに乙女は いとも聖いキュテラに進まれ
そこから四面を海の繞(めぐ)るキュプロスに着かれた.
畏(かしこ)く美しい女神が陸に上りたまえば そのまわりに
柔草(にこくさ)が萌(も)え出るのであった 優しい足もとで.
彼女をアプロディテ と
(すなわち泡から生まれた女神(アプロゲネス) 麗しい花冠つけたキュテレイアと)
神々も人間どもも呼んでいる泡(アプロス)のなかに生い育ったのだから.
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さてエロスがつき添い 美しい欲望(ヒメロス)がお伴をした 彼女(アプロゲィテ)が
はじめて誕生し 神々の族(やから)の仲間入りをなさるにあたって.
つぎのような特権をはじめからこの女神は得ておられたのだ
この持ち分(モイラ)を
人間どもと不死の神々の間で授かっていられたのだ.
すなわち娘たちの(甘い)囁(ささや)き 微笑(えみ)と欺瞞
甘い喜悦 情愛と優美がそれである.
https://www.theoi.com/Olympios/Aphrodite.html#Gallery
アフロディーテー賛歌(賛歌第六歌)
畏(かしこ)い女神,黄金の冠戴く美しいアフロディーテーを歌おう.
女神は海に囲まれたキュプロス全島に聳(そび)える城塞を,その領邑(りょうゆう)として知ろしめす.
吹きわたる西風(ゼフユロス)の湿り気帯びた力が,
やわらかな水泡(みなわ)に女神をそっと包んで,
高鳴り轟(とどろ)く海の波間をわたって,この地へ運び来た.
黄金の髪飾りしたホーラーたちが女神を喜び迎え,
神々のまといたもう衣裳を着せ,不死なる頭(こうべ)には,
美しい,黄金造りの見事な細工した冠を載(の)せ,
孔穿(うが)った耳たぶには,真鍮と高価な黄金の花形の飾りをつけた.
柔かなうなじと銀のごとく白く輝く胸を,黄金の首飾りで飾った.
そは黄金の髪飾りしたホーラーたちみずからが,
父君の館で開かれる神々の喜びにみちた歌舞へ行く折に,その身の飾りとして懸けるもの.
かくて身体中すっかり飾り立てると,神々の居並ぶところへ連れていった.
神々は女神をご覧になると喜び迎えたまい,
手を差し延べられたが,どの神々も女神をば正妻となし,
己が家に伴いゆくことを庶(こい)幾(ねが)われた,
菫色の花冠戴くキュテーラ女神の姿に驚嘆して.
さらば,生き生きと眼輝き,やさしく笑まう女神よ,
この競演で勝利を与えたまえ,
わが歌を麗しきものとなしたまえ.
さてわたしは,あなたをも他の歌をも想い起し歌おう.