カヤ 萱 3
“三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋” をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ
古事記では,トヨタマビメの出産の場面で登場する“カヤ(萱/茅)”.
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“カヤ(萱/茅) 屋根を葺くのに用いるイネ科,カヤツリグサ科の大形草本の総称.主としてススキ,チガヤ,スゲなどが用いられる” (日本国語大辞典).
ススキとは - 育て方図鑑 森林総合研究所/チガヤ カサスゲ
古事記と同時代の万葉集にもカヤが詠まれています.ただし,すすき,尾花,み草,草と表記される場合がほとんど.
明らかにカヤの音で詠まれている歌はあまりみあたりません.
「草」はカヤと読む,とする方が多いようですが,「み草」はミクサ,でミカヤとは訓をふりません.
巻1・7 額田王 / 額田女(ひめ)
金野乃美草苅葺屋杼礼里之 兎道乃宮子能借五百礒所念
秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の都の仮廬し思ほゆ
あきののの みくさかりふき やどれりし うぢのみやこの かりいほしおもほゆ
あなたが今旅のやどりに仮小屋をお作りになっていらっしゃいますが,若し屋根葺く萱が御不足なら,彼処の小松の下の萱草をお刈りなさいませ
うら若い高貴の女性の御語気のようで,その単純素朴のうちにいいがたい香気のするものである.(斉藤茂吉 万葉秀歌)
巻1・11 中皇命(なかつすめらみこと)
吾勢子波借廬作良須 草無者小松下乃草乎苅核
わが夫子は仮廬作らす草なくば小松が下の草を刈らさね
わがせこは かりいほつくらす くさ(かや)なくは こまつがしたの くさ(かや)をからさね
かつて天皇の行幸に御伴して,山城の宇治で,秋の野のみ草(薄/萱)を刈って葺いた行宮に宿ったときの興深かったさまがおもい出されます.
単純素朴のうちに浮かんで来る写像は鮮明で.且つその声調は清潔である.(斉藤茂吉 万葉秀歌)
巻14・3499 作者不詳(東歌)
乎可尓与西 和我可流加夜能 佐祢加夜能 麻許等奈其夜波 祢呂等敝奈香母
岡に寄せ我が刈る萱のさね萱のまことなごやは寝ろとへなかも
おかによせ わがかるかやの さねかやの まことなごやは ねろとへなかも
岡に引き寄せて私が刈る萱(かや)の,その萱(かや)のようにほんとうに柔らかなあの娘はなかなか「寝ましょう」,とは言わないのだよね.
「なごや」は,和やかなこと,柔らかなことの意味と考えられ,この歌では「柔らかな若い女性」のことを示しているようです.(たのしい万葉集)
神代編 其の六
さてある時,ワタツミの娘のトヨタマビメがひとりでホヲリのもとにやってきての,
「わたしは,すでに身ごもっておりましたが,今まさに,子が生まれる時になりました.これを考えますに,天つ神の御子は,海原で生むことなどできません.それで,はるばると上の国に出て参りました」と,こう申し上げたのじゃった.
そこですぐさま,海辺の渚に鵜の羽根を萱(かや)の替わりに屋根と壁とに葺いて,産屋(うぶや)をつくったのじゃ.ところが,その産殿(うぶどの)がまだできあがらないうちに,トヨタマビメの腹があわただしくなってきての,耐えられぬほどになってしもうたのじゃ.それでトヨタマビメは,まだ出来あがらぬ前に産殿に入ってしもうた.