土記 <do-ki>
方程式を解くには
青野由利
毎日新聞2020年9月5日 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20200905/ddm/002/070/104000c
新型コロナウイルスの新対策パッケージを安倍晋三首相が公表する.先週,そんな話が流れてきた時には,え,突然?と思った.
蓋(ふた)を開ければ辞任会見.「冬を見据えた対策をまとめたタイミング」というが,専門家の検討はこれから.辞任ありきで,あわてて対策をまとめたようにみえる.
ただ,見直し自体は必要だろう.
国内で感染者が確認されてまもなく8カ月.
この間にわかったことも改めて整理しておきたい.
たとえば,
「感染者の8割は人に感染させず,少数が多くの人に感染させている」という初期に見つけた特徴.
対応が難しいこのウイルスの「弱点」として,日本のクラスター対策の根拠となったが,その傾向は変わらないのか.
日本のコロナ対策を担う専門家の一人,東北大の押谷仁さんが先月,日本感染症学会で新たな調査の予備分析を公表していた.
国内のリンク不明の感染者約4800人を調べた結果,やはり80%は他の人に感染させていなかった.
1人にしか感染させていない人が1割強.
20人以上に感染させたとみられる人もいるが,ごく少数.
ウイルスの弱点は当初の見込み通りだったわけだ.
先日この欄で触れた国立感染症研究所のチームによる感染者のウイルスの遺伝情報分析も,示唆に富む.
実地の疫学調査と合わせると次のような経過が浮かぶ.
中国・武漢由来のウイルスによる小流行は3月中旬ごろほぼ終息へ.
このころ,武漢から欧州に伝わった欧州系統ウイルスが帰国者らから持ち込まれ,全国に感染が拡大.
緊急事態宣言を経て一旦収まったかにみえたが,
特定のクラスターを起点に水面下でつながっていた感染連鎖が6月中旬に顕在化.
今に至る流行につながった.
裏を返せば,武漢由来のウイルスも,欧州由来のウイルスも,ほとんどの地域で一旦はほぼ途絶えた.
「日本の対策が感染伝播(でんぱ)を阻止してきたことの表れだが,完全に抑え込むことはできなかった」.
疫学を専門とする大東文化大の中島一敏さんはみる.
ここから浮かぶ課題は?
ひとつは感染者の海外からの流入をいかにうまくコントロールするか.
もうひとつは夜の繁華街のようにクラスター連鎖の起点となりやすい地域での効果的な感染抑制策
だと思うが,それだけではない.
今後も増減を繰り返す流行の波を抑え,死亡者を最小限にし,社会経済活動への影響も抑える.
難解な方程式を解くには多くの知恵と人々の協力がいる.
国民への発信力に欠けた安倍路線の継承では心もとない.
(専門編集委員)