山野に咲くアセビはまだ一回しか見たことがありません.
全体は少し地味な気もしましたが,小さな花は,よく見るととても美しい.
1. アセビとは
春に穂になって咲く小さな白い花や,紅色の新芽,濃い緑色の葉が美しいアセビ.
日本のアセビ(Pieris japonica)のほか,ヒマラヤ地域から中国雲南省などに分布するヒマラヤアセビ(P. formosa)などが庭木や鉢物として栽培され,園芸品種も数多くあります.(アセビとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版)
写真で見る限り,とてもきれいな園芸種もあるようですね.
日本では万葉の時代から愛でてきました.
アセビは漢字名は馬酔木(毒性とともに後述).
呼び名は「アセビ」,「アセボ」,「アシビ」
と人によって,地方によって様々(アセビ(馬酔木) - 庭木図鑑 植木ペディア)あるようです.
万葉集では「あしび」ですね.
アセビはツツジ科アセビ属.アセビ属の学名Pierisはギリシア神話に登場する9人の娘,ピエーリデスに由来するとのことです.
ヨーロッパでも愛されてきた証のような気がします.
ただ,ピエーリデスは,二人(二組)の意味が----
【1】⦅the Pierides⦆〘ギリシア神話〙ピエリデス:(9人の)ミューズの女神たち(the Muses).
【2】⦅the Pierides⦆〘ギリシア神話〙ピエリデス:ミューズの女神たちに歌の挑戦をして負け,女神たちを侮辱したというのでカササギ(magpie)に変えられた Thessaly 王 Pierus の9人の娘たち.
アセビのPierisはどちらの意味なのか---.
「カササギ(magpie)に変えられた Thessaly 王 Pierus の9人の娘たち」の方が,お話としては面白いのですが.
2. ツツジ科の分類
アセビが属するツツジ科の分類は,科と類の間に「ツツジ亜科」を入れるようですが,その範囲がまだ決まっていないよう---.
素人がウェブで調べる限りですが---.
ウィキペディア( ツツジ科 - Wikipedia Ericoideae - Wikipedia )ではかなり細かく亜科が定められているようですが---.
上記の黄色の枠線内全てがツツジ亜科であるような書き方で,アセビ属もツツジ属も同じ「ツツジ亜科 Rhododendroideae」の属として分類されていました.
「漢字名のとおり,馬がアセビの葉を食べると酔ったように脚が不自由になるという.
これはアセビの葉,花,茎に毒性(グラヤノイド)があるためで,アセビという名前も『悪し実』(あしみ)から転じたとする説がある.
アセビの葉は鹿に食べられないため,奈良公園などアセビだけがやけに目立つ場所がある.また,アセビの落ち葉には他の植物の成長を抑制する物質が含まれており,アセビの下では他の植物が育ちにくい.つまり動物も植物も寄せ付けない性質を持つ」
とされています.
葉を殺虫剤として使用することもある(日本国語大辞典)ようですね.
毒性物質の名前は,ウェブサイト毎に様々な名前が挙げられていますが,発見の経緯を反映しています,
「アセビからとられた毒としてつけられた名前は,アセボトキシン」
「他のツツジ科植物の毒と統一された名前は,『グラヤノトキシン(grayanotoxin) Ⅰ 』」
誤食したときの症状としては血圧低下,四肢のしびれ等.
グラヤノトキシン類を持つ植物としては,同じツツジ科のレンゲツツジ,ハナヒリノキ,ネジキ,さらにはシャクナゲなど.
厚労省など(自然毒のリスクプロファイル:高等植物:シャクナゲ 概要版 |厚生労働省 医薬品情報21 » 2007 » 10月 » 05 )より,注意が呼びかけられています:「有毒成分グラヤノトキシン(ロドトキシン)類により中毒を引き起こすので注意」
ハクサンシャクナゲの葉のお茶としての飲用による血圧低下の急性中毒例がある.
ツツジ科の蜜がたくさん混ざった蜂蜜にも注意するとのこと.
