ワクチンの75%を10カ国が占有している. 裕福な国が追加接種を進めれば,ワクチン格差はさらに広がる.世界で感染拡大が続けば,デルタ株より手ごわい変異株が出現する確率も上がる.「現時点で追加接種が必要というデータはない」.では日本は?2回接種さえ行き渡っていない.40代,50代で基礎疾患がある人たちがワクチン未接種のまま死亡するケースが出てきた. 本来,接種の優先順位が高い人たちである.別枠の大規模接種や職域接種が死亡者を減らすという本来の目的にかなっていたか.青野由利

土記

溺れかけている人に

青野由利

 

朝刊2面

毎日新聞 2021/8/21 東京朝刊

(1〜3の脚注はyachikusakusakiによる)

 

 新型コロナウイルスに対する3回目の追加ワクチン,「ブースター接種」の話題が増えている.

 狙いは,2回接種完了後に低下しているかもしれない免疫の再強化.イスラエルはすでに開始,米国や英仏独も計画中だ.

 自国民を守ろうとするのは当然? そうだとしても,「ちょっと待って」の声が気がかりだ.

 

 「追加接種は当面控え,ワクチンを途上国に回してほしい」.今月,世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が呼びかけた.

 WHOによればワクチンの75%を10カ国が占有している.低所得国の接種率はわずか2%.今週の記者会見でも「医療従事者にさえ打てていない国がある」と訴えた.

 

 裕福な国が追加接種を進めれば,ワクチン格差はさらに広がる.世界で感染拡大が続けば,デルタ株より手ごわい変異株が出現する確率も上がる(1).

 

 さらに吟味すべきは,追加接種の科学的根拠だ.

 専門家会合を開いたWHOによると,感染防御効果の低下を示す情報はあっても,重症化や死亡を減らす効果は2回接種で保たれている.「現時点で追加接種が必要というデータはない」という(2).

 

 それなのに,先進国が競って3回接種を進めるのは「溺れている人がいるのに,すでに救命胴衣を着けている人にもう一つ渡すようなもの」とさえ言っている.

 こうした専門家の見方はWHOに限らず,論争になってきた.

 

 では日本は? 将来の追加接種への備えは必要だとしても,まず向き合うべきは,2回接種さえ行き渡っていない現実だ.

 65歳以上の接種率は確かに高い.だが,それより下の世代はがくっと落ちる.今,医療は災害モードとなり,40代,50代で基礎疾患がある人たちがワクチン未接種のまま死亡するケースが出てきた.

 本来,接種の優先順位が高い人たちであり,大変残念だ.(3)

 

 そもそもワクチンの目的は重症化や死亡の抑制だったはず.感染防御効果による集団免疫への期待も2次的にはあったが,デルタ株の出現で急速にしぼんでいる.

 とすれば,優先順位とは別枠の大規模接種や職域接種が死亡者を減らすという本来の目的にかなっていたか,検証がいるはずだ.

 そのためにも,40代,50代など年代別のワクチン接種率を知りたいところだが,なぜか政府はデータは公表していない,という.

 

 追加接種の時期や対象者の検討でも,根拠に基づき,目的を明確にしなくては.もちろん,溺れかけている人たちのことを忘れてはいけない.

 

(専門編集委員

 

 

 

(1)

 例えば,次のScienceの論文は「デルタ株より手ごわい変異株が出現する」可能性を論証している

論文は読んでいません.済みません.

なお,偏りをなくすことが「総症例数を最小化する」ために必要なことは既によく知られています.  yachikusakusaki)

 

https://science.sciencemag.org/content/early/2021/08/16/science.abj7364

ワクチンのナショナリズムSARS-CoV-2の動態と制御

Vaccine nationalism and the dynamics and control of SARS-CoV-2

Caroline E. Wagner et al.

Science 17 Aug 2021  DOI: 10.1126/science.abj7364

要約

SARS-CoV-2のパンデミックが世界的に続いているが、ワクチンは公衆衛生上および経済上の莫大なコストを軽減する強力な手段であるにもかかわらず、国によってワクチンの流通が不平等である。

本研究では、「ワクチン・ナショナリズム」が疫学的および進化論的にどのような影響を及ぼすかを検討するために、これまでのモデルを拡張し、2つの地域間で備蓄を行うという単純なシナリオを加えた。

一般に、ワクチンが広く入手可能であり、それによってもたらされる免疫が強固である場合、投与量を共有することで地域間の総症例数を最小化することができる。

しかし、各地域の人口や感染率が異なる場合には、進化の仮定やワクチンの入手可能性に応じて、いくつかの微妙な問題が生じる。

自然免疫の衰退が進化の可能性に最も寄与する場合、アクセスの少ない地域で感染が持続すると、抗原の進化の可能性が高まり、その結果、世界的な疫学的特徴に影響を与える新しい亜種が出現する可能性がある。

今回の結果は、パンデミックを世界的に抑制するためには、ワクチンを迅速かつ公平に配布することが重要であることを示している。

(www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。)

 

 

(2)ファイザーやモデルナのワクチンは,6ヶ月後も強い効力を保っていると両社は発表しています.

Pfizer Vaccine’s Protection Against Covid-19 Declines After Six Months but Remains High - WSJ

Moderna Says Its Vaccine's Protection Holds After 6 Months - The New York Times

一方,誤った統計値の取り扱いで,「ワクチンをうっても重症化する率が高い」という結論にいたることがあり,改めてイスラエル等の先行国のデータを見直す必要がある.

Israeli data: How can efficacy vs. severe disease be strong when 60% of hospitalized are vaccinated?

 

(3)

管首相の発言を聞いていると,首相自身が「集団免疫」を理解しているかどうかは別として,ワクチンで集団免疫の獲得を目指したように思われます.ワクチンだけでは無理と尾身会長も国会証言しているのに.

日本のワクチン接種は「死亡者を減らす」というワクチン本来の目的にかなっていないという点については英国在住の医師小野昌弘さんが同様の問題提起をしています.

https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20210814-00253177

news.yahoo.co.jp

この投稿については,このブログで取り上げました.

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/08/16/235811?_ga=2.240678278.467482069.1629210835-153458183.1581404399

 

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