新型コロナ買い占め騒動 人々に他者の信頼性を見極める能力を磨くよりも,「消費する大衆」であることを推奨してきたこの社会で,生活物資の不足は大きな社会不安を招く. 根底にある不信を解消しなければ,危機のたびにまた同じ風景が繰り返されるのではないか.水無田気流 東京新聞 // 安田洋祐・大阪大准教授は,「多めに買おうとするのは,一消費者としては理にかなった行為」といいます.朝日新聞デジタル // アメリカでも買いだめでスーパーは品薄に トイレットペーパーなど一部商品の販売制限も ニューズウィーク日本語版

新型コロナ買い占め騒動 

他者への不信感 顕著な日本 水無田気流

東京新聞夕刊 社会時評 2020年(令和2年)3月25日

 

 本欄での私の執筆も,おかげさまで最終回を迎えることができた.

だが今の世情は,例の新型コロナウィルスのせいで,穏やかなお別れとはならなさそうなのが残念である.

 

 三月の騒乱,といえば東日本大震災を思い出す.

毎日のように報じられる,原発事故報道.政府からは安全や健康に関し「ただちには影響はない」という言葉が連呼されたが,庶民生活には直ちに影響があった.

 

 スーパーマーケットには長蛇の列ができ,ミネラルウォーター,缶詰,乾電池の類が商品棚から消えた.

今回もまた,最初はマスクが消え,アルコール除菌剤類が消え,そして今度は,トイレットペーパーにティッシュペーパー類が消えた.

 

 どれほど政府が「紙供給は十分」「マスクはウィルス予防に効果的ではない」と発表しても,庶民の不安はぬぐえないのである.

 

 あえていえば,買い占め行動(そしてそれにつけ込む転売の横行)は,この国の「不信経済」とでもいうべき特製が露わになった結果かもしれない.

平素は「集団主義」といわれ,互いに空気を読み合い,突飛(とっぴ)な行動を避けるように見える日本人だが,生活の安寧を脅かされる事態には,途端に「個人主義」になるように見えるのはなぜか.

 

 そもそも,統計的に見ても日本人は他の先進諸国の人々に比べ他者への不信感が強い点が指摘できる.

たとえば,総務省『情報通信白書』(二〇一八年版)では,「SNSで知り合う人はほとんど信頼できる」との項目に,「そう思う・ややそう思う」と答えた人は日本人は1割しかおらず,ドイツ人五割,アメリカ人六割,イギリス七割と比べて極めて低い.

ネット上で知り合う人が信頼できるかどうか見分ける自信があると答えた人も,日本人が二割程度であったのに対し,英米独の人たちは六〜七割が自信ありと回答している.

 

 同調査では,ネットにおける判断のみならず,そもそも他人を信頼できるかどうかも調査しているが,「ほとんどの人は信頼できる」に肯定的に回答したのは,ドイツ人だった.

 

 ただしこれは,欧米人が日本人に比べて「お人好し」なのではなく,相手が信頼に足りる人物かどうか自分で判断できるという自負が背景にあるようだ.

事実,見分ける自信があると回答した人は,アメリカ人七割,ドイツ人・イギリス人は八割だが,日本人は四割を切る.

 

 社会心理学者の山岸俊男は,『日本の「安心」はなぜ,消えたのか—社会心理学から見た現代日本の問題点』(集英社)で,日本の伝統社会では,村社会のような集団への「所属」が個人の善行を強制するシステムであったため,当該個人が信頼に足るかどうかを問う必要はなかったと指摘する.それゆえ日本人は,「所属」さえ確認できれば,相手が個人として信頼できた,と.

 

 他方,欧米諸国は近代化当初,産業化と伝統コミュニティー解体の波の中,個々人が信頼に足る相手を見極め,共同化を築く必要に駆られてきたのだろう.

 

 戦後の日本社会を俯瞰(ふかん)すれば,高度成長期に故郷の伝統的コミュニティーを離れた人々が都市部に流入し,新たな各家族を作っていった.

同時に大衆消費社会化が進み,人々は他者を信頼するスキルを磨かずとも,必要な物資を消費することで生活の安寧を得てきたともいえる.

