ある日突然,妻に去られ,眠れない日々を過ごす主人公西園寺マモル(吉岡秀隆).去った妻からの初めての電話で「24時間図書館」の存在を知り,夜間,バイクに乗って捜しに出かけます.
NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(1) - yachikusakusaki's blog
西園寺マモル(吉岡秀隆)「捜せばある.あると思えばある.みつけられる人にはみつけられる---あっ」 (「24時間開館.スサ図書館」の看板)
沢田ひとみ(吉岡里帆)「あの,図書館の仕事ではないのですが,別の仕事なら,叔母の働いているところで,朗読する人を捜しているようで,どなたかいい人いないかって.----印象的な声なので」
朗読を依頼したのは,老婦人小笠原玲子(市原悦子).島の豪邸に世話係早川(緒川たまき)と共に住んでいます.マモルは老婦人に中原中也の詩を朗読し,「朗読屋」に合格します.2回目の朗読の帰り際.
早川「はっきり申し上げます.奥様はもう長くはありません」「えっ」「奥様を心穏やかに見送って差し上げるのが,私の最後の仕事です.奥様を満足させられないような朗読をするなら,この私が許しません.訓練するように」「でもどうすれば」
早川「例えば,詩が生まれた場所で作者になった気持ちで,詩を読んでみるのもいいでしょう.文字の裏に隠れた感情がふつふつとわき出てきますか」「詩が生まれた場所?」
マモルは中原中也記念館を訪ね,「帰郷」の石碑を読みます.そして----
NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(2)
(バイクにのるマモル)
(長門峡の流れ.岩の上に立ち,中也詩集を朗読)
マモル「長門峡(ちょうもんきょう)に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。
われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。
われのほか別に、
客とてもなかりけり。
水は、恰(あたか )も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。
やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。
あゝ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。
(冬の長門峡)」
(島へ向かう船.甲板で中也詩集を朗読するマモル.我が意を得たりという顔の船頭倉田)
マモル「ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。
(浜辺で小笠原夫人に朗読するマモル)
故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半(なか)ばは枯れた草に立って、
見ているのは、――僕?
恰度(ちょうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがっている。
(骨)」
玲子「あー気持ちいい(咳き込み).今日の波は----コルシカ島ね」
早川「ええ,奥様」「早川ったらね.あなたはもうきっとこないなんて言うのよ.私のような腐った老人に,喜んで詩を読んで下さる方なんていやしないって」「そんなこと」「あれだけの謝礼があれば別ですけど」(マモル咳き込み)
玲子「(小声で)早川はほんとに意地悪なの.気にしないでちょうだい」「はぁ---」「父も中也の詩が,好きでした」
(扉を開け家をでるマモルと早川)
「本日の謝礼です」「ありがとうございます」「訓練はしているようですね」「はい」「しかしまだまだ足りていない」「はい」
早川「人に聞かせようとする意志があまり感じられません.一人で訓練するよりも,誰かに向かって,詩を読んで聞かせてみてはどうでしょうか」「はぁ---」「あなた,大切な人はいらっしゃいますか?」「えっ?」
早川「大切な人を思って詩を読めば,自ずと声に優しさが含まれるものですが,あなたにはそれがない.それとも優しさがなくて,大切な人を失った?」(うつむくマモル)
早川「中也様の詩は大切な誰かを思っているからこそ,悲しみがいっぱい詰まっているんです」
マモル「早川さんも好きなんですね.中也--様が」「そりゃあ---中也様は,とにかくいい男でしたから」「知り合い---知り合いだったんですか?」「まさか!いくら何でもそんな時代から生きてはいません」「ですよね」
早川「ああ---.雨の匂い.早くお帰りなさい」「えっ?」「(傘を渡しながら)そして,今晩はカレーを食べなさい」「はっ?」「雨の日はカレー.昔からそう決まっているんです」「はぁ--」「では,ごきげんよう」「失礼します」
(食堂でカレーを食べるマモルとひとみ)
マモル「雨の日はカレー」ひとみ「多分叔母だけが信じている迷信です.誰に聞いてもそんな話聞いたことがないって言われて.でもよかった.誘って頂いて.小さい頃からそう言われ続けて来たから,雨の日にカレー食べないと何だかもやもやするんです」「英才教育だ.ある意味」「止めて下さいよ〜.うふううう」「あの---,詩の朗読を聞いてもらいたいんだ」「中也の詩?」「訓練しないと,叔母さんにたたられる」「おおげさ」
(港の近くの橋を歩く二人)
マモル「サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ」
(詩集を読むマモル.欄干に寄りかかり目をつむって聞くひとみ)
「頭倒さ(あたまさか)に手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
(サーカス)」
(ベランダでサボテンに水をかけるマモル)
「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」
(水を飲む)
(小笠原邸遠景.ベットの横で朗読するマモル)
マモル「秋の夜(よ)は、はるかの彼方(かなた)に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
(婦人の咳き込み)
さらさらと射しているのでありました
(一つのメルヘン)」
早川「奥様」マモル「だ---大丈夫ですか」(咳き込み)玲子「早川---.(咳き込み)あの例の薬を早く」「お持ちします」「お願い.早く」(部屋を走り出る早川)
玲子「ごめんなさい」「いいえ」「背中さすって下さる?」「はい」(激しく咳き込む)「はぁー,は,は」「朗読,続けましょうか?」
玲子「もういいの,今日は」(咳き込む)
玲子「私の話を聞いて下さい」「はぁ---」
玲子「この家,無駄に広いでしょ.隠れるところがいっぱいあるの.私は父と,よくかくれんぼをしました.そのうち,世の中が戦争一色になって---父はいつも難しい顔をしていました.
