ホーライ2 時間,季節,秩序をつかさどる女神.古代ギリシャローマの原典にも名前はよく出てきます.しかし,物語の中で,重要な役回りを演じることはほとんどないようです.イーリアスの中でも姿を現す場面があるのですが,天上の門の管理者であると同時に,ヘーラー,アテーナーの侍女という役回り.“二人の女神のために時の女神たち(ホライ)が,美しいたてがみの馬を軛(くびき)から解いて,天上の飼馬桶(かいばおけ)の傍らに繋ぎ,艶光りする車は戸口の傍らの壁にもたれさせる”

ホーライ2 

ゼウスとティーターン女神のテミスの娘たちホーライ.英語hourの語源となったギリシャ語hṓrɑ̄ をその名に頂く女神たちです.

時間,季節,秩序をつかさどる女神ホーライHorai1 英語hourの語源となったギリシャ語hṓrɑ̄ をその名に頂く女神たちです.“2番目に ゼウスは 輝かしいテミスを娶(めと)られた.彼女は 季節女神(ホーラ)たち すなわち 秩序(エウノミア) 正義(デイケ) 咲き匂う平和(エイレネ)を生まれたが この方々は 死すべき身の人間どもの仕事に 心を配られる” "神統記” ゼウスと女神たちの結婚 - yachikusakusaki's blog

 

 

theoi project の解説は次の通り.(DeepL による翻訳,一部改変)

HORAE (Horai) - Greek Goddesses of the Seasons & the Natural Order

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HORAI(Horae)は,季節と時間(自然が関わる区分)の女神でした.

彼女たちは,1年を計る天の星座の回転を司り,その3人の姉妹であるモイラエ(Moirae/モイライMoirai)が運命の網を紡ぎ出していました.

ホーライはまた,オリンポスの門を守り,天の星と星座を集結させていました.

彼女は,季節の移り変わりを表す星の昇り・沈みに合わせて農作物を植えたり手入れをしたりする農民たちから特に尊敬されていました.

この3人の神々は,通常,エウノミアー(善き秩序,善き牧草地),エイレーネー(平和,春),ディケー(正義)と名付けられ,それぞれの神々が農業の繁栄に必要な条件を表していました.農業と法・秩序と関連づけは,ゼウス,デーメーテール,ダイモンズ・クリソイの神々にも見られます.

ホーライのもう一組は,一日の12時間を擬人化したものです.

 

THE HORAI (Horae) were the goddesses of the seasons and the natural portions of time. They presided over the revolutions of the heavenly constellations by which the year was measured, while their three sisters, the Moirae (Moirae) spinned out the web of fate. The Horai also guarded the gates of Olympos and rallied the stars and constellations of heaven.

The Horai were particularly honoured by farmers who planted and tended their crops in time with the rising and setting of the stars--measures of the passing seasons. The three were usually named Eunomia (Good Order, Good Pasture), Eirene (Peace, Spring), and Dike (Justice) goddesses who individually represented the conditions required for farming prosperity. The association of agriculture with law and order can also be found in the divinities of Zeus, Demeter and the Daimones Khryseoi.

Another set of Horai personified the twelve hours of the day.

HORAE (Horai) - Greek Goddesses of the Seasons & the Natural Order

 

ギリシャローマ原典に登場するホーライ(ホライ,単数形ホーラ)

先のブログでも紹介した神統記(ヘーシオドス)では,その出生が記され,季節女神と訳してホーラのルビが振られていました.

 

2番目に ゼウスは 輝かしいテミスを娶(めと)られた.彼女は 季節女神(ホーラ)たち すなわち

秩序(エウノミア) 正義(デイケ) 咲き匂う平和(エイレネ)を生まれたが

この方々は 死すべき身の人間どもの仕事に 心を配られる.

(ヘシオドス "神統記” 廣川洋一訳 岩波文庫

 

ホーライは季節・時間,さらには秩序という天上・下界をとわず,生活の基本をつかさどる女神.ですからから,古代ギリシャローマの原典にも名前はよく出てくる.

この時,「季節」と訳して,ルビで「ホライ」とされることもよくあるようです.

例えば,ホメーロスイーリアス”では,ポセイドーン(ポセイダイオン)がアポローンアポロン,ポイボス)に語った言葉の中では;

 

「あれはゼウスから遣わされた高慢なラオメドンに雇われ,定(き)められた賃金で一年間働いた時のことであった.-----

くさぐさの楽しみをもたらす季節(ホライ)が巡って賃金を支払う期限が来た時,あの極悪非道のラオメドンめは乱暴にも賃金の約束を一切反故(ほぐ)にし,われらを威(おど)して帰らせようとした.----」

ホメロス イリアス下 松平千秋訳 岩波文庫 第二一歌 四三四−四六四)

 

しかし,名前だけはよく出てくるものの,それぞれの物語の中で,特に重要な役回りを演じることはほとんどないようです.

