NHKETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」1 福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けています.「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝え,震災関連死と認定された被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を分析し,「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのかに迫ります.

ETV特集原発事故 命を脅かした心の傷

    2019年3月2日(土)午後11時00分(60分)

    2019年3月7日(木) 午前0時00分(60分)

 

原発事故から8年.住み慣れた「ふるさとの喪失」が人々の心と体に何をもたらしたのか.

NHK取材班は,苛酷な避難生活が続く中で命を落とした被災者の遺族が作成した『死に至る経緯書』を入手し,徹底分析.

さらに「フラッシュ・フォワード」と呼ばれる独特の心理現象が被災者を苦しめている実態を伝える.

【キャスター】柳澤秀夫,【語り】中條誠子

NHKドキュメンタリー - ETV特集「原発事故 命を脅かした心の傷」 NHK札幌放送局 | 「原発事故 命を脅かした心の傷」

f:id:yachikusakusaki:20190304005539j:plain

 

原発事故によって,突然始まった不慣れな土地での「避難生活」.

県?職員「(ロッカーを開けて)亡くなるまでの経過(の書類)が入ってます」

“ふるさとの喪失”がもたらす,“深刻なストレス”の実態を示す記録にたどりつきました.

(書類の映像:「震災から死亡までの経緯について」)

f:id:yachikusakusaki:20190304005704j:plain

書かれているのは,震災後から,死亡に至までの詳細な経緯.

被災者の心と体に何が起きていたのか.

専門家との分析によって,その全体像が,はじめて明らかになろうとしています.

精神科医「本当にもう限界だと.もう頑張っていけない.生きる意欲も失ってしまって,死のリスクにつながっていく.こんなことになってるなんて,思っていなかった」

 

今なお,4万2000人が,ふるさとに帰れないでいる福島.

避難生活の中で,命をも奪われる人が増え続けています.

 

そこには,「人生の見通しが,いつまでも立たないことによる「心の問題」が,深く根を下ろしていました.

 

精神科医「帰るところのない人たちの心のケア,日本ではやったことがない.かつて経験した,どの災害よりも,メンタルなトラウマのリスクは高い.

 

深刻なストレスは,命をどう脅かしたのか.

被災者や遺族,現場の医師たちへの取材から迫ります.

 

 

原発事故 命を脅かした心の傷

 

(映像 メンタルクリニック「なごみ」」

福島県相馬市にあるメンタルクリニック

原発事故による「避難生活」で,深刻な症状に苦しむ人が,後を絶ちません.

 

患者「胸のこの辺が息苦しくなって,一人で『どうしよう,どうしよう』という感じになって,外に出るのが恐怖というか,苦しい,息苦しい」

初めてクリニックを訪れた武藤多恵子さん(60)です.

事故の直後に始まった症状が,今も続いています.

 

医師「不安反応が出てくれば,呼吸が苦しくなるとか,血が逆流してくる感じ?あるいは血が引いていく感じ?」

武藤さん「体の中がおかしくなる感じ.あっち行ったり,こっち行ったり.どうしよう,どうしようと」

精神科医蟻塚亮二さん(71).

被災地でトラウマ診療を行う専門医が少ない中,6年前に福島にやってきました.

今なお,4万2000人が,ふるさとを離れたままの福島.被災者の心と体が限界に達してしまわないか,危惧しています.

 

鉢塚医師「武藤さんたちが福島から逃げたのは?」

武藤さん「(2011年3月)15日に津島(福島県浪江町津島)を避難しました」

 

(映像 道路が閉鎖された津島地区)

武藤さんが暮らしていた浪江町津島.放射線量が高い帰還困難区域に指定され,8年たった今も,全住民の避難が続いています.

武藤さんは,事故の後,夫と夫の両親と一緒に,津島を出て避難を開始.避難所や親戚の家を転々としました.

異変が起きたのは1ヶ月後.茨城県にある団地にようやく落ち着いてからのことでした.