 

 極論すれば,人々に他者の信頼性を見極める能力を磨くよりも,「消費する大衆」であることを推奨してきたこの社会で,生活物資の不足は大きな社会不安を招く.

根底にある不信を解消しなければ,危機のたびにまた同じ風景が繰り返されるのではないか.

杞憂であってほしいと,切に願う.

 

(みなした・きりう=社会学者,詩人,国学院大経済学部教授)

 

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トイレ紙買いだめ理にかなった行為か ゲーム理論だと…

朝日新聞デジタル 2020年3月17日

トイレ紙買いだめ理にかなった行為か ゲーム理論だと… [新型肺炎・コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 

 新型コロナウイルスの流行で,トイレットペーパーはいつも売り切れ.買いだめが批判されていますが,安田洋祐・大阪大准教授は,「多めに買おうとするのは,一消費者としては理にかなった行為」といいます.

紙を買いたい消費者をゲームのプレーヤーに見立てて,経済学の「ゲーム理論」を使って解決のヒントを考えました.

 

 

違うゲーム,ありえた

 

 ――店頭にトイレットペーパーがないのを見ると,買える時は多めに買っておきたくなります.よくないことなのでしょうか.

 

 「一消費者としては理にかなっている行動です.他の人も多めに買って店頭の在庫がすぐになくなる状況で,自分だけゆっくり構えていると,買えずに困ってしまうでしょう.そのやむにやまれぬ行為を,『協調性がない』などと道徳的に批判しても,ギスギスするばかりです.しかし,一人一人が『合理的』にふるまった結果,早朝から列に並ばないと買えなくなるなど,みんなが損をすることになってしまいます.個人にとって望ましい行動と社会としての利益は,必ずしも一致しないのです」

 

 ――自分だけが買うのをやめても,他の人が買いだめを続けるならば,問題は解消しません.

 

 「他人の行動によって自分の行動も左右される状況の分析には,社会・経済現象をゲームとしてとらえる経済学の『ゲーム理論』が有効です.今回の場合,トイレ紙を買いたい消費者がゲームの『プレーヤー』,買うか否かの選択がゲームの『戦略』,結果に応じた各人の損得がゲームの『利得』です」

 

 「人は『自分一人だけが戦略を変えても得をしない』状態があれば戦略を変えず,プレーヤーみながそうした状態にあると状況は安定して動きにくくなる.ゲーム理論にはこんな法則があり,発見者の名前をとって『ナッシュ均衡』と呼びます.現状は,消費者が互いに,買いだめをするという戦略をとった状態で均衡しています.だから店頭のトイレ紙は入荷してもすぐなくなります」

 

 ――社会としては望ましくない状態で均衡してしまっているのですね.

 

 「このゲームには,実はもう一つナッシュ均衡になる戦略の組み合わせがあります.誰も買いだめをしない,という状況です.他の人は買いだめをしていないのに,自分だけ買いだめをしても意味はありませんから,誰もしなくなります」

 

 ――どうすれば良い均衡に移れるのでしょうか.

 

 「みなが一斉に買いだめをやめるのがポイントで,『他の人も買いだめをしない』と確信できないといけません.鍵になるのは,マスメディアが,視聴者が『この情報を見た他の視聴者は買いだめをやめそうだ』と感じるような情報を流すことでしょう.マスメディアだと,SNSよりも『みんなも同じ情報を見ているはずだ』と感じやすいものです」

 

 ――個人でできることはありますか.

 

 「普段から日用品のストックを多めに持てば,非常時に買いだめに走らなくても『損』をしません.先ほどのゲームは,ストックを持たずトイレ紙を買いたい消費者をプレーヤーに想定していましたが,ストックしている人が増えれば,違うゲームになるでしょう」

 

 ――トイレ紙の買いだめは,銀行の「取り付け騒ぎ」に似ているように見えます.根拠のない倒産情報で金融機関から預金を引き出す人が現れ,その様子を見て慌てて引き出す人が増えるという状況です.

