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青い手帳を開くマモル「月夜の晩に、ボタンが一つ  波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた. それを拾って、役立てようと  僕は思ったわけでもないが  なぜだかそれを捨てるに忍びず  僕はそれを、袂(たもと)に入れた」NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(3)

ある日突然,妻に去られ,眠れない日々を過ごす主人公西園寺マモル(吉岡秀隆).去った妻からの初めての電話で「24時間図書館」の存在を知り探し当てます.そして,司書のひとみ(吉岡里帆)から,老婦人小笠原玲子(市原悦子)への朗読の仕事を紹介されます.

西園寺マモル(吉岡秀隆)「捜せばある.あると思えばある.みつけられる人にはみつけられる---あっ」/ 沢田ひとみ(吉岡里帆)「あの,図書館の仕事ではないのですが,別の仕事なら,叔母の働いているところで,朗読する人を捜しているようで,どなたかいい人いないかって.----印象的な声なので」NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(1) - yachikusakusaki's blog

中也の詩の朗読と,玲子の世話係早川(緒川たまき)に促された朗読の練習に明け暮れるマモル.ある日,偶然,図書館の忘れ物の棚に,輪ゴムで止めた青い表紙の手帳をみつけます.妻には見つけたら捨てるようにいわれていたものでした.

しかし,妻の妹緑の言葉姉があなたにあてた手紙なのかもしれません」にうながされて,岸壁で手帳を開きます.

早川(緒川たまき)「大切な人を思って詩を読めば,自ずと声に優しさが含まれるものですが,あなたにはそれがない.それとも優しさがなくて,大切な人を失った?」 / マモル(吉岡秀隆)「忘れ物をみつけたら,直ちに捨ててくれって言われました.でも,どうしても捨てられなくて.彼女が去ってから,うまく眠れなくなりました.眠れない布団の中で,彼女がいた頃の風景を思いだそうとしました.狭い部屋ですれ違うと,ほんのり漂う彼女の匂い---.好きだったはずなのに,思い出せませんでしたNHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(2) - yachikusakusaki's blog

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あらすじ|山口発地域ドラマ「朗読屋」|NHK山口放送局

 

NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(3)

 

(港の岸壁.酒を酌み交わす倉田の仲間たちの輪にマモルも)

男たちの唱和

「汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……」

マモル「僕弱いんで」「飲めよ」「一杯だけ.のっ」「じゃ、頂きます」「おっ---おっ!おっ,なあんだ,のめらあや」「あはははは」

倉田「中也はのう,大切なもんをなあようにしてきたからのお.弟,親友」男A「好きになったおなご」男B「息子も」

倉田「じゃけえ,喪失の底から叫ばれた詩にゃあ,むしろ生命力があふれちょる.あみゃあも、大切な何かをなあようにしたんじゃろう?へえじゃなけにゃあ,こねえなとこに来りゃせんやあ」

マモル「でも僕には分からないんです.寂しいとか悲しいとかそういったことが」

倉田「分かろうとせんでも,かんじたらええんじゃあ.傷みの訳なんて,わかりゃせんけど,そのうち確かに感じるいやあ---つげや,ほら」「はい」「今日は飲むぞ」

 

(海に向かって吐くマモル.マモルの吐く音)

(よろよろ柱にもたれかかるマモル.柱にもたれてすわりこむ)

マモル

「汚れっちまった悲しみに
 今日も小雪の降りかかる

汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる」

 

(海の上に帽子をかぶった男の幻影)

「汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる

汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく」

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(Kamakura Museum of Literature archives)

 

マモル & 男

「汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む」

 

(目を閉じてベットに横たわる玲子.そっと見守る早川.ノックの音)

早川「はい」マモル「こんにちは」

(だまってベッドの横へうながす早川)

早川「どうぞ,お願いします」

(玲子,目を閉じたまま.

(妻が残していった青い手帳を開くマモル.

 手帳に記された詩を読み始める)

マモル

「月夜の晩に、ボタンが一つ

 波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。

 

 それを拾って、役立てようと

 僕は思ったわけでもないが

 なぜだかそれを捨てるに忍びず

 僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

 

 月夜の晩に、ボタンが一つ

 波打際に、落ちていた。

 

 それを拾って、役立てようと

 僕は思ったわけでもないが

   月に向ってそれは抛(ほう)れず

   浪に向ってそれは抛れず

 僕はそれを、袂に入れた。

 

 月夜の晩に、拾ったボタンは

 指先に沁(し)み、心に沁みた。

 

 月夜の晩に、拾ったボタンは

 どうしてそれが、捨てられようか

(月夜の浜辺)」

 