 

武藤さん「この頃から,ですね.この時期,地震(余震)が多かった.その時,携帯やテレビに情報(緊急地震速報)の,あの音.あの音を聞くとドキッとする」

f:id:yachikusakusaki:20190304005907j:plain

有塚医師「それを感じたのは,このあたり?取手にいた頃(2011年4月)」

武藤さん「ドキッとして,息苦しいというか,過呼吸.息ができない.それから,耳鳴りが,(頭のうしろを両手で押さえて)こっちとこっち,両方からして,何かこう,誰か『死ね』『死ね』って.『死ぬんだ』って,死,死,死って.ほんとに頭が---こうやって,ぐ〜っとやりたくなるぐらい,もう」

蟻塚医師「死ねって?」

武藤さん「何か知らないけど,『死』なの」

 

事故当時の記憶がよみがえることで,動悸や耳鳴り,幻聴といった症状に悩まされてきた武藤さん.

津島を離れた後,義理の母が認知症になり,武藤さんをひどく罵るようになったことにも,苦しんでいました.

二間しかない団地で,母との距離を置くには,ベランダで過ごす時間を増やすしかありませんでした.

武藤さん「その時,ベランダが3階だったんですけど,ベランダから下を見ていると,『あ〜,こっから落ちたら死ねるのかな〜.あの地震の時に死んでいれば,こんなに苦しい思い,しなくて済んだ』と」

 

津島を離れて5年.武藤さんは新たな苦しみに見舞われるようになります.

武藤さん「先々の不安もある.全然知らない土地での暮らし.隣とのつきあいもない.知っている人もいない.それも不安.(人からは)『そんな先のこと考えてどうするの』と.『今の楽しいこと考えればいいんだよ』と言われたけど,それができない」

蟻塚医師「ということは,先(将来)のことが,頭に入ってくるんだね.できないっていうのはね.考えたくなくても,頭に入ってくる」

武藤さん「そうそうそうそう.先のことを---うん」

 

武藤さんを苦しめる「事故当時の記憶」と「将来への不安」.

蟻塚医師は,そこに福島の被災者が抱えるストレスの特徴があると見ています.

 

蟻塚医師「過去のトラウマ記憶,体験が,現状に侵入してくる.フラッシュバック」

 

フラッシュバックとは,

トラウマとなっている過去の記憶が,何かのきっかけで突然よみがえったり,夢に見たりして苦しむ心理現象です.強烈なトラウマ体験のあと,心身に症状が出る「PTSD 心的外傷後ストレス障害」の代表的な症状です.

PTSD post-traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス障害 強い恐怖体験が原因で悪夢・精神マヒ・過覚醒・不安などの症状が出る)

 

武藤さんの場合,地震や災害のニュースが引き金となり,フラッシュバックが起きていました.

それに加えて,福島の被災者を苦しめる,もう一つの心理現象.

「未来が曖昧で見えない」ことから引き起こされる,「フラッシュフォワード」です.

 

蟻塚医師「先が見えないっていうことの不安みたいなものが,いきなり,ポン,っと入ってくる.予想しないまんまね.で,コントロール不能.これがフラッシュフォワード

f:id:yachikusakusaki:20190304012036j:plain

 

福島の被災者は,過去のトラウマだけでなく,将来に対する絶望からも心身に不調を来す二重の苦しみに直面していると,蟻塚医師は考えています.

 

続く

 

 

付記

東日本大震災死者・行方不明者数,震災関連死数

https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf

f:id:yachikusakusaki:20190305005246j:plain

https://hinansyameibo.katata.info/article/after20110311-japan-20190110.html

 

福島県は,死者・行方不明者数は,宮城・岩手両県よりかなり少ないにもかかわらず,震災関連死は突出しており,しかも今なお増え続けている.

f:id:yachikusakusaki:20190304010411j:plain

http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20181228_kanrenshi.pdf