1973年9月,日医主催優生保護法指導者講習会,加倉井駿一公衆衛生局長「極めて常識的な問題を申し上げる.(優生保護法別表にある『精神病』『精神薄弱』は)遺伝的なものか否か医学的な統一的見解が確立していない.遺伝性かどうかの認定は非常に困難」 1996年旧優生保護法改定  毎日新聞2018年6月4日 

優生保護法を問う

強制不妊根拠,73年に否定 厚生省局長,遺伝「学問的に問題」

 

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毎日新聞2018年6月4日 東京朝刊

 

 旧優生保護法が「不良な子孫の出生を防ぐ」として強制不妊手術の対象にした疾患の遺伝性について,同法を所管した旧厚生省の公衆衛生局長が1973年,「学問的に非常に問題があり,再検討の必要がある」と事実上否定する発言をしていたことが日本医師会(日医)の記録から判明した.

強制手術を「公益上必要」とした条文についても「問題がある」と断じていた.

国は,96年に法改定する20年以上前から法律の根幹に疑問を抱きながら,強制手術を容認し続けた事実が明らかになった.

 

 遺伝性疾患を理由にした強制手術は,国の統計によると全体の約9割に当たる1万4566人.

強制不妊の問題に詳しい専門家は局長発言に驚きを隠さず,「徹底的な検証」を求めた.

 

 発言したのは,加倉井駿一公衆衛生局長(故人).

73年9月,日医主催の優生保護法指導者講習会に講師として登壇した.講習会は旧法の「指定医」となる産婦人科医らを対象にした研修の一環で,講義内容は74年7月発行の日医機関誌に全文が掲載されている.

 

 それによると,局長は「極めて常識的な問題を申し上げる」と前置きした上で,優生保護法の問題点に言及した.

法文末尾の「別表」にある強制手術の対象とした遺伝性疾患のうち,実際の手術理由のほとんどを占めていた「精神病」「精神薄弱」(いずれも法文上の病名)などについて,「遺伝的なものか否か医学的な統一的見解が確立していない」と明言した.

その上で「遺伝性かどうかの認定は非常に困難」と述べた.

 

 遺伝性を理由にした強制手術は73年,前年の184人から78人と初めて2桁台に激減.

手術は89年まで続いたが,発言から16年間の被害者数は405人だった.医師による手術申請が減ったためとみられる.

 

 市野川容孝・東京大大学院総合文化研究科教授(医療社会学)は「国が法律の根拠を疑いながら手術を容認していたとすれば言語道断」と驚く.

松原洋子・立命館大大学院教授(生命倫理学)も「局長発言後,省内でこの問題意識がどう扱われたのか,徹底した検証が必要だ」と語った.

【上東麻子】

 

■ことば

優生保護法の別表:

強制不妊手術の対象とした遺伝性疾患の表.

躁鬱(そううつ)病やてんかんなどの「遺伝性精神病」

「遺伝性精神薄弱」の他,

顕著な犯罪傾向などの「顕著な遺伝性精神病質」,

色盲血友病などを含む「顕著な遺伝性身体疾患」

「強度な遺伝性奇形」の5分類30種を規定し,手術費を国が負担.

医師に対し,患者の罹患(りかん)を確認し「公益上必要」と認めた場合,手術の申請を義務づけていた.

 

解説

手術継続 問われる「故意」

国が,旧優生保護法の根幹だった「遺伝性疾患」の非科学性を認識しながら23年間も強制不妊手術を推進していたとすれば,それは国民への背信行為だ.障害者達は,「障害の遺伝」を恐れる家族ら周囲に連れられたり,説得されたりして手術を強いられた.

厚生省局長による発言の背景には,遺伝学や精神医学が発達し,複数の研究者がこのころ,海外の調査例から「障害は環境要因の影響も大きい」と旧法の遺伝根拠を批判していたことがあった.薬物療法も普及し,精神障害は治せるとの認識も広がっていた.人権意識の高まりもあり,スウェーデンも1975年に法改正して強制手術をやめた.

局長発言は当時,先進国では常識だった.それだけに96年まで法律が残った日本の異様さが際立つ.旧法施行直後,「手術の強制が人権侵害に当たる」と懸念した都道府県に対し,国は遺伝性などを理由に抑え込んだ経緯がある.旧法は遺伝性以外の障害者にも手術を強いる条文を52年に加えたが,被害者の大半は遺伝性を理由に手術された.

仙台地裁に初の国賠訴訟を起こした宮城県の60代女性も,遺伝性を理由に手術を強制された.県の記録で手術日は72年12月.局長発言の9ヶ月前だった.

強制不妊を巡る問題は,被害者救済を怠った国の「不作為」に焦点が当てられている.

だが,局長発言後の国の対応は「故意」による人権侵害に他ならない.

【千葉紀和