“三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋”をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ.
今日取り上げるのは椋.
ムクドリではなく---
椋の木1
ムクノキを実際に見たという,確かな記憶がありません.恥ずかしいことに.
古事記に出て来るのは,ムクノキ自体ではなく,椋の実.
「中心部に堅い核をもつ果実,核果(かっか)で,11月に黒く熟す.
球形で10mm以上あり大きいく,ムクドリやハトなど少し大きな鳥の餌になる.黒く熟してしわの寄った実は,干し柿のようで甘くて美味しい」
椋の実も食べたことがありません.とても残念です.
古事記に出て来る場面は,スサノヲとオオクニヌシという神代篇のヒーロー二人が登場する場面.
スサノヲに試されたオオクニヌシは,スサノヲの頭のムカデを取り除こうとするのですが,機転を利かせたスサノヲの娘が椋の実と赤土を食べることをすすめます.
口にしたオオクニヌシは,あたかも「ムカデを咋(く)いちぎって唾き出して」いるように見え,スサノヲは「心のなかでいとしい奴じゃと思うて」心を許して眠ってしまいます.
今日は,イナバのシロウサギの物語からこの場面に到る大筋を,三浦祐介氏による訳文を取り混ぜて紹介し,終わることにします.
古事記 神代篇 其の三
よく知られたイナバのシロウサギの物語.
ワニに皮を剥がれたウサギは,八十の神がみにからかわれ更に傷をひどくしてしまいます.
しかし,オホナムヂ(オホクニヌシ)の教えのとおりにしたところ,ウサギの体は元のとおりに白い毛におおわれます.
“これが,あの稲羽(いなば)のシロウサギじゃ.今に至るも,ウサギ神と言うておろうが”
このウサギは,ただのウサギではなく,神でした.
そして,更に続けて,
“「あの八十(やそ)の神がみは,きっとヤガミヒメを手に入れることはできないでしょう.袋を担いでいらっしゃるが,あなた様こそ,ヤガミヒメを妻になさることができるでしょう」と,お告げ神のごとくに申し上げたのじゃった.”
その後,八十の神がみは,ヤガミヒメに結婚の申し込みをしますが
“「わたくしめは,あなたがたのお言葉をお受けすることはできません.オホナムヂ様のもとに嫁ぎたいと思います」
それを聞いた八十の神は怒りくるっての,オホナムヂを殺してしまおうと皆で話し合(お)うて---”
その後,オホナムヂは,二度まで殺されてしまいますが,カムムスビや母神によって生き返ります.
そして,はじめは,オホヤビコのもとに逃げ,そして,次にオホヤビコの勧めに従ってスサノヲの元へ逃げます.
“さてさて,オホナムヂが,教えられた言葉のままにスサノヲのもとに参り到ると,その娘のスセリビメが出てきての,たがいにうっとりと目を合わせたかと思うと,すぐさま心を許してしもうて,結びあわされたのじゃ.(すばやいことじゃのう.訳者挿入)”
そのあと,オホナムジは,大神(スサノヲ)から四度にわたって試練を与えられます.
はじめは,寝室のヘビ.翌日のムカデとハチ.
さらには,射入れた矢を探しに入った野に放たれた火.
いずれも,スセリビメやネズミの助けで切り抜けたオホナムヂ.
“ そこへ,オホナムジが射入れた矢を持って現れ出たので,ついにスサノヲも折れるしかなくての,オホナムジを家の中に連れて入り,大きな大きな室屋(むろや)に呼び入れての,おのれの頭(かしら)のシラミを取ろうとして,その頭を見るとの,それはシラミではのうて,なんと,大きなムカデがうじゃうじゃと這いまわっておったのじゃ.
それで,オホナムヂが困っておると,またもや,妻のスセリビメが,ムクの木の実と赤土とを持ってきての,こっそりと夫のオホナムヂに渡したのじゃ.
それを見て,しばらく考えておったオホナムジは,わかったのじゃな.すぐにその実を咋(く)いちぎると,赤土といっしょに口の中に拭くんで唾き出したのじゃ.
すると,そのさまを見た大神は,ムカデを咋(く)いちぎって唾き出しておるのじゃと思うての,心のなかでいとしい奴じゃと思うて,心を許して眠ってしまったのじゃ.”