【出演】作家…辺見庸
【朗読】ミッツ・マングローブ
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「今日は,最新作の『月』について話してくれという事できたわけですけども」「書いて良かったのか,書くべきではなかったのか」「あの事件(相模原障害者施設殺傷事件)がきっかけになってるということは間違いない」「外側から見るのではなく,内側から見るということをするにはですね,小説という手段,詩という手段を使わなければできない」「全体として,この社会というものが,あの青年を突き動かしたんではないか」
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「あの事件(相模原障害者施設殺傷事件)がきっかけになってるということは間違いない」/ 「あの夏の日の未明に,ふき上がった血潮に,私たちが染まっていないわけがない」「打ち倒れた人々は,何かを感じてるか,そちら側から眺めようとする努力は,あってもいい」「在るも何も,在っちゃたんだ.はじめもへちまもない.今,在っちゃったんだと.しょうがないじゃないか」「在っちゃうものを,どのように,他者が受容できるかかどうか,ここの問題」
「きーちゃんという,男女不明の性別不明の人物にとってではですね.在るっていうことは,必ずしも積極的な価値ではない.というふうな考え方らしいんですね.
で,無いっていうことは,必ずしも負の価値ではない.
むしろ,彼は,彼ないし彼女は,無いという状態に戻りたいとさえ,思っている.
で,そのことがですね,くしくも,はからずもですね,ネタバレするようだけれども,さとくんの行動とですね,合致してしまう.
彼は,価値のないもの,この世のために役に立たないものはですね,消去していいんじゃないかと.むしろ,消去することが正しいんではないか,それが善ではないか,というふうに思っている.
でそこに,何ていうんですか,同じレベルできーちゃんが,そのー,反発しているわけではない.むしろ,さとくんのそういう,むき出しのですね,ある種ナイーブな,格好をつけないですね,表現のしかたを,好ましいと思っている.
つまり,あの小説においては,敵がいると思うんですけども,書かれていない敵が--- まあ,ある程度,書いてもいると思うんだけれども,それは,おためごかしのことですよね.
おため‐ごかし【御為ごかし】〘名〙 (「ごかし」は接尾語) 表面は相手のためにするように見せかけて、その実は自分の利益をはかること。(精選版 日本国語大辞典)
まあ,こういうことですよ.
人間には誰でも生きる価値があるんだとってことを,簡単に言う人間ですよ.そういう正論をね.
それは,僕は,おためごかしでしょっていうふうに言うわけですね.
僕らの現実に持っている社会自体が,実は,優生思想的であると.
優生思想っていうものが,そのように標榜しなくてもですね,既に社会の全体に染み渡ってしまっている.全く対象化しないまま,合法的に染み渡ってしまってしまう.
かつて行われた優生思想に基づくですね,強制不妊手術の過去に対する,あの忌まわしい過去に対する,恥と反省ってのは,あるでしょうか.
僕は無いと思う.しかたがなかったぐらい思ってるんじゃないでしょうか.つまり,そういう彼や彼女は,当事者圏に入っていないっていうことですよ.
なかなか我々は,NHKにいたり,あるいは,僕は,自分の生活圏の中にいる際にはですね,じかには,例えば,重度障害者がもたらすつらさをですね,つらさの飛沫をですね,浴びるという事はない.
生身の人たちが,リアルに生きて,息をして排泄をしながらいる現場っていうのは,あんたたちが言ってるほど簡単じゃないよ,と.それが考慮のうちにないものは,やっぱり,浅いものになりかねないっていうふうに,『月』を書いている時も思いましたね.
だから,容易じゃない.
存在っていうのは,おのずと,それ自体が,悲しいもんだと思うんですよね.
つまり,明日にはわからないわけです.
そこに,善だとか悪だとかっていうことを,持ち込む必要のないことではないか,っていうふうに,はあ--- 思うんですよね」
辺見庸『月』より
あたしは これから なにを みようとしているのだろうか.
おかしなイメージだが それは nowhereだ.
どこにもないところ.
かすかな予感がある
錆浅葱色(さびあさぎ)色の予感.
シャドーブルーの.
たてないはずのあたしが
無所(nowhere)にで すっくとたちあがる
あるけないじぶんが nowhereをあるく
地平線はクリムゾンレッドの虹.天穹(てんきゅう)の帯である
そのてまえは
みわたすかぎり
黒いごつごつとした岩ばかり
泣けないあたしが泣く
あるきながら
ぽろぽろと涙をながしている
泣けるんだ!
あたしの涙のかたまりを
透明なミズカマキリがすべっている
「ぼくらが存在するかぎりさ,風景はあると思うんだよね.
