昨日,一昨日,古事記の植物として取り上げた「ははか/うわみずざくら」.
アマテラスが岩戸に隠れた「岩戸隠れ」の際に行われた「占い(太占)」で用いられていました.
そして,この岩戸隠れの物語では,他に四種の植物が登場します.
マサカキ/サカキ(榊)
ヒカゲ/ヒカゲノカズラ
マサキ/マサキノカズラ(テイカカズラ)
ササ 小竹
マサカキが登場するのは次の文章の中:
----天の香山(かぐやま)に生えている大きなマサカキを根つきのままにこじ抜いての,
そのマサカキの上の枝には八尺(やさか)の勾玉の五百箇(いほつ)のみすまるの玉をとりつけての----
脚注 マサカキ;榊のこと.マはほめ言葉.
今日は,この“マサカキ/サカキ(榊)”を冒頭の紹介植物として,古事記に触れていきます.
とはいっても,サカキについては,かなり以前,“写すだけ万葉集”シリーズで取り上げました.
yachikusakusaki.hatenablog.com
今日の紹介文は,これとほぼ同じもので代用させていただきます.
サカキは
ツツジ目 Ericales,モッコク科 Pentaphylacaceae,サカキ属 Cleyera,
サカキ C. japonica
NHK出版趣味の園芸サカキとは によると以下の通り(一部割愛/改変)
サカキはサカキ科サカキ属の常緑樹.(以前はツバキ科に分類)
つややかで厚みのある葉は互生し、縁には鋸歯(きょし)がなく表も裏も無毛で長さが8cm前後と大ぶりです.
この美しい葉のついた枝は玉串(たまぐし)として神事に用いられます.
関東地方の生花店で販売されている神棚用の「お榊」はサカキの代用として使われている別属のヒサカキが多く,こちらは葉は小さく縁に浅いぎざぎざがあります.
花は直径1.5cmほどの小さな白花で6月から7月に開花し,11月から12月には果実が熟して黒色になります.
ちなみに漢字一文字で表される名前の「榊(さかき)」は日本でつくられた漢字で国字の一つです.
サカキはホンサカキとも呼ばれヒサカキと区別されることもあるそうです.サカキとヒサカキ.確かに葉で見分けるのがよさそう.
写真は上段がサカキ(サカキ属),下段がヒサカキ(ヒサカキ属).
サカキ(榊) - 庭木図鑑 植木ペディア ヒサカキ(姫榊) - 庭木図鑑 植木ペディア
ぎざぎざがなくてかなり大ぶりの葉がサカキ.栄える木の意味だそうです(日本国語大辞典).
ぎざぎざがあってサカキに比べて葉が小さいのがヒサカキ.ヒサカキの語源はヒメサカキ(日本国語大辞典)とのことですが,他の説もあり,またヒメサカキという別の種もあるので要注意.
神棚に飾る場合,サカキをヒサカキで代用することは全く問題ないようですが(本榊とひさかきについて|日本榊本舗),いわゆる玉串はサカキを使用している(神社本庁 | 玉串の意味について),とのことでしたが----
更に重要情報!
「万葉/古事記の時代のサカキ:現在のサカキのみを指しているのではありません」
日本国語大辞典のサカキの項では,
冒頭は(「栄える木」の意).
②で現在のサカキについて記載しています.
そして
①としては「常緑樹の総称.特に神事に用いる木を指すことが多い」.
古事記(古事記(712)上「天香山の五百(いほ)つ真(ま)賢木(さかき)を根許士爾許士(ねこじにこじ)て」)や源氏(斎宮の,まだ本の宮におはせませば,さかきのはばかりことつけて)の用例とともに!
「①がより古い用法/もともとの意味」というのが国語辞典の約束ごと.
古事記のサカキは現在のサカキのみを指す言葉ではなく「常緑樹の総称」!
「上代のサカキも栄木で,上古は常磐木の総称であるといっている馬淵の説が正しい.しかしその常磐木の中でも葉が常緑で,葉形も美しいサカキ,ヒサカキ,シキミなどの類が用いられていたことが想像できる.後世これが神祭りにはサカキ,ヒサカキの類,仏にはシキミと変化したものであろう.要するに上代のサカキは一種を指すものではない」
ヒノキやヤドリギをかざす万葉人は常磐木を神事にも用いました.ヨーロッパでもモミなどevergreen treeをクリスマスツリーに,ヤドリギをクリスマスの飾りに.生命力あふれた美しい常緑樹を愛で尊ぶのは世界共通!
