新型コロナウイルス瀬戸際の攻防—感染拡大阻止最前線からの報告1
https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2020-04-11&ch=21&eid=08383&f=46
2020年 4月11日(土) 21:00
アナウンサー 合原明子, 国際部デスク 虫明英樹
史上初めて,緊急事態宣言が出された今週火曜日,私たちが3月から密着してきた,日本のウイルス対策チームの専門家たちは,この日も状況の分析に追われていました.
国内で日々数百人の規模で急増している感染者.それは未知のウイルスとの闘いが新たな段階に入った事を意味していました.
今,対策チームは,爆発的に感染拡大した欧米などからの流入への対応を迫られています.
電話する対策チーム一員「ば〜っと来ちゃってる.それをなんとか止めないと.日本は崩壊するくらいの勢いで」
専門家たちが,その芽を摘んでも摘んでもクラスターと呼ばれる感染者集団を発生させていくウイルス.
浮かび上がってきたのは,私たちの暮らしに巧妙に侵入し,見えないうちに感染を拡大させていく,その脅威でした.
「非常に危ない状況.孤発例がたくさん出て来ると,もう危険な状況だということ」
今,まさに,ここにある危機.
新型コロナウイルス.感染拡大阻止の最前線からの報告です.
虫明「皆さんは,未知のウイルスとの闘いが,長期間に及ぶという覚悟,できているでしょうか.政府は今週七日,国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼす恐れがあるとして,7都府県を対象に,緊急事態宣言を行いました.新型コロナウイルスとの闘いは,新たな段階に入ったと言えます」
合原「今日全国で新たに453人の感染が確認されました.これまでに感染が確認されている人は6633人.亡くなった人は128人に上っています」
虫明「感染者の急増を不安に思っている人も多いと思いますが,実は,今,日本は最悪のケースには陥っていません.」
合原「こちら,オックスフォード大学の研究チームが作成しました世界各国の感染状況を示したグラフです(代わりにOur World in Dataのグラフを掲載).
Confirmed COVID-19 cases - Our World in Data
単純な感染者数だけでは比較が難しいため,それぞれの国の感染のスタートラインをそろえて,感染の増加の勢いを比較しています.
赤で示した領域に入った国(Cases double every 3daysより上)は,累計の感染者数が2-3日の間に2倍になるオーバーシュートが起きたことを意味しています.
すでに,オーバーシュートが起きたアメリカ,スペイン,イタリア,中国などと比較して,日本は感染のスピードが比較的抑制されていることが分かります」
虫明「日本で感染が初めて確認されたのは1月中旬.緊急事態宣言にいたるまでの3ヶ月間.
対策を担う専門家たちは,この未知のウイルスをどう制御しようとしてきたのか.そして今,この事態とどう対峙しているのでしょうか」
厚生労働省の一室.新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するために結成された対策チームです.
未曾有の危機を前に,大学や研究機関から集められた50人ほどの専門家が,全国の感染状況を分析.数百人規模で感染拡大が続く中,日々新たな課題に対応することが求められていました.
映像:対策室内
押谷「(授業再開の時期は)全国の大学で統一してもらわないと若者が動くので,最悪のシナリオは東京の大学やるって言って,みんな下宿探しに来たりして---」
対策室メンバー「今朝の新幹線にもそういう親子いっぱいいましたよ」
押谷「もうとにかくゴールデンウィーク明けで.大学の授業再開は全部」
チームのリーダーを務めるのは,東北大学大学院の押谷仁教授.
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SARSの世界的流行の際には,WHO=世界保健機関で封じ込めに指揮を執った感染症対策のスペシャリストです.
この日は,WHOの専門家と情報共有する会議が行われました.
爆発的な感染拡大が起きた欧米などからウイルスが持ち込まれ,国内で更に感染が広がることを強く警戒していました.
押谷「(中国から始まった)第一波は,ほとんど社会機能を維持しながら,ほぼコントロールできました.しかし,ここ数日,私たちは多忙を極めています.特に東京で感染者数が増えているからです」
第二次世界大戦以降,最大の試練と言われる新型ウイルスとの闘い.
対策チームと見えないウイルスとの攻防が続いていました.
押谷「多分,ウイルスの生存戦略としては,一番正しい生存戦略なんでしょうね.
