パンドーラー3  ヘーシオドス 仕事の日 松平千秋訳 岩波文庫 パンドーレの物語 「神統記」にあるパンドーラの物語には箱(壺.甕)は出てきておらず,女性が諸悪の根源であるという記述が続いています.箱(壺.甕)が出てくるこの「仕事の日」の物語も主題は同じと思っていいようです.現代には全くそぐわない男本位の説話と言ってもよいようですね.ただ,箱(壺.甕)に最後に残った「エルピス(希望)」に焦点を当てれば,とてもよい説話にもなります.

ヘーシオドスによるパンドーラー(パンドラ)の箱(壺)の物語.

内容を早く知りたくて,何日か前,無謀にも英語の訳を更に和訳してみました.

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2018/04/18/035439

yachikusakusaki.hatenablog.com

おおよその内容は分かったのですが,もともと無謀な試み.分からない部分はとばしたものの,細かい間違えはたくさんあると推測.

 

その後,頼んでおいた訳本が届きました.

 

ヘーシオドス 仕事の日 松平千秋訳 岩波文庫

ヘーシオドス 仕事と日

https://www.iwanami.co.jp/book/b247093.html

やはり間違いは多々あり,それに格調が違う.良く選ばれた日本語が使われていました.

 

前回の無謀は訳文だけをそのままウェブ上に泳がせるわけにはいきません.

以下,抜き書きさせてもらいました.

 

なお,この本では,初めての女性の名はパンドーラーではなくパンドーレー.“pithos”は,箱でも壺でもなく「甕(かめ)」と訳されていました.

また,仕事の日のパンドーレーの物語では,ゼウスは「命の糧」と「火」を隠した(別々に?または同時に?)ことになっており,この「命の糧」が何を意味しているのかはっきりしていないように思います.

前回のブログでも触れましたが,「神統記」にあるパンドーラーの物語には箱(壺.甕)は出てきておらず,女性が諸悪の根源であるという記述が続いています.箱(壺.甕)が出てくるこの「仕事の日」の物語も主題は同じと思っていいようです.

ただ,箱(壺.甕)に最後に残った「エルピス(希望)」に焦点を当てれば,とてもよい説話にもなります.

 

ヘーシオドス 仕事の日 松平千秋訳 岩波文庫

パンドーレーの物語

 

これももとはといえば,神々が人間の命の糧を隠しておられるからだ.

さもなくばお前も,ただの一日働けば,後は働かずとも一年を暮らすだけの貯えが得られるであろうに.

さすればお前も舵(かじ)は直ちに,炉に立つ煙の上に納めるであろうに.

牛や頑健な騾馬(らば)の耕す田畑も荒れ果ててしまうであろう.

しかしゼウスは,奸智のプロメーテウスに欺かれ,

怒り心頭に発して,(命の糧を)隠し,

人間どもに苛酷な苦悩を与えるべく思案の末に,

火をも隠してしまわれた.それをまた,イーアペトスの優れた子(プロメーテウス)が,

人間どもの身を案じ,大ういきょう(大茴香)の茎の凹(くぼ)みに入れ,

雷火を楽しむゼウスの目を掠(かす)めて,明知のゼウスのもとから盗みとった.

雲を集めるゼウスは怒って,プロメーテウスに仰せられるには,

「知略 衆にすぐれたイーアペトスの子よ,

そなたは火を盗み,わしの心を騙(たぶ)らかして得意のようだが,

それはそなたにも,この先生まれてくる人間どもにとっても大いなる悲歎(ひたん)の種となるのだぞ.

わしは火盗みの罰として,人間どもに一つの災厄(さいやく)を与えてやる.

人間どもはみな,おのれの災厄を慈(いつく)しみつつ,喜び楽しむことであろうぞ.

 

こういうと人間と神々の父は,カラカラとお笑いなされた.

その名も高きヘーパイストスに命じて,急ぎ土を水で捏(こ)ね,これを人間の声と体力を注ぎ込み,

その顔(かんばせ)は不死なる女神に似せて,

麗しくも愛らしい乙女の姿を造らせた.

またアテーナーには,さまざまな技芸と,精妙な布を織る術を教えよと,

黄金のアプロディーテーには,乙女の頭(こうべ)に

魅惑の色気を漂わせ,悩ましい思慕の想いと,四肢を蝕(むしば)む恋の苦しみを注ぎかけよと,

また神々の使者,アルゴス殺しのヘルメイエース(ヘルメース)には,

犬の心と不実の性を植えつけよ,とお命じなされた.

 

ゼウスがかく仰せられると,神はクロノスの御子,主なるゼウスの命に服し,

名も高き足萎(な)えの神(ヘーパイストス)が,クロノスの御子(ゼウス)の御心のままに

直ちに土を捏(こ)ねて気品高き乙女の姿を造れば,

眼光輝くアテーネーは帯を締めさせ.衣装を整える.

女神カリスと高貴のベイトーとは,乙女の膚(はだ)に黄金の首飾りを掛け,

髪美(うる)わしきホーライたちが,春の花を編んだ冠を被(かぶ)らせる.

さらにまたくさぐさの飾りを,その肌(はだ)につけさせたのはパラス・アテーネー.

ついで名に負うアルゴス殺し,神々の使者なる神(ヘルメース)は,雷を轟かすゼウスの御旨(みむね)のままに,乙女の胸に

偽りと甘き言葉,それに不実の性(さが)を植えるける.

神々の使者はさらに乙女の声を与え,

その女をばパンドーレーと名づけたが,

その故は,オリュンポスの館に住まうよろず(パンテス)の神々が,パンを食らう人間どもに禍(わざわ)いたれど,

乙女に贈物(ドーロン)を授けたからであったのじゃ.

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PANDORA - The First Woman of Greek Mythology
 

さて,とても手には負えぬ危険きわまる罠(わな)を仕上げると父なる神は,

足速き神々の使者,名も高きアルゴス殺しの神にその贈物を持たせ,

エピメーテウスの許(もと)に遣わされた.

エピメーテウスはかねてからプロメーテウスにオリュンポスなるゼウスからの贈物は,

決して受け取ってはならぬ,人間たちの禍(わざわ)いになるやもしれぬから,

つき返せと戒(いまし)められておったのに,忘れてそれを受け取り,

受け取ってすぐにおのれのものとした後に,ようやくそれと覚ったのじゃ.

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PANDORA - The First Woman of Greek Mythology

 

それまでに地上に住む人間の種族は,

あらゆる煩(わずら)いを免れ,苦しい労働もなく,

人間に死をもたらす病苦も知らず暮らしておった.

[人間は苦労をすればたちまち老いこんでしまうものであるからな]

ところが女はその手で甕(かめ)の大蓋(ぶた)をあけて,

甕の中身をまき散らし,人間にさまざまな苦難を招いてしまった.

そこにはひとりエルピス(希望)のみが,堅牢無比の住居の中,

甕の縁の下側に残って,外には飛び出さなかった.

雲を集めアイギスを持つゼウスのおん計らいで,

女はそれが飛び出す前に,甕の蓋を閉じたからじゃ.

しかしその他の数知れぬ厄災は人間界に跳梁(ちょうりょう)することになった.

現に陸も海も禍いに満ちているではないか,

病苦は昼となく夜となく,人間に災厄を運んで,

勝手に襲ってくる,

ただし声は立てぬ——明知のゼウスがその声を取り上げてしまわれたのでな.

 

このようにゼウスの意図は,いかにしても避けることはかなわぬのじゃ.

 

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