進化論をマンガが誤用 学会が反対声明「論理的に誤り」
小坪遊
朝日新聞DIGITAL 2020年6月28日 15時00分
進化論をマンガが誤用 学会が反対声明「論理的に誤り」:朝日新聞デジタル
自民党がダーウィンの進化論を誤用した言い回しを使って憲法改正の必要性を訴えた問題で,日本人間行動進化学会(会長=長谷川眞理子・総合研究大学院大学長)は27日,会長と理事会名で,誤用に反対するなどとする声明を出した.
同学会は,人間の行動や心理などを,進化の観点から研究する専門家の集まり.学会を紹介するサイトにはダーウィンの写真も掲載されている.
声明は,ダーウィンの進化論に「思想家や時の為政者によって誤用されてきた苦い歴史がある」と指摘.
「生物の進化のありようから,人間の行動や社会がいかにあるべきかを主張することは,論理的な誤り」だと説明する.
「特定の政治的意見を主張するものではない」とした上で,進化論を社会的影響を持つ団体や個人が誤用することに反対を表明している.
一方で,誤用がなくならない現状について「科学に携わる者の努力不足だと言わざるを得ない」と反省も示した.「私たちには,進化のありようを,安直に社会の望ましいあり方として提示することの危険性について,社会に警鐘を鳴らす責任がある」などと,研究者の責任にも言及した.
以下略
https://www.hbesj.org/wp/wp-content/uploads/2020/06/HBES-J_announcement_20200627.pdf
「ダーウィンの進化論」に関して流布する言説についての声明
2020年6月27日
日本人間行動進化学会会⻑⻑谷川眞理子
日本人間行動進化学会理事会
(副会⻑)竹澤正哲
(常務理事)大槻久,大坪庸介,小田亮,中⻄大輔,平石界
(理事)⻲田達也,佐倉統,高橋伸幸,瀧本彩加,中丸麻由子,橋本敬
橋彌和秀,三船恒裕,明和政子,山本真也,他4名
インターネット上の自由⺠主党広報ページに,ダーウィンの進化論が誤った形で引用されて議論になっています.この件に関連して日本人間行動進化学会理事会からの見解を述べます.
本学会は,現代生物学の成果を踏まえて,進化という観点から人間の行動や社会を理論的・実証的に理解することを目指して設立された集まりです.
歴史を振り返るとダーウィンの進化論には,思想家や時の為政者によって誤用されてきた苦い歴史があります.
生物進化がどのように進むのかという事実の記述を踏まえて,「人間社会も同様の進み方をするべきである」もしくは「そのように進むのが望ましい」とする議論は「自然主義」と呼ばれてきました.
これは「自然の状態」を,「あるべき状態だ」もしくは「望ましい状態だ」とする自然主義的誤謬と呼ばれる「間違い」です.
論理的には成立しないはずの議論であるにもかかわらず,進化論と自然主義が結びつくことによって,肌の色,⺠族,性別,能力の有無などによる差別や抑圧が正当化されてきた歴史が厳然と存在します.
そして現代においても,自然主義の立場から差別や暴力を正当化する言論は失われていないのです.科学という権威を利用して政治的な主張を展開しようとする中で,そもそもダーウィンが主張したことのない言説が編み出され流布されるような事態まで起きています.
ダーウィン的進化とはランダムに生じた変異の中から,環境に適さないものが淘汰されていくプロセスです.現代の生物学では,この進化というプロセスから,いかに生命の多様性が生み出されてきたのか研究され明らかになってきました.
私たちの先人たる科学者たちは,ダーウィンの進化論が誤用され,政治的に利用されることに警鐘を鳴らし,その問題を解決しようと努力してきました.
しかし現代においてもなお,特定の政治的主張に権威を与えるために,進化を含む科学的知識が誤用される事例がしばしばみられます.このような誤用がいまだに流布し続けていることは,私たち科学に携わる者の努力不足だと言わざるを得ません.
進化の視点から人間行動と社会を理解しようとする専門家の集団として,非力を痛感し,深く反省しています.そして私たちには,進化のありようを,安直に社会の望ましいあり方として提示することの危険性について,社会に警鐘を鳴らす責任があると信じています.
インターネット上の自由⺠主党の広報ページ「憲法改正ってなあに身近に感じる憲法のおはなし」内における4コママンガ「教えて!もやウィン」第1話「進化論」(引用1)は,こうした誤用の一例です.
ダーウィンの進化論ではこういわれておる
最も強い者が生き残るのではなく 最も賢い者が生き延びるのでもない.
唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である.
このようにダーウィンの進化論を「引用」した上で,特定の政治的主張が支持されています.
しかしダーウィンの著した文献にこのような記述はなく,
メギンソン(LeonC.Megginson)が自身の解釈として述べた文章が,あたかもダーウィンが主張したかのように誤って流布したものだと指摘されています(引用2,3).
また,進化論は変化できる者のみが生存できるとは主張していないのです.
進化は「集団中の遺伝子頻度の変化」のことであり,個体の変容に関する言及ではありません.
さらに,すでに述べたように,生物の進化のありようから,人間の行動や社会がいかにあるべきかを主張することは,論理的な誤りです.
私たちはここで,特定の政治的意見を主張するものではありません.いかなる方向性・内容であっても,ダーウィンの進化論という科学的知識が,社会的影響力を持つ団体や個人によって(それが意図されたものであるかどうかにかかわらず)誤用されることについて,反対を表明するものです.
「変化できる者だけが生き残れる」と信ずるのであれば,誤った科学を根拠にするのではなく,個人や団体の信念として表明するべきだと考えます.
以上引用
1.https://www.jimin.jp/kenpou/manga/first/
3.http://oasis.andrew.ac.jp/~matunaga/history.html
https://mainichi.jp/articles/20200628/ddm/002/070/068000c
毎日新聞 時代のあらし
2020年6月28日 東京朝刊
進化をめぐる誤謬 価値判断は別個のもの
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最後に,科学の知見は,ある特定の価値観を正当化するものではない,ということを指摘したい.ニュートンの重力理論があるからといって,物は下に「落ちるべき」なのではない.「である」という叙述から「べきだ」という判断を自動的に導くことは,「自然主義の誤謬(ごびゅう)」と呼ばれる間違いだ.
だから,現代進化理論が何を言おうと,そこから直接に,「私たちは〇〇をすべきである」という判断は導かれない.価値判断は別個にある.科学的知見は,そういう価値判断を下すときの材料であり,価値判断に基づいて何かを実行するときに使う知識なのだ.
生物は,実際に生き残るよりもずっと多くの子を生産し,そのほとんどが成体にならずに死ぬ.これは生物学的事実であり,進化が起こる基礎でもある.これをもってして,「多くの子どもは死ぬべきだ」と主張する人はいないだろう.
間違いは間違いであり,「多様な意見の一つ」ではない.間違いを正すことは学者の責任だと思う.こういう答えもまた,「風に吹かれて」しまうのだろうか?