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縄文時代から最高級の食べ物 栗/万葉集 うり はめば,こども おもほゆ,くりはめば,まして しぬはゆ,いづくより,きたりしものそ,まなかひに,もとなかかりて,やすいし なさぬ 山上憶良

栗は今でも高級な食べ物ですよね.売られている大きな栗はもちろん,山の柴栗も拾ったらうれしいし,味もなかなか.

友人で大好きな人に良くいただきました.ただむくのが大変です.柴栗でも「栗のむき方」として提案されている方法は有効なのかしらん?今度友人に教えて試してもらいましょうか.

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柴栗/シバグリ/しばぐり/山栗/ヤマグリ<栗の品種:旬の果物百科

marron-dietrecipe.com

そして,もうすぐ正月.お節料理に栗きんとんはつきもの.お節を作らないお宅でもきんとんだけは買い求める方も多いのでは.

作っても簡単ですよね.栗甘露煮が売られているので.

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簡単おせち料理・栗きんとん レシピ・作り方 by 長澤家長男|楽天レシピ

ただウェブ上の写真を見ていると,栗きんとんレシピ 講師は田村 隆さん| みんなのきょうの料理 NHKのものが圧倒的にきれいに見えます.撮影した方の腕の違い?でもそれだけではなさそうです.注意点として,

・砂糖に甘露煮のみつとみりんも加え、風味豊かな甘さに。

サツマイモの断面外側の黒い点が見えるところは、アクが強く、時間がたつと黒ずんでくるので、皮と一緒にむいて除く。捨てずに油で揚げて、田作りの煮汁と同じみつをからめると、大学いものようにおいしく食べられる。

・煮詰まったみつが鍋肌に付いたまま加熱していると、さつまいものペーストに焦げ色が混ざってしまう。焦げそうになったら、いったん火から下ろし、固く絞ったぬれ布巾で拭いて取り除くとよい。

が挙げられていました.

「黒い点が見えるところを除く」は初めて知りました.「みりんを入れる」とともに今度作るときは取り入れることにしましょう.

 

栗は縄文時代にも食べられていたことはよく知られています.

縄文初期にはそのまま食べられる栗とクルミが主食で,ドングリやトチの実のあく抜きが可能になって(アルカリ=灰を加えて煮る方法を知って)人口が増えたと考えられる(石毛直道「日本の食文化」)とのことです

そしてニュースとして広く報道もされた,三内丸山遺跡で見つかった栗の木を栽培した可能性.縄文ファンならずともワクワクする仮説ですね.

国立民族博物館の小山修三先生は次のように言っておられます.

Special Story:遺跡からみた縄文の食生活 小山修三 -BRH - JT生命誌研究館

「東北地方では,ヒエ,ヒョウタン,ゴボウ,エゴマ,アサなどの種子が発見されており,栽培植物が食料として利用されていた可能性が高い。他に大きな問題となったのはクリである。まず安田喜憲氏(日本文化研究センター教授)がクリの花粉が異常に多いことに注目し,佐藤洋一郎氏(静岡大学助教授)が出土したクリの実のDNA分析によって,クリが栽培されていたと考えられるデータを出した。集落規模の大きさから,クリが主食としての役割を果たしていたと私は考えている

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栗/万葉集

子等を思ふ歌一首 并せて序

釈迦如来(しゃかにょらい)の、金口(こんく)に正に説(と)きたまはく「等しく衆生(しゆうじよう)を思ふことは、羅候羅(らごら)の如し」と。又説きたまはく「愛(うつくし)びは子に過ぎたるは無し」と。至極(しごく)の大聖(たいしやう)すら、尚(な)ほ子を愛(うつくし)ぶる心ます。況(いは)むや世間(よのなか)の蒼生(あをひとくさ)の、誰かは子を愛(うつくし)びざらめや

