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万葉の時代から,梅と組み合わせる定番「ウグイス」 万葉人の観察眼は確かなもの! 現代人は? --メジロとウグイスも見分けられないかもしれませんが-- / 梅(4)/ 万葉集 うぐひすの,なきしかきつに,にほへりし,うめこのゆきに,うつろふらむか 大伴家持 

写すだけ万葉集 新聞・雑誌・本 草花/樹木/季節・ガーデン

梅といえばウグイス.万葉の時代から組み合わせて歌われています.「当時の『梅の花に鶯』という図は,万葉人の観察に基づいた写実的表現から出発したものでした(有岡利幸 梅 I  法政大学出版局).

後の世でも「定番」とされていますね.万葉集和歌に見る梅とウグイスの話の前に--

 まずは,

1. 現代のメジロとウグイスの話

自然から離れた生活が当たり前になってきた現代.

ネット上には,ウグイスとメジロを混同してしまう話がたくさん見られます.キッカケの一つは,もしかしたら友人がかなり前に描いたこの絵かもしれませんが.

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ウグイス色は、メジロからという話 えっ、ウグイスの色じゃないの? │科学実験データ│科学実験データベース│公益財団法人日本科学協会

 「ウグイス色ってどんな色でしょう?日本国語大辞典小学館)によれば,『鶯色=鶯茶:染め色の一種.鶯の背の色に似て,褐色がかった黄緑色.江戸時代,女性に特に好まれた』と説明されています.しかし,現代では、褐色がかった色ではなく、鶯色=ちょうど和菓子のウグイス餅でお馴染みの,どちらかといえば柔らかな黄緑色を指すと考える人がほとんどのようです.これは,メジロをウグイスと取り違えたためと考えられています.-----」

和服を着ることもめったになくなった現代人の多くは,確かに,鶯色からは青大豆の粉の黄緑色を連想---

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3月6日の色は『鶯色』|COLORS MATSUYAMA

でも,ウグイス餅も本来,日本の伝統色としての鶯色に近い「きな粉餅」だったとのこと.

「弊店祖 菊屋治兵衛(きくやじへい)が豊臣秀吉公の弟君 豊臣秀長公に連れられ大和の国に参りましたのが天正十三年(1585年)でございます。秀吉公をもてなすお茶会に何か珍果を作るように命ぜられ献上いたしましたのが、粒餡を餅で包み、きな粉をまぶしましたひとくちサイズの餅菓子でした。秀吉公はたいそうお気に召され、『鶯餅』と御銘を賜りました。砂糖が貴重な時代のことですので、一説には全国に点在します鶯餅の原型だという説がございます。http://kikuya.co.jp/story/5

老舗の和菓子屋さんのうぐいす餅 うぐいす色(鶯色)の歴史(4)

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実は,子供の頃,メジロが梅の木に止まったのを見た私.てっきりウグイスだと思ってしまいました.ただ,大人がすぐ間違いを正してくれました.

現代人は自然とふれあうことが極端に減っています.ウグイスとメジロの混同は,その表れの一つではないでしょうか.

少し前なら,多くの方がメジロの名前と姿を知っていたでしょう.

たとえ,ウグイスがシャイで姿を余り見せなくても,メジロはどこにでも姿をみせていた.そして,「鳴き合わせBirdNewsJapan」でも有名.

一方では「ウグイスはメジロと違って梅の枝にはほとんど止まらないよ」と知りつつも,梅の枝に止まるウグイスの絵をデザインとして認める.そういった,大人の対応(?)をしていたのかもしれませんね.花札には,得体の知れない赤目の鳥をウグイスとして描きつつ.ウグイス考:鶯色、 梅に鶯

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梅に鶯、花札のうぐいす

なお,メジロとウグイスについては,うぐいす餅の写真やこの花札を集めた方のサイト(ウグイス考:鶯色,梅に鶯 http://www.hegurinosato.sakura.ne.jp/tori_htm/uguisu_kou_00.htm)が詳しい!餅・花札だけではありません.広範囲に徹底的に調べ尽くしています.頭が下がります.時間がある方はぜひご一読を.