ある日父は私ににっこり優しく微笑んで,そうして言ったんです.『玲子.久しぶりにお父様とかくれんぼをしよう』って.(一瞬,当時の回想の映像:セピア色で挿入)
そうして,父は私を一度ぎゅっと力強く抱きしめて,頭をなでて下さった.
(回想の映像へ, 目をふさいで数える幼い玲子)
幼い玲子「1.2.3.4.5.6.7.8.9.10!もういいかい?-----もういいかい?お父様?---- もういいかい?」
玲子「でも父の返事はなかった.
(元の場面に戻って)
半年後に父が戦死したという知らせが入りました.私は父がもうこの世にいないなんて,信じられなくて,きっとまだこのうちの何処かに---.(周りを見回す玲子)何処かに隠れているんじゃないかって,あちこち捜し回ったの.戦争が終わってもずーっと---」
(せきこみ)マモル「(背中をさすりながら)無理なさらないで下さい」玲子「大丈夫です」
玲子「次は---いや,つぎがあったらですけど」「そんな---」「あなたが今度詩を選んで下さらない?」「ぼ---僕が?」「何でもいいの」「(うなずきながら)考えておきます」(せきこみ)
(ドアの外で用意した薬と水がのったお盆を手に二人の会話を聞く早川)
(海からの小笠原邸の映像)
倉田「舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう」
(船端で遠くを見つめるマモル.続きを歌い始める)
マモル「沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音(ね)は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう」
(図書館書棚.「中原中也論」他の書籍が並ぶ,伸びるマモルの手)
マモル「お願いします」ひとみ「はい」(本を見て微笑むひとみ)
(ふと,カウンターの横に目をやるマモル.忘れ物を置いてある棚.そこには,輪ゴムで止めた青い表紙の手帳)
マモル「あっ」ひとみ「はい」
マモル「あの,青い手帳」
(回想:手帳のページをめくるサユリの後ろ姿)サユリの電話の声「もし私の忘れ物をみつけても,何も見ないで直ちに捨てて」
(自宅の机の上に青い手帳をおいて,考え込むマモル)
(食堂,扉を開ける音)緑「いらっしゃ〜い」マモル「どうも」
(手帳を緑に差し出して)
マモル「忘れ物をみつけたら,直ちに捨ててくれって言われました.でも,どうしても捨てられなくて.彼女が去ってから,うまく眠れなくなりました.眠れない布団の中で,彼女がいた頃の風景を思いだそうとしました.
狭い部屋ですれ違うと,ほんのり漂う彼女の匂い---.好きだったはずなのに,思い出せませんでした.休日はよく一緒にご飯を食べたのに,彼女がどんな茶碗でご飯を食べていたのか,思い出せません.いつも玄関に置いてあったはずの彼女のサンダルの形,アゴのほくろは,右側だったか左側だったか,ずっと,一緒にいたのに----.
僕は,全部,忙しさのせいにして---.そんなことを考えていたら,余計,眠れなくなりました」
緑「つまり,あなたが言いたいことは,捨ててくれと言われた,姉の手帳を,見て良いかどうかということですか?」「はい」「私に許しを得たところで,どうにもならないと思うけど」「でも,あなたしか聞ける人がいない」
(しばらくの間,思いをめぐらせた後)
緑「姉は妊娠していました.多分」「えっ?」
緑「ほんの数ヵ月間でしたけど---
(映像は歩くマモルに切り替わって)
---その間は,とても幸せそうな優しい顔をしていました.だから,その後は,相当きつそうだった.
(映像は緑の大写し)
女には分かるんですよ.そういうの.ちょっとした顔つきとかで.
(映像は再び考えながら歩くマモルに)
その手帳はきっと,姉があなたにあてた手紙なのかもしれません.そう考えれば,恐らく読んでいいものだと思います」
(海辺の防波堤.
その上で足を投げ出して座っているマモル.
手帳を止めてあるゴムを外し,ゆっくり開き,ページをめくっていく)
(以下続く)
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骨
ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。
それは光沢もない、
ただいたずらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分(いくぶん)空を反映する。
生きていた時に、
これが食堂の雑踏(ざっとう)の中に、
坐(すわ)っていたこともある、
みつばのおしたしを食ったこともある、
と思えばなんとも可笑(おか)しい。
ホラホラ、これが僕の骨――
見ているのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残って、
また骨の処(ところ)にやって来て、
見ているのかしら?
故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半(なか)ばは枯れた草に立って、
見ているのは、――僕?
恰度(ちょうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがっている。
湖 上 (全文)
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音(ね)は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。
月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。
あなたはなおも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩(も)らさず私は聴くでせう、
――けれど漕(こ)ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
水沢腹堅(すいたくふくけん さわみずこおりつめる) 厳しい寒さで,沢がすべて凍る頃