上代は「常磐木」を意味した神事に欠かせない「栄える木」,榊 賢木 さかき / 万葉集 ひさかたの あまのはらよりあれきたる,かみのいのち(みこと),おくやまの さかきのえだに,しらかつけ,---坂上郎女(さかのうえのいらつめ) 

お正月には松飾り・しめ縄が飾りの定番.

恥ずかしながら我が家では松飾りをしたことはあっても,門松まではつくったことはない.しめ縄も頂き物を飾ったことはあっても,すすんで飾ったことがありません.ただ,街でキチンと飾ったものを見かけると美しいとは思います.

マツは神の依り代(よりしろ).祭りにあたって神霊が依りつくものとされてきたとのこと.松 / 万葉集 いわしろの,はままつが えを,ひきむすび,まさきくあらば,また かえりみむ 有間皇子

しめ縄は「境界を示し出入りを禁止することを示すために張りまわす縄.特に,神事において神聖な場所を画するために用いたり,また新年に門口に魔除けのために張ったりする大辞林しめなわとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書)」とあります.

サカキの苗の販売はあまり見かけたことがないのですが,お正月用のマツやしめ縄のとなりにサカキの枝を見かけることがあります.特に正月用品というわけではなくても,神棚のあるご家庭で正月に改めて飾り直すのでしょう.

NHK出版趣味の園芸サカキとはによると

サカキはサカキ科(ツバキ科)サカキ属の常緑樹で、つややかで厚みのある葉は互生し、縁には鋸歯(きょし)がなく表も裏も無毛で長さが8cm前後と大ぶりです。この美しい葉のついた枝は玉串(たまぐし)として神事に用いられます。関東地方の生花店で販売されている神棚用の「お榊」はサカキの代用として使われている別属のヒサカキが多く、こちらは葉は小さく縁に浅いぎざぎざがあります。
花は直径1.5cmほどの小さな白花で6月から7月に開花し、11月から12月には果実が熟して黒色になります。芽吹きがよく刈り込みにも耐えるため玉仕立てや生け垣にも適しています。また耐陰性が強いため日当たりの悪い場所への植栽にも適しています。暑さには強いのですが寒さにやや弱く、-9℃を下回る場所では屋外での栽培が困難です。ちなみに漢字一文字で表される名前の「榊(さかき)」は日本でつくられた漢字で国字の一つです。

とのこと.

椿の近縁だったんですね.確かに葉をみると納得.ただ,以前の分類ではツバキ科でしたが,国際標準の新分類体系ではサカキ科(ペンタフィクラス科,モッコク科)となり,ツバキが属するツバキ科とは別の科とされたそうです.

また,神棚に飾る場合,関東地方ではむしろヒサカキの方が多いとの記述.

樹木図鑑(サカキ) 樹木図鑑(ヒサカキ)から両者を比較してみました.

f:id:yachikusakusaki:20161226221352j:plain

サカキはホンサカキと呼ばれヒサカキと区別されているようです.

確かに葉で見分けるのがよさそうですね.

ぎざぎざがなくてかなり大ぶりの葉がサカキ.栄える木の意味だそうです(日本国語大辞典).ぎざぎざがあってサカキに比べて葉が小さいのがヒサカキヒサカキの語源はヒメサカキ(日本国語大辞典 他の説もありますが).ただヒメサカキという別の種もあるので紛らわしいとしているサイトもありました.

神棚に飾る場合,サカキをヒサカキで代用することは全く問題ないようですが(販売店情報です本榊とひさかきについて|日本榊本舗),いわゆる玉串はサカキを使用しているようです(神社本庁 | 玉串の意味について).

f:id:yachikusakusaki:20161226223134j:plain

ただし,万葉時代にサカキは現在のサカキのみを指しているのではないようです.

日本国語大辞典のサカキには始めに(「栄える木」の意)とあり,現在のサカキについては②で記載しています.①としては「常緑樹の総称.特に神事に用いる木を指すことが多い」とありました.古事記や源氏(斎宮の,まだ本の宮におはせませば,さかきのはばかりことつけて)の用例とともに.

①がより古い用法/もともとの意味,というのが国語辞典の約束ごとですね.

松田修氏の「万葉の植物(保育社)」にも,上代のサカキも栄木で,上古は常磐木の総称であるといっている馬淵の説が正しい.しかしその常磐木の中でも葉が常緑で,葉形も美しいサカキ,ヒサカキ,シキミなどの類が用いられていたことが想像できる.後世これが神祭りにはサカキ,ヒサカキの類,仏にはシキミと変化したものであろう.要するに上代のサカキは一種を指すものではない」と書かれていました.