以下に,
より岩戸隠れの前半部分を今日も転載します.いくつか新たな脚注を添えて.
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さても困った八百万(やおよろず)の神がみは,天(あめ)の安(やす)の河のカワラに我も我もと集まり集(つど)うてきての,タカムスヒの子のオモヒカネ(⇒脚注1)に,どうすればよいかを思わしめることにしたのじゃった.
このオモヒカネはかしこい神での,思いをめぐらし考えに考えての末に,まず,常世の長鳴き鳥(⇒脚注2)を集めて鳴かせたのじゃ.(夜は明けたということじゃのう.:訳者挿入)
そうしておいて,天の安の河上にある天の堅石(かたしわ)(⇒脚注3)を取ってきての,天の金山(かなやま)の真金(まがね)を取ってきての,鍛人(かぬち)(⇒脚注4)のアマツマラ(⇒脚注5)を探してきての,イシコリドメ(⇒脚注6)に言いつけて鏡をつくらせての,
つぎには,タマノオヤに言いつけて,八尺(やさか)の勾玉(まがたま)の五百箇(いほつ)のみすまるの玉飾りをつくらせての,
つぎには,アメノコヤネトフトダマを呼び出しての,天の香山(かぐやま)に棲む大きな男鹿の肩骨をそっくりぬきとっての,天の香山(かぐやま)に生えておった天のハハカを取ってきての,その男鹿の肩骨をハハカの火で焼いて占わせての,
天の香山(かぐやま)に生えている大きなマサカキを根つきのままにこじ抜いての,
そのマサカキの上の枝には八尺(やさか)の勾玉の五百箇(いほつ)のみすまるの玉をとりつけての,中の枝には八尺(やあた)の鏡を取り掛けての,下に垂れた枝には,白和幣(しろにきて),青和幣(あおにきて)(⇒脚注7)を取り垂らしての,
そのいろいろな物を付けた根付きマサカキは,フトダマが太御幣(ふとみてぐら)(⇒脚注8)として手に捧げ持っての,
アメノコヤネが太詔戸言(ふとのりとごと)(⇒脚注9)を言祝(ことほ)ぎ唱えあげての,
アメノタジカラヲが,天の岩屋の戸のわきに隠れ立っての,
アメノウズメが,天の香山(かぐやま)の天のヒカゲを襷(たすき)にして肩に掛けての,天のマサキをかずらにして頭に巻いての,天の香山(かぐやま)の小竹(ささ)の葉を束ねて手草(たぐさ)として手に持っての,天の岩屋の戸の前にオケを伏せて置いての,
その上に立っての,足踏みをして音を響かせながら神懸かりしての,二つの乳房を掻き出しての,解いた裳(も)の緒(お)を,秀処(ほと)のあたりまで押したらしたのじゃ.
⇒脚注1 オモヒカネ
「思い」を兼ね備えた神の意で,抽象的な思慮の神.以下の行為は,すべてオモヒカネの思慮によって仕組まれた芝居であり,オモヒカネは脚本家兼演出家兼舞台監督の役割を兼ね備えた存在である.
⇒脚注2 常世の長鳴き鳥
ニワトリのこと
⇒脚注3 天の堅石(かたしわ)
鉄を鍛える金床に使う堅い岩石
⇒脚注4 鍛人(かぬち)
鍛冶屋のこと
⇒脚注5 アマツマラ
マラは男根の意で,立派な男根を持つ神の意
⇒脚注6 イシコリドメ
石を固める(コル=凝)女神(ドは格助詞ツの転化,メは女).イシコリドメがアマツマラの男根を堅くするように,鍛えて堅い鉄を作るのである.このしたエロチックなリアルさも,語られる神話の本領である.
⇒脚注7 白和幣(しろにきて),青和幣(あおにきて)
和幣は,糸を束ねた神への捧げ物で,白和幣(しろにきて)はコウゾの繊維,青和幣(あおにきて)は,アサの繊維を用いて作る.
⇒脚注8 太御幣(ふとみてぐら)
立派な神への贈り物.
⇒脚注9 太詔戸言(ふとのりとごと)
立派な神への唱え言.いわゆる祝詞(のりと)のこと.