1~2月に国内流行した中国・武漢由来のウイルスは,その後終息.3月中旬から欧州系統が全国各地に流入し,感染拡大につながった.それが現場の対策で収束に向かったが,6月の経済活動再開後,特定の感染クラスター(集団)を起点に再び全国に広がった.    興味深いのは,6月中旬に顕在化したこのクラスターは3月の欧州系統由来と推定されるのに,間をつなぐ患者が見当たらないこと.3カ月間,水面下で軽症・無症状者の感染リンクが静かにつながっていた可能性があるという. 青野由利

土記

原爆75年とコロナ 

青野由利

https://mainichi.jp/articles/20200808/ddm/002/070/120000c

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毎日新聞2020年8月8日 東京朝刊

 

 非人道的な原爆投下から75年.核廃絶への思いを新たにする節目の年なのに,新型コロナウイルスが影を落としているのが残念だ.

 

 広島の平和記念式典の参列者は例年の1割未満.各地の平和学習や語り部の活動も制限を余儀なくされているようだ.

 

 広島市長,松井一実さんの「平和宣言」も,子ども代表による「平和への誓い」も,新型コロナに触れていた.もちろん,戦争による人為的な破壊と自然に由来する脅威はまったく違う.それでも,自国第一主義を排した「連帯」の大切さは,共通の課題として心にとどめたい.

 

 両者には別の共通項もある.疫学の重要性だ.原爆では放射線の人体への影響を知るために,長年,被爆者の疫学調査が行われてきた.そのデータは福島の原発事故の際にも参考にされた.

 

 ただ,歴史的な背景から,この調査には釈然としない思いがつきまとう.

 

 原爆投下直後から被爆者の疫学調査を始めたのは,米国が設置した原爆傷害調査委員会(ABCC)だ.そして彼らは,被爆者を研究対象とする一方で治療しなかった.被験者の扱いも現代の倫理コードに照らせば許されない.

 

 時代も対象も違うが,新型コロナの疫学調査でも倫理的配慮は重要だ.今週,国立感染症研究所が公表したウイルスの分子疫学研究とて,役立てられるのは感染者の協力があってこそだろう.

 

 国内患者約3600人から採取されたウイルスゲノムを比較分析したもので,7月中旬時点で考えられるのは次のようなことだ.

 

 1~2月に国内流行した中国・武漢由来のウイルスは,その後終息.3月中旬から欧州系統が全国各地に流入し,感染拡大につながった.それが現場の対策で収束に向かったが,6月の経済活動再開後,特定の感染クラスタ(集団)を起点に再び全国に広がった.

 

 興味深いのは,6月中旬に顕在化したこのクラスターは3月の欧州系統由来と推定されるのに,間をつなぐ患者が見当たらないこと.3カ月間,水面下で軽症・無症状者の感染リンクが静かにつながっていた可能性があるという.

 

 興味深いのは,6月中旬に顕在化したこのクラスターは3月の欧州系統由来と推定されるのに,間をつなぐ患者が見当たらないこと.3カ月間,水面下で軽症・無症状者の感染リンクが静かにつながっていた可能性があるという.

 

 「このウイルスの感染様式をよく表している」と感染研所長の脇田隆字さん.感染の特徴が確認されるのは歓迎だが,この夏,コロナに翻弄(ほんろう)される現実は変わらない.

 

 だとすれば,これを機に被爆体験や戦争体験,資料をオンラインなどで伝える工夫が重ねられるといい.コロナで分断される高齢者と子どもたちをつなぐきっかけにもなる.(専門編集委員

 

 

 

新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2 (2020/7/16現在)

    Published: 2020年8月05日

 国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センター

新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2 (2020/7/16現在)

 

 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム上にランダムに発生する変異箇所の足跡をトレースすることにより、感染リンクの過去を遡り積極的疫学調査を支援している。この調査により、これまでの経過は以下の様に説明できると考えている。

中国発から地域固有の感染クラスターが発生し、“中国、湖北省武漢” をキーワードに蓋然性の高い感染者・濃厚接触者をいち早く探知して抑え込むことができた。しかしながら、3月中旬から全国各地で欧州系統の同時多発流入により“感染リンク不明” の孤発例が検出されはじめた。数週間のうちに全国各地へ拡散して地域固有のクラスターが国内を侵食し、3−4月の感染拡大へ繋がったと考えられる。現場対策の尽力により一旦は収束の兆しを見せたが、6月の経済再開を契機に “若者を中心にした軽症(もしくは無症候)患者” が密かにつないだ感染リンクがここにきて一気に顕在化したものと推察される。

隠れた感染リンクをいち早く探知するためにも、聞き取りによる実地疫学調査に加え、ゲノム分子疫学調査による拡散範囲を特定し、そのクラスター要因の特徴を示すことは今後の新型コロナ対策にとって必須だと考えている。

(以下略)

 

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図1日本の新型コロナSARS-CoV-2ゲノム情報の塩基変異を用いたハプロタイプ・ネットワーク。中国武漢を発端に、塩基変異を蓄積して生まれるウイルス株の親子関係を図示化した(2020年7月16日現在)。変異速度は24.1塩基変異/ゲノム/年(つまり、1年間で24.1箇所の変異が見込まれる)であると推定されている。3月中旬以降、欧州系統による全国同時多発のクラスター発生(右中央の●背景)し、その周りに1-2塩基変異を伴って地域特徴的なクラスターが部分的に発生したものの(オレンジ背景)、現場努力により収束へと転じ始めた。しかしながら、現在急速に増加している全国の陽性患者の多くが一つのゲノム・クラスターに集約されることが明らかになった(赤背景)。欧州系統(3月中旬)から6塩基変異あり、この3ヶ月間で明確なつなぎ役となる患者やクラスターはいまだ発見されておらず、空白リンクになっている。この⻑期間、特定の患者として顕在化せず保健所が探知しづらい対象(軽症者もしくは無症状陽性者)が感染リンクを静かにつないでいた可能性が残る。