“三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋” をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ.
カヤ 萱 2
古事記では,トヨタマビメの出産のための産屋をつくる場面で登場する萱.
“海辺の渚に鵜の羽根を萱(かや)の替わりに屋根と壁とに葺いて,産屋(うぶや)をつくったのじゃ.”(古事記 神代編 其の六)
カヤ/萱とは;
「屋根を葺くのに用いるイネ科,カヤツリグサ科の大形草本の総称.主としてススキ,チガヤ,スゲなどが用いられる」(かや【茅・萱】① 日本国語大辞典)
その後,すすきのみを指すようにもなったため;
「ススキの異名」(かや【茅・萱】② 日本国語大辞典)として用いられることも.
(カヤ 萱 1 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/02/29/001000 )
カヤは多くの場合「萱」と書かれますが,「茅」が用いられることもあります.しかし,どちらも,本来はカヤを意味していない漢字でした.
「萱」はカンゾウ(ワスレグサ).
「茅」はチガヤ.
さらに,
「草」をカヤと読ませることも.
日本国語大辞典の「語誌」の項では,上記の意味の変遷(①⇒②)に加えて,漢字についても次のように解説しています.
かや【茅・萱】語誌
(1)元来は①のように総称だったので,「延喜式・祝詞」に見られるように「草」をあてることもあった.
〈*延喜式(927)祝詞(九条家本訓)「取り葺きける草(カヤ)の噪きなく」〉
「茅」は「ち」で,「ちがや」を指すが,「ちがや」は屋根を葺く草の代表的なものなので,「かや」にあてられた.
(2)「萱」は本来,ユリ科(現在はススキノキ科)の植物カンゾウ,一名ワスレグサで,「カヤ」の意に用いるのは誤り.「和名抄」「名義抄」などに「カヤ」とよむ文字は「萓」.字形が似ているところから,後世誤ったもの.
神代編 其の六
さてある時,ワタツミの娘のトヨタマビメがひとりでホヲリのもとにやってきての,
「わたしは,すでに身ごもっておりましたが,今まさに,子が生まれる時になりました.これを考えますに,天つ神の御子は,海原で生むことなどできません.それで,はるばると上の国に出て参りました」と,こう申し上げたのじゃった.
そこですぐさま,海辺の渚に鵜の羽根を萱(かや)の替わりに屋根と壁とに葺いて,産屋(うぶや)をつくったのじゃ.ところが,その産殿(うぶどの)がまだできあがらないうちに,トヨタマビメの腹があわただしくなってきての,耐えられぬほどになってしもうたのじゃ.それでトヨタマビメは,まだ出来あがらぬ前に産殿に入ってしもうた.