日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために. 藤井克徳 ( 2 )
日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(1)
現代の日本社会を投影した事件
障害当事者の声
・「怖い」という声:中でも,元職員が容疑者だった事
・優勢思想的な動機に対する怖さ:自分達に刃先が向けられている感じがする
・精神疾患者への偏見が増すのではないか,ふたたび入院中心の政策になるのではないか,という不安
死後まで続く差別
事件をめぐる問題点に入りますが,最初に述べたいのは,事件後の対応や関連する動きがあまりに不可解だということです.
事件そのものが深刻かつ重大であることは言うまでもありませんが,これから述べる事件後の不可解さも,今回の事件の本質の一端を表しているのではないでしょうか.
簡単に言うと,それらは普通の市民感覚や常識とかけ離れているのです.異常さと言ってもいいかもしれません.
まず挙げたいのが,被害者の名前が報道されないという問題です.いわゆる匿名報道ということです.報道関係者によると神奈川県警がそのような方針にあるということで,その理由としては,遺族の意向だと言っています.真相は分かりませんが,いずれにしても本質的な問題を内包しているように思います.あのような大事件で被害者の実名を伏せるということは,社会通念としてありえないのではないでしょうか.NHKの記者によると,大きな事件や事故で被害者の実名を伏せたのは,2001年9月に新宿歌舞伎町で44人が死亡した火災ぐらいだということです.
人の死というものは,たとえ第三者であっても,個人の氏名を知り,その人にまつわる年齢や性別などの情報によって,手のあわせ方も変わってきます.
このまま実名が公表されないのでは,一人ひとりの死ではなく「グループの死」「顔のない死」となってしまいます.こうしたあつかいは,死んでからも続く差別と言っていいのではないでしょうか.ずっと障害問題に携わってきた私の立場からすると,あまりに切なく,やるせない思いです.
「遺族の意向」ということですが,これも大きくみれば優生思想と無関係ではないように思います.
遺族からすれば「うちの子は,近所ではいないことになっている」「今さら名前を言いにくい」といった現実があるかも知れません.私はかつて精神障害者のための作業所を仲間とつくってきました.あるメンバーが亡くなったとき,家では葬儀は出せないと言うことで,母親の意向で病院の霊安室を借りて葬式をしたことがあります.霊安室での葬式というのは何とも言い表せないものがあります.今回の匿名報道の問題は,この時の体験が重なってきます.
障害のある家族の存在を表に出せないことについて,そのような親に問題があるかというと,そう単純な話ではありません.
私の個人的な見解としては,原則は氏名を明かしてほしいと思いますが,
より重要なのは,そういう親の対処の仕方の背景をみる必要があるということす.隠さざるをえない今の社会に本質的な問題が潜んでいるとみるべきです.
とても悲惨なことだと思います.
水泉動(しみずあたたかをふくむ)地中で凍っていた泉が動き始める頃