新形コロナ 岩手 知事発言で励ましの動き
感染者中傷 官民で「NO」
「責めない社会で 安心して検査を」
東京新聞 夕刊 2020年9月18日
新型コロナウイルス感染者の勤務先や,通う学校が誹謗中傷を受ける事例が目立っている.
7月下旬まで唯一の「感染確認ゼロ県」だった岩手県では,初感染者が出た企業が標的に.知事は厳しい姿勢で臨むと強い言葉で表明,企業には中傷を上回る数の激励メッセージが寄せられるなど,感染者側を積極的に支える動きが生まれている.
◆鬼になる
岩手県は7月29日夜,男性2人の感染確認を発表した.うち1人が勤務する県内の企業は発表の数時間後,感染社員は判明直前は外勤業務ではないとホームページで公表,問い合わせ先も載せた.住民の不安を取り除き,個人情報を探る動きから守るのが狙いだった.
しかし,公表後の2日間で「どこの部署の誰だ」「解雇したのか」と,苦情や中傷の電話,メールが約80件続いた.企業側の担当者は「萎縮し,通常業務に支障が出た」と振り返る.
達増拓也知事は感染確認前から「感染者は出てもいい.悪ではない」と繰り返していた.
初感染発表から2日後の記者会見では,感染者への中傷について「犯罪に当たる場合もある.鬼になる必要性もあるかもしれない」と強調した.
◆SNS念頭に
達増氏が懸念したのは,感染者側への直接的な攻撃にとどまらず,会員制交流サイト(SNS)を通じて中傷やデマが広がることだった.
感染者への人権侵害に加え,体調不良者が相談や検査を控えることで感染拡大につながる恐れもあった.
「鬼」発言は,ツイッターなどの中傷を県職員が画像で保存し,悪質な言動を抑止することを想定していた.
県は会見当日から,コロナの検査結果などを発信する県のツイッター公式アカウントに,悪質なコメントが投稿されていないかチェックを開始.感染者を「バカ」と罵倒するなどした十数件を保存した.
被害者が警察に被害を届け出たり,訴訟を起こしたりした場合の提供も検討している.
◆エールの花
「鬼」発言の頃を境に,当該企業への電話やメールの半数程度が「患者が復帰できる環境をつくってほしい」といった激励に変化した.
匿名で届いた赤い花のフラワーアレンジメントには「名を公表した会社には,誹謗中傷ではなくお花を届けます」とのメッセージが添えられていた.
約1カ月半が経過し,中傷はなくなった.
担当者は「地域の人の温かさで立ち直れた.感染者を責めない社会になれば,誰もが安心して検査を受けることができるのではないか」と強調する.
駿河台大の小俣謙二教授(社会心理学)は,岩手県のような行政トップの強い発信は中傷を即時に止めるのに有効と指摘した上で
「コロナに限らず差別をなくすためには長期的な取り組みが必要.啓発活動や立法措置を含め,どんな対策が必要か社会全体で議論を深めるべきだ」としている.