鎌倉おんめ様で,初めて出会った花ヒメノカリス・リットラリス.
Hymenocallis littoralis
再び今日取り上げたのは,ヒメノカリス属を「ササガニユリ属」と命名したセンスのよさに感心したため.
以下,鳥居正博「古今和歌歳時記」(教育社)に依りながら--
ヒメノカリス属の植物は,
「アサガオの花のような副花冠(花弁の内側にある付属物)とクモの脚のように飛び出した6本の花弁が特徴で,そのユニークな姿からスパイダーリリーと呼ばれています」
ヒメノカリスとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版
とのことでした.
このヒメノカリス属.
和名は「ササガニユリ属」.
ササガニは「蜘蛛の異名」ですからササガニユリは「スパイダーリリー」の直訳.
クモユリ(蜘蛛百合)でなくササガニユリ(細蟹百合/笹蟹百合」)と訳すことで,蜘蛛のイメージの悪さ(人間の勝手な思い込みで蜘蛛に責任はないのですが---むしろ人間に益をもたらすことの方が多い)をうまく回避しているように思いますが----どうでしょう?
平安時代以降の和歌でクモが詠まれる場合,「くも」より「ささがに」とする場合が多い(鳥居正博 古今和歌歳時記)のは,音の柔らかさが和歌に詠み込みやすいためでしょうか.同じことがササガニユリの名前にも感じられます.
白露を 玉に貫(ぬ)くとや ささがにの 花にも葉にも 糸をみな綜(へ)し 紀 友則
風吹けば まづぞ乱るる 色かはる 浅茅が露に かかるささがに 紫 式部(源氏物語)
▽「ささがに 細蟹・笹蟹」は,「くも 蜘蛛」の異名であって,古名ではないんですね.
紀友則は「くも」の歌も詠んでいます.
くものあみに 吹きくる風はとめつとも 人の心を いかが頼まん 紀友則
また,清少納言はくもの巣の美しさを次のように描写しています.
水(すい)垣(がい)の羅(ら)文もん,軒の上などは,かいたる蜘蛛の巣のこぼれ残りたるに,雨のかかりたるが、白き玉を貫ぬきたるやうなるこそ,いみじうあはれにをかしけれ. 枕草子130段 九月ばかり
▽「ささがに 細蟹・笹蟹」の語誌
[語誌](1)「我が背子が来べき宵なり佐瑳餓泥(ササガネ)の蜘蛛の行なひ今宵著しも」〔書紀‐允恭八年二月・歌謡〕の「ささがね」が古形で,これが上代の唯一例である.
この歌が,「我が背子が来べき宵也ささがにのくものふるまひかねてしるしも〈衣通姫〉」〔古今‐恋四〕と枕詞の形で伝えられ,中古以降は「ささがに」の形で蜘蛛をさすようになり,さかんに歌に詠まれた.→ささがにの.
(2)「ささがね」は「笹が根」「細小蟹」「泥(ささ)蟹」などと解する説があるが,中古以降の「ささがに」はもとの意味にこだわることなく,単に蜘蛛の異名とされた.