ヒノキやヤドリギをかざす万葉人は常磐木を神事にも用いました.ヨーロッパでもモミなどevergreen treeをクリスマスツリーに,ヤドリギをクリスマスの飾りに.生命力あふれた美しい常緑樹を愛で尊ぶのは世界共通ですね.

 万葉人は髪に挿して愛でた 檜/万葉集 いにしへに,ありけむ ひとも---

欧州各国で古来より儀式に⇒英米で今クリスマスの飾りに.そして日本でも神秘的な生命力を持つと考えられていたヤドリギ=ほよ

クリスマツツリーといえば「モミ(モミ属)」! とは言っても欧米では他に多種類のevergreen treeが使われています.

f:id:yachikusakusaki:20161226233440j:plain

サカキの育て方|ヤサシイエンゲイ

 

榊 賢木 さかき/万葉集

神を祭る歌一首 併せて短歌

ひさかたの あまのはらよりあれきたる,かみのいのち(みこと),おくやまの さかきのえだに,しらかつけ,ゆふとりつけて,いはひへを,いはひほりすゑ,たかたまを,しじにぬきたれ,ししじもの,ひざ おりふして,たわやめの,おすとりかけ,かくだにも,われは こひなむ,きみに あはじかも

 ひさかたの 天の原より 生(あ)れ来(きた)る,神の命,奥山の 賢木(さかき)の枝に,しらか付け,木綿(ゆふ)取り付けて,斎瓮(いはひへ)を,斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ,竹玉(たかたま)を,繁(しじ)に 貫(ぬ)き垂(た)れ,獣(鹿 しし)じもの,膝(ひざ) 折り伏して,たわや女(め)の,襲(おす(ひ)) 取り懸け,かくだにも,我れは 祈(こ)ひなむ,君に 逢はじかも  坂上郎女(さかのうえのいらつめ) (第三巻-379)

 

高天原から此地に現れてお出でになる,尊い神様よ.私はあなたを祭るために,人の行かぬ奥山の榊の枝に,真っ白な木綿を取り付けて,地面には斎瓮(いはひへ)の瓮(もたい かめ)を,謹み清めて掘って据え置き,首には竹玉を一杯に糸に通して垂れて,鹿のように膝を折ってすわりこみ,女の著る(きる)うちかけの著物を,頭から著こんで,この様にまでして,私はお願いいたします.何卒いとしいお方に遇いたいものです.遇わして下さい.

折口信夫 口語万葉集

高天原の神のみ代から生まれ現れて生を継いで来た先祖の神よ.奥山の賢木の枝に,白香を付け木綿(ゆう)を取り付けて,斎瓮(いはひべ)をいみ清めて掘り据え,竹玉を緒(お)にいっぱい貫き垂らし,鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し,たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け,こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう.それなのに,我が君にお逢いできないものなのでしょうか.

(伊藤 博 新版万葉集一現代語訳付き 角川ソフィア文庫)

◎天の原からおいでになる神さまに,山の榊(さかき)の枝に白香(しらか)や木綿(ゆふ)を取り付けて,瓶を供えて,竹玉(たかたま)を紐に通して,鹿のようにひざを曲げて,かよわい女の衣を着て,せめてこうゆう風にでも私はお祈りいたします。あなたに会えるかも知れないので.

(楽しい万葉集

 

反歌

ゆふだたみ,てにとりもちて,かくだにも.われはこひなむ,きみにあはぬかも

木綿畳(ゆふだたみ),手に取り持ちて,かくだにも.われは祈(こ)ひなむ,君に逢はぬかも 坂上郎女(さかのうえのいらつめ) (第三巻-380)

木綿畳,手に取り持ちて,かくだにも.われは祈ひなむ,君に逢はぬかも

◎木綿でこさえた畳を手に持って,神をこの様にまでして,ねがい祈っております.恋しい人に遇いたいものであります(当時の貴族の家に行われた信仰と,伝習の脈拍をうって現れている歌.しかし,歌はくだくだしい.)

折口信夫 口語万葉集

◎木綿畳(ゆふだたみ)を手に掲げもって神の前に捧げ,私はこんまでにしてお祈りをしましょう.なのに,それでも我が君にお逢いできないものなのでしょうか.

(伊藤 博 新版万葉集一現代語訳付き 角川ソフィア文庫)