カリテス4
ギリシャ神話の優雅と美の女神.カリテス(単数形カリス,英語ではグレーシーズ).
ヘーシオドス「神統記」によれば,ゼウスとムネーモシュネーの間に生まれた次の3名.
・アグライアー(アグライア「輝き (Aglaia)」)、
・エウプロシュネー(エウフロシュネ/エウプロシネ「喜び (Euphrosynē)」)、
・タレイア(「花の盛り/繁栄 (Thaleia)」)
ローマ神話では,女神たちはGratiaeと呼ばれ,感謝と博愛の女神とみなされるように.
そして,三人のカリスたちは,
恩恵(gratia)の三行為(与える,受ける,返す)
を表しているとされました.
そして,
ギリシア,ローマの古代文化を理想とし,それを復興させつつ,新しい文化を生み出そうとしたルネサンス期.
三美神は,数多くの絵画・彫刻・文芸で取り上げられていきます.
しかし,ルネサンス期の三美神は,モティーフこそ古代ギリシャローマと同じものでしたが,意味内容は異なったものとなっていました.
▽ルネサンス期の哲学者ピコ(ピーコ)・デルラ・ミランデル(1463 - 1494)のメダル.
描かれた三美神には名前が刻印されていました.
プルクリトゥード(美),
アモール(愛),
ヴォルプタース(快楽)
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輝き,喜び,花の盛り/繁栄というギリシャ神話の三美神からも,恩恵の三行為(与える,受ける,返す)としたローマ期の三美神とも異なるもの.
高階秀爾著 ルネッサンスの光と闇—芸術と精神風土(中公文庫)によれば,このメダルの三美神が表しているのは次のような内容:
「互いにそっぽを向き合っている〈美〉と〈快楽〉を結びつけて,一つの“循環”を完成させる統一原理が〈愛〉である」
ピコの師匠筋にあたるフィチーノは次のように記しています.
『愛について』
その循環は-------,まず神にはじまり,神に発する,すなわち〈美〉である.
次いでそれは,世界に移行して自己自身を捉える,すなわち〈愛〉である.
そしてさらにそれは,創造者のもとに戻りながら,それによって自己の仕事を完成する.すなわち〈快楽〉である.
つまり,一言で言えば,〈愛〉は〈美〉にはじまって,〈快楽〉に終わるわけである.
高階秀爾氏によれば,
「ローマ期の恩恵の三行為(与える,受ける,返す)が形を変えて現れたもの」
で,次のような意味内容とのこと.
「〈美〉とは,あたかも放射線のように神から発する心的な性質であって,〈愛〉はそれをこの世界において受け止め,〈快楽〉の喜びを通して再び神の世界へ返すものである」
美・愛・快楽の女神像は,
フィチーノ,ピコにより主導されたルネサンス期のネオプラトン主義哲学から導き出され,
プラトン的愛=「愛とは,美によってひき起こされる欲望である」を造形化したといえるものでした.
しかし,愛・美・快楽は,ボッティチェッリの描いた愛・貞節・美とはやや違っていますね.
ジョヴァンナ・トリナブオーニのメダルの三美神像には,ボッティチェッリが描いた女神と同じ名前が刻印されていました.
▽ジョヴァンナ・トリナブオーニのメダル
左から
カスティタース(貞節),
プルクリトゥード(美),
アモール(愛)
Giovanna degli Albizzi Tornabuoni by SPINELLI, Niccolò di Forzore
高階秀爾氏によれば
「プラトン的〈愛〉の女性的解釈」
もしくは,
「ピコのメダルの表現(男性からの求愛)への女性からの返答がこの〈貞節〉〈美〉〈愛〉」とのこと.
そして,ボッティチェッリ,ラファエロによりこの貞節・美・愛が描かれることになります.
Primavera (painting) - Wikipedia
(続く)