植物をたどって古事記を読む
ノビル 野蒜2
古事記 人代篇 其の三 (口語訳古事記 三浦祐介 文藝春秋)
足柄の坂本に到り,食(お)し物を口に運んでおった時に,その坂の神が白い鹿に姿を変えてヤマトタケルの前に来立ったのじゃ.
それで,すぐさまその食い残しのヒルの片割れを,狙いすまして投げつけると,白い鹿の目にあたっての.鹿はころされてしもうた.
日本国語大辞典によれば
ヒル(蒜)は,
“ニンニク,ノビルなどユリ科(現在のAPG分類ではヒガンバナ科)の植物で,においがあり,食用とするものの古称.”とありますが,
ここではノビル(野蒜)のこと.
食い残しのヒルを投げただけで,白鹿は殺されてしまいますが---
三浦祐介氏の脚注によれば,
「匂いや味などに刺激のある植物は魔よけの力があると考えられていた」とあります.
西洋の魔物?ドラキュラもニンニクに弱い!
一方,匂いや味に刺激がある植物は,また滋養に富んだ野菜と考えられてきました.
中国最古の医学書で,前漢のころ成立したと言われている『黄帝内経』(こうていだいけい、こうていだいきょう、こうていないけい、黄帝内剄).
この書に記された「五菜」の中に「薤」があり,その俗名が野蒜.
代表的な野菜の一つと考えられていたんですね.
『黄帝内経』にある五菜.
麻:ゴマのこと.
黄黍:きびのこと.お酒を作る原料.中国北地方の人は黄米と言う.
葵:冬葵(ふゆあおい)のこと.
薤:俗名は野蒜.
藿:豆の葉のこと.
日本でも縄文時代からノビルを食べていました.縄文遺跡の土記から炭化したノビルが見つかっています.
そして,現代でもノビルを好む山菜愛好家は多く,沢山のレシピが見つかります.
ただ,ノビルを採取したつもりで,スイセンやタマスダレを誤食することがあるとのこと.要注意ですね.
ヒガンバナ科の植物には,スイセン,ヒガンバナ,アマリリスなど毒のあるものが多いのに対し,そのすぐ隣のネギ亜科は食用になる植物の宝庫.
日本の植物の自然毒中毒ではスイセンの誤食件数が最多というのもうなずけます.