 

2. 万葉集「梅とウグイス」;万葉人の観察眼は確かなもの

(以下の文の内容は,「有岡利幸 梅 I  法政大学出版局」に依るものです)

前回,梅と太宰府といえば菅原道真ですが,奈良時代なら大伴旅人 梅(3)/ 万葉集yachikusakusaki's blogでも少し触れた,大伴旅人主催の天平二年(730年)正月の太宰府文芸パーティー.その席では32首梅の歌が詠まれましたが,その内「梅とウグイス」の組み合わせでは6首.

ちなみに,万葉集全巻で「ウグイス」の歌は49首.その内「梅」と組み合わせたものは10首.

「梅とウグイスの出発点を形成したのがこの文芸パーティー」ともいえる数ですね.

 

824 梅の花,散らまく惜しみ,我が園の,竹の林に,鴬鳴くも  小監阿氏奥嶋(せうけんあじのおくしま)

827 春されば,木末(こぬれ)隠(がく)りて,鴬ぞ,鳴きて去ぬなる,梅が下枝(しづえ)に 小典山氏若麻呂(しょうてんさんじのわかまろ)

838 梅の花,散り乱(まが)ひたる,岡びには,鴬鳴くも,春かたまけて  大隅目榎氏鉢麻呂(おおすみのさかんかしのはちまろ)

841 鴬の,音聞くなへに,梅の花,我家(わぎへ)の園に,咲きて散る見ゆ  對馬目高氏老(つしまのもくかうじおゆ)

842 我がやどの,梅の下枝(しづえ)に,遊びつつ,鴬鳴くも,散らまく惜しみ 薩摩目高氏海人((さつまのさくわんかうしのあま)

845 鴬の,待ちかてにせし,梅が花,散らずありこそ,思ふ子がため  門氏石足(もんじのいそたり)

 

ウグイスは,

「笹や藪の中をチャッチャッと鳴きながら移動する」

「林の下層の茂みの中で鳴く声は聞こえても姿はなかなか見せない」

「山地や積雪の多い地方では冬季,低地や暖地に移動するので,市街地の生け垣などによく現れる」

ウグイスは,例え,梅の木にきても高い梢に止まることはほとんどなく,下層の茂みを移動するのですね.

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http://www.hegurinosato.sakura.ne.jp/tori_htm/uguisu_kou_00.htm

大伴旅人主催の太宰府文芸パーティーの席,

824の「竹の林に,鴬鳴くも」,827「鴬ぞ,鳴きて去ぬなる,梅が下枝に」,842「我がやどの,梅の下枝に,遊びつつ」

と表現した万葉歌人たちの観察眼は確か

その後,大伴家持竹の林に,鴬は,しば鳴きにしを(4286)と詠み,下に引用する歌では「鴬の,鳴きし垣内(かきつ)に(4287)と詠います.

「梅の花に鶯」はもともと,中国詩文から出発し,日本で初めて文献に登場するのは最古の漢詩集・懐風藻(751年成立)京都おもしろ宣言−京都新聞).葛野王の作で,「春日鶯梅(おうばい)を翫(はや)す」という詩だそうです.

しかし,

大伴旅人たちの文芸サロンでは,自分たちの観察に基づいた写実的な表現から出発している」と有岡氏.古代から日本人は自然を観察する術に長けていたのですね.

そして,

「春を告げる梅の花と,これも春告げ鳥の鶯との組み合わせは,花の美しさ・鳴き声の美しさとあいまって,後世へと連綿として引き継がれていくのである」有岡利幸

 

梅 / 万葉集(4)

うぐひすの,なきしかきつに,にほへりし,うめこのゆきに,うつろふらむか

鴬(うぐひす)の,鳴きし垣内(かきつ)に,にほへりし,梅(うめ)この雪に,うつろふらむか 大伴家持 (第19巻 4287)

鴬の,鳴きし垣内に,にほへりし,梅この雪に,うつろふらむか

 

▽折口信男 万葉集

鶯の鳴いた屋敷内で,咲き出していた梅の花が,この雪のために,色が褪せかけているだろうか

 

▽楽しい万葉集 たのしい万葉集(4287): 鴬の鳴きし垣内ににほへりし

鴬が鳴いていた垣に囲まれた庭に咲いていた梅が、この雪で散っていることでしょうか。

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