うり はめば,こども おもほゆ,くりはめば,まして しぬはゆ,いづくより,きたりしものそ,まなかひに,もとなかかりて,やすいし なさぬ

瓜食(うりは)めば, 子ども思ほゆ,栗食めば,まして偲(しぬ)はゆ,いづくより,来り(きた)しものぞ,目交(まなかひ)に,もとなかかりて,安寐(やすい)し 寝(な)さぬ   山上憶良 (第5巻-802)

瓜食めば, 子ども思ほゆ,栗食めば,まして偲はゆ,いづくより,来りしものぞ,目交に,もとなかかりて,安寐し 寝さぬ

 

◎瓜:まくわうり, しぬふ=しのふ,

(前文の訳「釈尊が御口ずから(自分のくちから)とかれるには,『等しく衆生を思うことは,我が子羅候羅(らごら)を思うのと同じだ』と.しかしまた,もう一方で説かれるには,『愛執は子に優るものはない』と.この上なき大聖人でさえも,なおかつ,このように子への愛着に執われる(とらわれる)心をお持ちである.ましてや,俗世の凡人たるもの,誰が子を愛さないでいられようか」)

瓜を食べると子どもが思われる.栗を食べるとそれにも増して偲ばれる.こんなにかわいい子どもというものは,いったい,どういう宿縁でどこから我が子として生まれて来たものなのであろうか.そのそいつが,やたらに眼前にちらついて安眠をさせてくれない. 伊藤 博 新版万葉集一現代語訳付き(角川ソフィア文庫)

◎甜瓜を食ふと,子どもが思い出される.栗を食ふと尚更思ひ出される.さうした風に,何につけても,思ひ出される子どもといふ者は,いったいどういふ処から(ところから)どうしてやって来たものであるか知らぬが,目の間に,心もとないばかりに,始終ちらついていて,安眠をばさせないことだ.  (折口信夫 口語万葉集

山上憶良は,「子等を思ふ歌」一首(長歌反歌)を作った.この長歌は憶良の歌として第一等級である.簡潔で,あくまで実事を歌い,恐らく歌全体が,憶良の正体と合致したものだろう.  (斎藤茂吉 万葉秀歌)

 

反歌

しろがねも,くがねも たまも,なにせむに,まされる たから, こに しかめやも

銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも  山上憶良 (第5巻-803)

銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも

 

◎銀も金も玉も,どうして,名によりすぐれた宝である子に及ぼうか.及びはしないのだ. 伊藤 博 新版万葉集一現代語訳付き(角川ソフィア文庫)

◎銀も,黃金も,あらゆる宝も,どうして一等の宝なものか.子に及ぶ宝があらうか.(折口信夫 口語万葉集

この反歌は,

金銀珠宝も所詮(しょせん),子の宝には及ばない

というので,長歌の実事を詠んだのに対して,この方は総括的に詠んだ.そして,憶良は仏典にも明るかったから,自然にその影響がこの歌に出たものであろう.「なにせむに」は「何かせむ」の意である.憶良の語句の仏典から来たのは,「古日(ふるひ)を恋ふる歌」(巻五・九〇四)にも,「世の人の貴み(たっとみ)願ふ,七種(ななくさ)の宝も我は,なにせむに,我が間(なか)の生れ出でたる,白玉の吾が子古日は」とあるのを見ても分かる.七宝は,金,銀,瑠璃(るり),硨磲(しゃこ),瑪瑙(めのう),珊瑚(さんご),琥珀(こはく),または金,銀,瑠璃(るり),玻璃(はり),硨磲(しゃこ),瑪瑙(めのう),金剛である.

そういう仏典の新しい語感を持った言葉を以て,一首を為立て(したて),堅苦しい程に緊密な声調を以て終始しているのが,この一首の佳い点があるのだろう.けれども長歌に比してこの反歌の劣るのは,後世の今となって見れば言葉の輪郭として受け取られる弱点が存じているためである.併し,旅人の賛酒歌(酒をほむる歌)にせよ,後代の歌人として,作歌を学ぶ吾等にとって,大いに有益をおぼえしめる性質のものである.  (斎藤茂吉 万葉秀歌)