イーリアスの中でも姿を現す場面があるのですが,天上の門の管理者であると同時に,ヘーラー,アテーナーの侍女という役回り.

実際にどのようにホーライが現れるのかを知るために,イーリアスからかなりの長文を引用してみます.

 

ホメロス イリアス上 松平千秋訳 岩波文庫

第八歌

三五〇-四三七

白い腕の女神ヘレは,この有様を見て哀れを催し,即座に翼あることばをアテナイエにかけていうには,

「なんたることか,アイギス持つゼウスの娘よ,この期に及んでなお,そなたとわたしとが,討たれゆくダナオイ(ギリシャと同義)勢をかまってやらずにおいてよいものか.

-----」

それに応えて眼光輝く女神アテネがいうには,

「ほんとうにあの男(ヘクトル)など,アルゴスギリシャと同義)勢に討たれて故国の土となり,力も命も失えばよろしいのに.

----

 それはともかく,今はあなたに足の速い馬を用意していただきたい,その間にわたしはアイギス持つゼウスの屋敷に忍び込んで武具をつけ,戦場に立つ支度をします.

---- 」

 こういうと,白い腕のヘレに否やはなく,偉大なクロノスの娘,女神の中でもその位最も高きヘレは,黄金の額飾りも美々しい馬を仕立にかかる.

一方,アイギス持つゼウスの娘アテナイエは,自ら丹精して作り上げた,とりどりの色も鮮やかで肌触りも良い衣裳を,父の屋敷の床に脱ぎ捨てて,雲を集めるゼウスの肌着を着け武具を鎧(よろ)って,悲涙を呼ぶ戦いに向かう装いを整える.

ついで燃えるが如き緋色の車に乗り込み,重く頑丈な長槍を手に取ったが,この猛き父神の姫は,一たび怒ればこの槍を揮(ふる)って,群がる勇士らを薙(な)ぎ倒す.ヘレが素早く馬に鞭を加えれば,天の門は,ひとりでに音を立てて開いたが,門は時の女神たち(ホライ)の管理するところ,叢雲(むらくも)を開くも閉ざすも,広大な天とオリュンポスとはこの女神たちの手に委ねてある.ふたりの女神はこの門を通り,馬に鞭を加えて車を進めた.

 父神ゼウスはこの有様をイデの峰から見るや,烈火のごとく憤り,黄金の翼のイリスを遣わして伝言を伝えさせようとした.

「ゆけ脚速きイリスよ,あの二人を引き返させよ,だがわしの眼の前には来させるなよ.わしらが争えば,碌(ろく)な事にはなるまいからな.

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そうなれば目の輝く娘も,父と争えばどのようなことになるか,思い知るであろう.ヘレについては,それほど怪しからぬ奴だという気もせぬし,また腹も立たぬ,昔からわしのいうことには,なにかにつけて邪魔をする女であったからな」

ゼウスがこういうと,疾風のごとく足早のイリスは,伝言を伝えるべく立ち上がり----

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ゼウスの言葉を伝えていうには,

「そのように急いで何処へお出掛けになる.一体なにをなさろうとして,それほどいきまいておられるのか.

クロノスの御子は,アルゴス勢に味方してはならぬと仰せられています.クロノスの御子は怖ろしい言葉でこういって脅しておられます,また必ずそのようになさいましょう——あの二人の車を曳(ひ)いている馬の足を利かぬようにして,当人たちを車から投げ出し,車は粉々に砕いてやる.----

----」

 脚速きイリスはこういって立ち去ったが,ヘレはアテナイエに向かっていうには,

「なんたることであろう,アイギス持つゼウスの娘よ,かくなる上はわたしとしても,われら二人で人間どものために,ゼウスを相手にして戦うのは諦めねばなるまい.

人間どもは運のままに,死ぬなり生きるなりさせておくほかはない.----

---」

 こういうとヘレは馬を返した.

二人の女神のために時の女神たち(ホライ)が,美しいたてがみの馬を軛(くびき)から解いて,天上の飼馬桶(かいばおけ)の傍らに繋ぎ,艶光りする車は戸口の傍らの壁にもたれさせる.二人の女神は,鬱々とした想いを抱きつつ,他の神々に混じって黄金の椅子に腰をおろした.

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数字(1〜7)は,神統記に書かれたゼウスの妻各々が娶られた順を示す.

 

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