 

 「そうですね.違うのは,銀行の場合は,倒産しても預金を保護する制度があることです.いずれにしろ保護されるならば,他の人がどう動こうと,慌てて引き出しても得はしません.預金の場合は,実際に現金を刷らずとも口座に残高が記号として表示されていればよいので,こうした対処が可能です.一方商品の場合は,需要が増えた分をすぐに生産・輸送できないから,この手を打てません.ただ,一定期間後に必ず商品を入手できると確約できれば,慌てて買う人を減らすことはできるでしょう」

 

 ――市場経済では,入手を確約するのは難しそうです.台湾では緊急対応として,1人あたりのマスク購入枚数を制限する代わりに,確実に購入できるという施策をとりました.

 

 「マスクがどれくらい必要かというニーズは人それぞれ異なり,通常時なら市場の中で需給が効率的にコントロールされています.市場の効率性を犠牲にしててでも,社会的安定性のために平等に配ることを優先したのだと思います」

 

 ――市場に任せるならば,ドラッグストアが需要の大きいマスクの値段をつり上げてもおかしくないのに,そうした動きはそれほどありません.

 

 「ネットでマスクを高値で転売をしている人たちは,高くても買いたい,という需要があるから売っています.転売屋には将来の商売はないから,それができるのです.ドラッグストアが同じことをしたら,短期的には利益を上げられても,社会的批判を浴びて長期的にお客が離れてしまいます.一方で,一人でいくつも買いだめすることを防ぐために,2個目以降の購入に限って値段を高くして売るという店もあります.一案として,値上げの差額分を寄付などに回せば,企業の評判を落とすことなく買いだめを抑制できるかもしれません」

 

《やすだ・ようすけ》1980年生まれ.専門はミクロ経済理論,ゲーム理論.編著に『学校選択制のデザイン』ほか.

 

 

 

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アメリカでも買いだめでスーパーは品薄に トイレットペーパーなど一部商品の販売制限も

ニューズウィーク日本語版 2020年3月16日(月)

 

米国でも新型コロナウイルスの感染拡大が加速するなか,消費者の買いだめの動きが広がり,スーパーマーケットなどで食品や生活必需品が品薄になりつつある.こうした状況に対処するため,消費財メーカーは需要が急増している基礎的な売れ筋商品に焦点を絞って生産を拡大している.

 

小売各社はトイレットペーパーや洗浄剤,食料品の買いだめによって商品が品薄になり,さらなる不安をあおっていると警告している.オンライン小売最大手のアマゾン・ドット・コムは,注文の急増によって多くの生活必需品が売り切れたと明らかにした.

 

こうしたなか,トランプ大統領は15日,アマゾンやターゲット,コストコ・ホールセールウォルマートなど小売り大手の幹部30人と電話で会談した.

 

カドロー国家経済会議(NEC)委員長はテレビを通じて米国の供給ラインは「かなりうまく機能している」と明言した.

 

食品マーケティング協会(FMI)で危機管理の責任者を務めるダグ・ベイカー氏は「食品の供給網が遮断されることはない」と述べた.

 

工場が24時間態勢で稼働するなか,需要が急増している商品に焦点を絞って生産していると同氏は説明した.たとえば漂白剤なら従来のように様々なサイズや香料の商品を取りそろえるのではなく,最も売れ筋の商品に限定して量産する方針に切り替えた.食品でも,売れ行きがよくないフレーバーは生産を停止し,生産ラインをその他の食品に振り向ける可能性があるという.

 

同氏によると,メーカーも全米に公平に商品が行きわたるような措置を導入し始めている.

 

ウォルマート,パブリックス,クローガ―などの小売大手は,トイレットペーパーや消毒用ウェットティッシュなど,特に需要が高まっている商品の1人当たりの購入量を制限している.

 

ウォルマートの広報担当者によると,同社は各店舗のマネジャーに,特に需要が急増している商品に関しては裁量で販売量を制限するなど,在庫を管理する権限を与えた.

 

小売各社にとっては,商品の配送が滞らないよう,人手の確保も重要だ.FMIのベーカー氏によると,一連の緊急対応策には,飲食業界の人材を活用する計画も含まれている.小売業界は,劇場やカフェ,レストランの閉鎖によって一時解雇された労働者の雇用に期待しているという.

 

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https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/03/post-92752.php

[ニューヨーク/ロサンゼルス 15日 ロイター]

 

https://www.135east.com/entry/usa-today-fighting-against-corona-virus-