セイヨウシャクナゲなどの園芸種も有毒.
ほかにツツジ科の植物では 同様 の物質を持つ レンゲツツジの毒性が有名.
そして,最後に
「ツツジ科は毒をもつ場合が多く,注意が必要」とも (自然毒のリスクプロファイル:高等植物:シャクナゲ 概要版 |厚生労働省)
多い少ないの違いはあるものの---ツツジ科植物に共通してみられる毒と考えて注意した方が良いようですね.普段食べることもなく,何か別の食用植物と間違えることもないので,それほど怖がる必要はないのでしょうが.
欧米のサイトでも注意を呼びかけています.
「アザレア/ツツジ,シャクナゲを少し食べても,重篤な毒性はみられないでしょう.でも大量に食べれば,花にせよ葉にせよ,命を奪う恐れがあります」
(ヨーロッパではツツジをアザレアと呼んでいます.日本ではセイヨウツツジがアザレアですが---)
4. 山田卓三先生の「万葉植物つれづれ(大悠社)」によると
アセビは東北以西の暖地の乾燥した山地に自生していいますが,栽植もされています.関西地方の山地にはごく普通に見られ,早春枝先に多数の小型で壺状白色の花を房状に垂らして咲かせます.葉にはアセボトキシンという毒素が含まれ,これを食べた馬や鹿などが麻痺するので馬酔木と書かれます.
有毒植物なので嫌われそうですが,アセビは手折って差し上げる歌があったり,「栄え」「盛り」にかかる枕詞として用いられていることから,万葉人は好感を持って見ていたことがわかります.
とのこと.(註 奈良公園の鹿のように,野生動物は知っていて食べないようです)
あしび(あせび 馬酔木) / 万葉集
第一首
現身(うつそみ)の、人にある我れや、明日よりは、二上山(ふたかみやま)を、弟背(いろせ)と我が見む 大伯皇女(おおくのひめみこ) (第2巻 165)
第二首
磯の上に、生(を)ふる馬酔木(あしび)を,手(た)折らめど,見すべき君が,在りと言はなくに 大伯皇女(おおくのひめみこ) (第2巻 166)
▽斎藤茂吉 万葉秀歌
大津皇子を葛城の二上山に葬った時,大伯皇女(おおくのひめみこ 大来皇女)哀傷して作られた御歌である.「弟背(いろせ)」は原文「弟世」とあり,イモセ,ヲトセ,ナセ,ワガセ等の諸訓のイロセに従った.同母兄弟をイロセということ,古事記に「天照大御神之伊呂勢(イロセ)」「其伊呂兄(イロセ)五瀬命」等の用例がある.
大意.
第一首.生きて現世に残っている私は,明日からはこの二上山をば弟の君とおもって見て慕い偲ぼう.今日いよいよ此処(ここ)に葬り偲ぼう.
第二首.石のほとりに生えている,美しいこの馬酔木の花を手折りもしようが,その花をお見せ申す弟の君はもはやこの世に生きておられない.
「君が,在りと言はなくに」は文字通りにいえば,「一般の人々がこの世に君が生きておられるとは言わぬ」ということで,人麻呂の歌などにも,「人のいへば」云々とあると同じく,一般にそういわれているから,それが本当であると強めた言い方にもなり,兎に角そういう言い方をしているのである.
馬酔木については,「山にも咲ける馬酔木の,悪(にく)からぬ君をいつしか,往きてはや見む」(巻八・1428),「馬酔木なす栄えし君が掘りし井の」(巻七・1128)等があり,自生して人の好み賞した花である.
この二首は,前の御歌等に較べて,稍(やや)しっとりと底深くなっているようにおもえる.「何しか来けむ」というような強い激越の調がなくなって,諦念の如き心境に入ったもののいいぶりであるが,しかし二つとも優れている.
たのしい万葉集(0166): 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど
岩のほとりの馬酔木を手折ってあなたに見せたいのに、あなたが居るとはもう誰も言ってはくれない
雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす) 春の訪れを告げる雷が鳴り始める頃