フジ3 古事記でフジが登場するのは伊豆志の八前(やまえ)の大神の娘イヅシヲトメを巡る兄弟の確執にまつわる物語.弟ハルヤマノカスミヲトコは,イヅシヲトメを妻にしようと,母が藤蔓(ふじづる)から「織り縫った」衣などを身につけイヅシヲトメの家に向かいます.「古代では,フジのツルの繊維を衣にすることが行われていたので,フジの花が選ばれている」と三浦祐介は解説しています. 植物をたどって古事記を読む(4):シリーズの一つとして,改めてフジを取り上げました.

藤は万葉集にも多く取り上げられ,古代より愛でられた花.

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古事記にも登場することは,このブログでもとりあげ,その現代語訳も掲載しましたが---

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/05/05/024941

 

重なる部分がかなりあることを承知の上で,

改めて,

“三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋”をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズの一つとして,フジを取り上げます.

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藤の花が登場するのは,人代篇その五 応神天皇(ホムダワケの大君)の章.

ただし,物語そのものは,ホムダワケの大君の代に起こったとされる,大君とは直接関係しない言い伝え.

 

現在の豊岡市出石町,伊豆志の八前(やまえ)の大神の娘イヅシヲトメを巡って繰り広げられた,アキヤマノシタヒヲトコ,ハルヤマノカスミヲトコ兄弟の確執にまつわる物語.

 

弟ハルヤマノカスミヲトコは,イヅシヲトメを妻にしようと,母が藤蔓(ふじづる)から「織り縫った」衣・褲(はかま)・下沓(したぐつ)を身につけ,藤の蔓(つる)でつくった弓と矢を持って,イヅシヲトメの家に向かいます.

家に着くと着物や弓矢に花が咲いて---

 

という形で,藤が登場.

 

三浦氏の解説によれば,

本来フジは初夏の花だが,ここでは春の象徴として描かれる.

春を象徴するサクラは平安時代以降に花の代表になると考えられているが,(古事記)神代篇,其の六に出てきたコノハナノサクヤビメはサクラを象徴する女神であった.

ここもサクラの花を咲かせてもよいはずだが,衣服になると語るために,サクラではまずかったのだ.

古代では,フジのツルの繊維を衣(藤衣)にすることが行われていたので,フジの花が選ばれているのである.

 

フジのツルの繊維が衣をつくるために使われていた.そのためにフジが取り上げられたということ.

 

精選版 日本国語大辞典の解説によれば,

【藤衣】 

藤衣(フジゴロモ)とは - コトバンク

ふじごろも ふぢごろも(平安期 ふじぎぬ ふぢぎぬ)

① 藤や葛など、つる性の植物の皮の繊維で織った布の衣類。織目が荒く、肌(はだ)ざわりが固く、じょうぶではあるが粗末なもので、貧しい者の衣類とされていた。

また、序詞として衣の織目の粗い意から「間遠に」、衣になれるという意から「なれる」、衣を織るという音から「折れる」をそれぞれ引き出す。藤の衣。

※万葉(8C後)三・四一三

「須磨の海人の塩焼衣の藤服(ふぢころも)間遠にしあればいまだ着なれず」

 

喪服をいう。もと、①の衣服を喪服として用いたからであろうが、後、麻で作ったものをもいう。中古の例は、大部分が喪服をさしたものである。

 

なお,藤の皮の繊維で織った布を藤布(ふじぬの)と呼びますが,古代には「藤布」の使用例が見当たらないようです.

江戸時代に「粗末な布で、日常はく袴や、ござの縁、漁撈用の袋などに用いた(日本国語大辞典)」とのこと.

「近世には衣には用いられなくなり,布としてのみ残った」ということですね.

その後,藤布の技術は廃れてしまいますが,現代になって,この藤布の復活・保存がはかられ,更には衣をつくる試みも.

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オツヅレ(藤布の仕事着) 文化遺産オンライン

 

 

古事記 人代篇 其の五

 三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋 より

 

今ひとつ,ホムダワケの大君(*応神天皇)の御代の出来事として伝えられておることがあるのじゃ.これも大君との繋がりをたどりにくい伝えでの,ここで語ってよいものかどうか迷うておるのじゃが,そう聞き伝えておるので,ここで語っておこうかの.

 

この伊豆志の八前(やまえ)の大神の娘に,名はイヅシヲトメという神が坐(いま)した.

うるわしい女(め)の神での,

八十(やそ)の男(お)の神たちがこのイヅシヲトメを妻にしたいと思うていたのじゃが,みな断られてしもうて手に入れることはできなかったのじゃ.

 

ここに二(ふた)りの神がおった.兄の名はアキヤマノシタヒヲトコ,弟の名はハルヤマノカスミヲトコじゃ.

あるとき,その兄が弟に向こうて,

「われはイヅシヲトメに妻問(つまど)うたけれども,妻にできなかった.そなたは,このおとめを妻にできるかい」と言うた.すると弟は,「そんなことわけもなくできますよ」と答えたのじゃ.

 

それを聞いた兄は,

「もしも,そなたがこのおとめを得ることができたならば,われは,上も下も衣を脱いで裸になって酒作り人となり,わが身の丈(たけ)と同じほどの大きな瓶(かめ)から溢れるほどに,祝いの酒を醸そうではないか.

また,山や河の幸をことごとく設(しつら)え備えて,それらを賭けの品として差し出そうではないか」

と言うた.

 

それで弟は,兄の言うたとおりに細かく母に申し上げると,すぐさま母は,藤の蔓(つる)を集めてきて,一夜(ひとよ)のうちに,その藤蔓(ふじづる)で,衣と褲(はかま)と下沓(したぐつ)と沓(くつ)とを織り縫うての,

また,弓矢も藤の蔓(つる)で作り,その衣や褲(はかま)を着せて,その弓と矢を持たせて,イヅシヲトメの家に向かわせたのじゃった.

 

すると,おとめの家に着くや,着物と弓矢には藤の花が咲いての,すっかり花に覆(おお)われてしもうたのじゃ.

それでハルヤマノカスミヲトコは,その花の咲いた弓と矢をおとめが入っていった厠(かわや)の戸に掛けておいたのじゃ.

そうすると,出てきたイヅシヲトメはその花を見て心引かれ,手に持って家に入ろうとする時に,カスミヲトコは花に包まれた姿で,おとめの後ろに付いて行き,そのまま屋(や)の中に入ったかと思うと,すぐさまおとめを抱いてしもうた.

そして,一人の子が生まれた.

 

その後,家に帰った弟は,兄に

「わたしは,イヅシヲトメをたやすく手に入れました」と伝えたのじゃ.

するとその兄は,弟がおとめを抱いたことをひどく嫉(ねた)んでの,はじめに言うた賭けの品を出そうともしなかったのじゃった. 

 

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