それは,例えば,視覚が不自由であってもね,想念っていうものがあって,想念には,風景がつきまとうと思うんだ.必ず.
例えば,アフリカのどっかの高原,サバンナかなんかに,きーちゃんがそのことを思ったりする.
ありえようもない話なんだけれども,そういうことを考える.
そういうことを書いてる時って,自分も,とても自由になれる,って思うんですよね.それが自分の救いのようなものになっていくのかな」
「ある,知り合いの老夫婦が今してね.桜が満開の広場を,その老夫婦と犬が,なぜか一列に歩いて行く写真を見たことがあるんですね.
他に人が,広場の中にいなくて,何か,夢のような風景なわけです.ご主人が先頭を歩いて行く.やや猫背気味に歩いて行く.その次を老婦人が歩いて行く.その後をシェパードが歩いて行くんですね.
不思議にその風景に,僕は感動しましてですね.その段階で,既に,老婦人の方は,認知症だったというふうにいわれるわけですが.ご主人の方は,がんだったらしいんですね.それから,シェパード,足の悪いシェパードもですね,追いかけるようにがんになって,倒れてしまうという事があってですね.え〜----何ていうんでしょうかね----.
それはですね.悲しみとは,そういうことではなくて,むしろ,存在というものの変化.がんで,がんが脳に転移して倒れる.で,そこから彼には,ずいぶん長い昏睡期間に入るわけですね.つまり,遷遠性の意識障害という期間に入るわけです.
「遷延」っていうのは,長引くことなんですね.延び延びになること.
延び延びにされた存在って,一体何なんだろう,というふうなオントロジー(存在論)を,僕なりに考えたわけですね.
その人も,リハビリの先生に,リハビリした方がいいというふうに,無理やりというか,立たされるわけですね.両脇から,理学療法士に支えられて,廊下を歩かされるわけですね.そうすると,驚くなかれといいますか,目を開いて,ギロッと,にらむような顔をして,表情も変わるわけですね.
それは,薄れゆく意識の中で,何かを見ているという事だと思うんですね.
確かに人間は,極めて徐々に,しかし,極めて確実に,死に向かう.
けれども,そこに身罷って(みまかって)いく,移行していく期間の中で,非常に貴重な時間があると思うんです.
ジャコメッリの写真のようにですね.見てる何かがある.
そのことを,僕は想像しないといけないな,というふうに,思ったわけです.
桜が満開の中を,老夫婦と老犬が,とぼとぼと歩いて行くっていう風景が,あの〜---なんか,のどかさと,平穏さと,美しさのようなもの.静かさね.音が全部消えたような静けさがあるんですね.
その向こうに,死の世界がある気がしてたから,なんでしょうね.
それは,了解してるっていうのかな.この年になって老いて,自分が,まあ,かなり僕は,もう,歩くこと自体が,しんどくなってきて,それで,今,リハビリ始めてるんですけど.
その,老健の施設で発見したのはですね.その中にこそ,自分の似姿があった,ということなんですよ.
他者としてみていたんだけど,自分の似姿,自分そのものが,その中にいたんだなあって,思うわけですね.
で,そんなに元気じゃないから,もちろん,みんな座って体操したりしている.両手を上げたり,棒を持って,こうやったりなんかする.僕も一緒になってやるわけですね.
非常に尊いというのかなあ.こう,消失っていうのかな.あれは何ていうんだろう.ディスアピアランス(消失)って言うのかな.
死というのは,そうだと思うんですね.
人間Aの死というのは,人間Aが見てきた世界の死だと思うんですよ.全体の死だと思うんですね.消失だと思うんですよ.
それが,徐々に,極めてね,極めて徐々に,しかし,極めて確実にね,ディスアピアランスが来るんだということを,それとなく教えられている感じを受けてですね,近年の中では,最高の発見のような気がするんですよね」
辺見庸『月』より
さとくんが
なにかをやるきになっている
ひとびとのために
貢献しようとしている
本気だ
うすっぺらな月がいちまい
ぽかっとあがっている
さとくんは
自力で今日にいたったわけじゃない
おされて 吹かれて もまれて
いろいろさんざ聞かされて
とりこまれて 侵されて
つけこまれてここまできたのよ
翔ぶ径を断たれた夏の蝶みたいに
きみ わたしとあまりにもことなっているために
かえって どこかよく似たあなた
さとくん 遙けしちかさのあなた
どこにも〈場〉のないきみ
どこにも〈場〉のないわたし
なにもかも すべて
ことごとく癈(し)いた世界の 無-場(nowhere )---
癈いる からだの器官の感覚や機能を失う(デジタル大辞泉)
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