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ミカンの美味しい季節です:みかんの名前の由来は? そして---みかん類の古名は橘 / 万葉集 たちばなは,はなにもみにも,みつれども,いやときじくに,なほし みがほし 大友家持

ミカンの美味しい季節ですね.

「ミカン」という言葉の由来って知っていますか?

もちろん,----私は知りませんでした.知らなければ調べろ! ということで---

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【蜜柑】温州みかん、伊予かん、デコポン、キンカンなど

 

グーグル⇒「みかん 言葉 由来」⇒エンター ⇒ ミカン・蜜柑(みかん) - 語源由来辞典⇒クリック

密のように甘い柑子(コウジ,カンジ)=蜜柑 

ということらしい.

日本国語大辞典小学館)でも同じ.室町時代から「蜜柑」の記述が見られるとのこと.ただ,はじめはミッカンと読んでいたらしい.

 

では,「柑子」って?

こうじ【柑子】の意味 - goo国語辞書

「ミカン科の小高木.果実は濃い黄色で,酸味が強い.日本で古くから栽培され,現在は山陰地方から北陸地方にみられる.こうじみかん」

日本国語大辞典でもほぼ同様の内容.より詳しい説明もあって---.

900年代の使用例も記載.

 

では,その前は?

「橘」説が最有力のようです.

日本国語大辞典「橘」一 ①生食されていたミカンの古名.キシュウミカンやコウジに類する.----

使用例は「古事記(712年)」と「源氏(1001-14年頃)」

 

橘がミカンの古名とは全く知りませんでした!

 

山田卓三先生の「万葉植物つれづれ(大悠社)」によると

橘の歌は「万葉集」に69首あり,多くは花橘を詠んでいます.----万葉時代の橘は古代のミカンの総称であり,種のタチバナに限っていません.「日本書紀」には田動間守(たじまもり)が常世(とこよ)の国(:不老不死の国)から持ち帰ったという伝説が記載されています.

・ここに記述されている「種のタチバナ」は現在日本に自生する唯一の野生ミカン:タチバナを指していると思われます.

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樹木図鑑(タチバナ)

京都御所の「右近の橘」は,野生種とは異なるようです.左近の桜・右近の橘(コトバンク)によれば---伝「900年代に植え替えたもの」.

古代種の可能性もあるようです.日本国語大辞典では微妙な表現で「京都御所の----にある『右近の橘』はこれ(:ミカンの古名)という

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 日本の遺産・京都御所・紫宸殿・右近の橘・写真

 

橘 / 万葉集

たちばなは,はなにもみにも,みつれども,いやときじくに,なほし みがほし

橘は,花にも実にも,見つれども,いや時じくに,なほし見が欲し 大伴家持 (巻18-4112)

橘(たちばな)は,花にも実にも,見つれども,いや時じくに,なほし見が欲し

◎橘は花としても見,実としても見ていたことであるが,もっとじゆうべったりに,いくらでも眺めていたいことだ.(折口信夫 口語万葉集

◎橘は,花も実も見るのですが,いつもいつも見ていたいものですよ.

 「時じくに」は、絶え間なくという意味です。(楽しい万葉集 橘4112

 

橘 / 万葉集

たちばなは,みさへ はなさへ,その はさへ,えだに しも ふれど,いや とこはの き

橘は,実さへ 花さへ,その葉さへ,枝に 霜降れど,いや 常葉の木  聖武天皇 (巻6-1009)

橘(たちばな)は,実さへ花さへ,その葉さへ,枝(え)に霜(しも)降れど,いや常葉(とこは)の木

 

◎橘の木は,実も花もその葉も,それから,霜が降り摘んでも,ますますびくともしない.何時までも,葉の落ちない木だこと.

四句の曲折が,音楽的で良い.帝王的な大づかみなところがあって妙だ.佳作.(折口信夫 口語万葉集

◎橘(たちばな)は,実や花やその葉もすばらいものですが,枝に霜(しも)が降っても,ますます栄える常葉の木ですね.

 この歌の題詞には,「天平8年(西暦736年)11月,左大辨(さだいべん)葛城王(かつらぎのおおきみ)らに橘氏(たちばなし)の姓を賜(たまわ)ったときに聖武天皇(しょうむてんのう)が詠まれた歌一首」とあります.(楽しい万葉集

 

橘(地名) / 万葉集

たちばなの,こばの はなりが,おもふなむ,こころ うつくし,いで あれは いかな

橘の,古婆の 放髪が,思ふなむ,心愛し,いで 吾(あれ)は 行かな  東歌 (巻14-3496)

橘(橘樹)の,古(こ)婆(ば)の放髪(はなり)が,思ふなむ,心愛(うつく)し,いで吾(我れ あれ)は行かな

 

◎橘樹(たちばな)の郡のこばの村の小娘が,自分を思うて居る心が,可愛ゆい.どりゃ私は,逢いにでかけましょう(折口信夫 口語万葉集

◎古婆の少女が私を慕っているのであろう,その心がかわいい.さあ,出かけよう.(梶井重雄 万葉における「美女」と「容艶」)

◎東歌はなお特殊なものは幾つかあり,秀歌というほどでなくとも,注意すべきもの.(斉藤茂吉 万葉秀歌)