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相模原の障害者支援施設でなされた障害者大量殺傷事件は,私たちが誰にどう寄り添っていかなければならないのかを問いかけている. 無意識のうちに障害のある人たちに偏見をもち,彼らを差別し,「優生思想」と「否定的障害感」に不干渉でいる私たちへの警告でもある. 河東田博さん(3) 季刊福祉労働153より

相模原 障害者 差別 抵抗 新聞・雑誌・本

隣人を「排除せず」「差別せず」「共に」生きる  河東田 博 (3)(元施設職員,浦和大学特任教授/元立教大学教授)

 (季刊福祉労働153 現代書館 より)

 施設の本質は1970年代も現在も変わっていない.私たちが今なすべき事は,不審者から利用者を守るためにより強固な防護壁をつくることではなく,入所施設から利用者を解放し,入所施設の構造的欠陥を無くすための方策を考えることであり,入所施設「解体」へと考え方の軸足を移し,そのための具体策を強化すべきである.

「しかし,どんなに努力しても,私達の思いは何故か子どもたちに伝わっていかないような歯がゆさを感じている.いや,むしろ,切り捨ててしまっているのが現実ではないだろうか(元施設職員として入所施設で働いていた当時の手記)」河東田博さん(1) 季刊福祉労働153より - yachikusakusaki's blog

入所施設は, ①目に見えない, ②隔離されている, ③変化無く機械的, ④集中管理されている(地域で役割や期待がもてない), ⑤社会との関係がなく保護的, ⑥本人の意思が尊重されず不平等, という非人間的な特異な社会(管理的・隔離的空間) 河東田博さん(2) 季刊福祉労働153より - yachikusakusaki's blog

 (「生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店」の記事と平行して,本誌の記事の一部も少しずつ紹介します.独断で大きく割愛して掲載することがあります.本誌を購読してご確認下さい.)

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私たちが今,そして,これからなすべきこと

 

相模原の障害者支援施設でなされた障害者大量殺傷事件は,私たちが誰にどう寄り添っていかなければならないのかを問いかけている.

無意識のうちに障害のある人たちに偏見をもち,彼らを差別し,「優生思想」と「否定的障害感」に不干渉でいる私たちへの警告でもある.

 

厚生労働省が全国に号令をかけて118億円もの予算をかけて新たに行う対策も神奈川県が行う入所施設の建替策も,優生思想を持つ人たちの格好のターゲットとなる.特異な社会をより強固な閉鎖隔離空間にしていくだけであり,人が人らしく生きていくための配慮が全くなされていない.

障害当事者の声に真摯に耳を傾けよう!

そうすれば,人間とは,夫婦とは,家族とは、子どもを持つとは,子育てとは,障害をもって生きるとは,地域で生きるとは,を教えてくれる.そして,障害の有無に関わらず,人間の関係とはどうあらねばならないのか,家族が幸せに生きることの大切さ,世の中が平和であること,お互いに人間として生きることの大切さ,愛のもろさ・はかなさ・豊かさ,差別しない・させない子育て,対等・平等の人間関係づくりの難しさ・大切さ等々をも知ることができる.

 

私たちが相模原の障害者支援施設の大量殺傷事件から学ぶべきことは,私たちの心に巣食う優生思想と差別意識と決別していくこと以外にない.

障害当事者との長く地道な協働作業を通して,あらゆる場で当事者参画を実現させ,脱施設化・地域生活支援をさらに強力に推し進めていくことである.常に当事者の声に耳を傾け,当事者に寄り添いながら,共生社会を実現させていくことである.

 

私たちは相模原障害者支援施設における人として到底許すことができない大量殺傷事件を二度と起こさせないために,また無念と恐怖のうちに亡くなられた施設利用者に報いるために,さらには,福祉業界のこれまでの努力は意義あるもので,決して無駄ではなく,これからも意義ある努力を地道に淡々と行い,これらの努力が,人としての価値ある当然の歩みだと言えるようにするためにも,私たちはこの事件と向き合い,優生思想から完全に解放され,構造的欠陥をもち共生を妨げる入所施設の解体に向けて動き出す必要がある.

隣人を排除せず,差別せず,共に生きていくために.