玲子「(目を閉じたまま)すばらしかった」「いえ」

玲子「どうも,ありがとう---ございました.お願いがあるの」「はい」

玲子「最後のお願い.『もういいよ』って言って下さらない?そしたら私,うまく---旅立てると思うのよ」

マモル「(涙声で)僕には言えません」

玲子「私は,十分,生きました.今度こそ,お父様を探しに行くの.きっと見つかると思う.お願い---.お願いします.もう---いい---かい?」

-----マモル「もういいよ.(ささやくように)もう---いいよ」

玲子「ふ(微笑む)はーはーはー」

(灯りのついた小笠原邸 遠景)

 

(夜間図書館で椅子にもたれて眠るマモル.カーテンを開ける音)

ひとみ「はい,どうぞ(水を差し出す)」マモル「えっ?ああ---」(美味しそうに水を一気に飲むマモル)「あぁ〜!ありがとう」「ぐっすり眠っていました」「君の姿が見えなかったから,ちょっと待ってようと思ったら,つい」「図書館は居眠りにもってこいの場所ですから」「まったく---」

ひとみ「おばさまが亡くなりました.とても静かに優しい顔で逝ってしまいました.それで,消えてしまったんです---私の叔母」

マモル「えっ---早川さん?」「ええ」「えっ,どういうこと?」「分かりません.昔から分からない人でしたし.うわさだと,どうもおばさまの遺産をたくさん譲り受けたようで---」「そっか.じゃあ今頃コルシカ島行きの飛行機かも.もちろんファーストクラスで」「超豪華客船かもしれません」「うん.あっ.でももしかしたら狐に戻って山に帰ったのかも」「あは」

マモル「あーー(あくび).あれだけ寝たのにまだ眠い.帰るよ」

ひとみ「ぐっすり眠って下さい.心ゆくまで」「うん」

ひとみ「起きたら何しますか?」

マモル「妻を捜してみようと思う.一度,顔を合わせて話をしないと.じゃあ,また」

ひとみ「ご利用ありがとうございます」

バイクで帰途につくマモル.ヒキガエル

アパートのドアを元気に開けるマモル.ベランダの戸を開けて出てみると)

マモル「あっ」

(サボテンにピンクの花が!)

 

ー おわり ー

 

 

サーカス

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風(しっぷう)吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)

  そこに一つのブランコだ

見えるともないブランコだ

頭倒(あたまさか)さに手を垂れて

  汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯(ひ)

  安値(やす)いリボンと息を吐(は)

観客様はみな鰯(いわし)

  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

  屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇

  夜は劫々と更けまする

  落下傘奴(らっかがさめ)ノスタルジア

  ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

 

曇 天

 

 ある朝 僕は 空の 中に、

黒い 旗が はためくを 見た。

 はたはた それは はためいて ゐたが、

音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、 

綱も なければ それも 叶(かな)はず、

 旗は はたはた はためく ばかり、

空の 奥(おく)(が)に 舞ひ入る 如く。

 

 かゝる 朝(あした)を 少年の 日も、

屡々(しばしば) 見たりと 僕は 憶ふ。

 かの時は そを 野原の 上に、

今はた 都会の 甍(いらか)の 上に。

 

 かの時 この時 時は 隔つれ、

此処(ここ)と 彼処(かしこ)と 所は 異れ、

 はたはた はたはた み空に ひとり、

いまも 渝(かわ)らぬ かの 黒旗よ。

 

 

一つのメルヘン

 

秋の夜(よ)は、はるかの彼方(かなた)に、

小石ばかりの、河原があって、

それに陽は、さらさらと

さらさらと射しているのでありました。

 

陽といっても、まるで硅石(けいせき)か何かのようで、

非常な個体の粉末のようで、

さればこそ、さらさらと

かすかな音を立ててもいるのでした。

 

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

淡い、それでいてくっきりとした

影を落としているのでした。

 

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

今迄(いままで)流れてもいなかった川床に、水は

さらさらと、さらさらと流れているのでありました……

 

 

汚れっちまった悲しみに……

 

汚れっちまった悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れっちまった悲しみに

今日も風さえ吹きすぎる

 

汚れっちまった悲しみは

たとえば狐の革裘(かわごろも)

汚れっちまった悲しみは

小雪のかかってちぢこまる

 

汚れっちまった悲しみは

なにのぞむなくねがうなく

汚れっちまった悲しみは

倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)

 

汚れっちまった悲しみに

いたいたしくも怖気(おじけ)づき

汚れっちまった悲しみに

なすところもなく日は暮れる……