見えないようにして,余り重症化しないようにして,そうすると見つからないので,そういうウイルスなので,SARSとは,全く別物の,よく出来たウイルスです」
様々な戦略で,新型コロナウイルスと闘ってきた対策チーム.
これまで,感染の爆発を瀬戸際で食い止めてきました.
各国の人口十万あたりの死者数です.
後から流行が始まったスペイン,イタリなどと比べ,日本は0.07人と低い数字です.
日本で最初の感染者が確認されてからおよそ3ヶ月.
感染症への備えが十分で無い中で,チームは試行錯誤を繰り返してきました.
クルーズ船内で,感染者が拡大していた二月上旬.
国内の感染者は,武漢からの帰国者など,20人余りでした.
当時は,一専門家として事態の推移を見守っていた押谷さん.
武漢の症例から,今回のウイルスのやっかいな性質に注目していました.
押谷「皆さん,クルーズ船の話しか視野の中になかった.その間に日本の中で“見えない感染連鎖”が続いていて,そういう“見えない感染連鎖”は,きっと突然見えるようになる」
2003年に世界的に流行したSARSでは,ほとんどの患者が重症化.感染者を見逃すことがないため,早期に隔離すれば,感染拡大を防ぐことができました.
しかし,新型コロナウイルスの場合,軽症や無症状の感染者が多いという特徴が見えてきました.
こうした人が街を出歩き,感染を広げることを,押谷さんは強く懸念していたのです.
見えないまま感染を広げるウイルスに,どう対応すればよいのか.
中国が行った戦略は,都市を丸ごと封鎖し,人の外出・接触を制限すること.
しかし,日本では,強制的に実行する法律上の仕組みはありません.
もう一つ考えられる戦略は,PCR検査の徹底でした.
症状のない人も含めて,感染の有無をいち早く察知し,隔離を進めることができます.SARSやMARSで,多くの死者を出したシンガポールや韓国は,その経験から,PCRによる大規模な検査態勢を整えていました.
しかし,日本では,検査態勢は十分に整備されておらず,直ちにPCR検査の数を増やすことは困難でした.
さらに,医療体制も盤石とはいえない事情がありました.
重篤な患者の命を救うための,人工呼吸器.
すぐに使える数は,10万人あたり約10台.先進国の中でも決して高い水準ではありませんでした.
感染者が急増すれば,多くの死者が出る最悪のケースになりかねません.
この事態を避けるため,押谷さんは早急に手を打たねばと考えていました.
押谷「日本の選択肢を考えた時に,中国のようにできないし,シンガポールのようにできない.
そうすると,このウイルスのどこかにある弱点を突いて対策を考えざるを得ない.
考えて考えると,突然開ける局面があって,どこかに必ず道はあるはず」
2月25日.押谷さんは厚生労働省から求められ,対策チームで戦略を練ることになりました.
そのチームに,緻密なデータ分析で戦略を支える,もう一人の研究者がいました.
北海道大学大学院の西浦博教授.感染症の流行を,数理モデルで予測する第一人者です.
https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2020-04-11&ch=21&eid=08383&f=46
西浦さんたちが注目したのは,一人の感染者が何人に感染させるかを示す値=基本再生産数です.
一人が二人に感染させれば,基本再生算数は2.このペースで感染が拡大し,更に10回続くと,感染者は2000人以上にまで,膨れあがります.
対策によって,再生産数が1を切れば流行は抑制.収束に向かいます.
アメリカやイタリアでは,再生産数が2から3となり,爆発的な感染が広がっています.
西浦さんたちの目標は,この数値を1未満に抑える対策を見つけ出すことでした.
西浦「封じ込めは難しいだろうことは当初から思っていて,五里霧中から始まっています.最初から決まったストラテジー(戦略)があったわけではないです.
少なくとも接触者の追跡調査のデータをしっかり収集して,伝播の特徴を明らかにしようというところからがスタートでした」
真っ先に手をつけたのが,第一波の中心となった武漢からの流行の徹底的な解析.
二日にわたった徹夜の分析で,対策の突破口となる重要なデータが明らかになりました.
調査したのは国内の感染者110人.
意外にも,およそ8割の人は,誰にも感染させていませんでした.
しかも,残りの内半分以上も一人にしかうつしていません.
ところが,残った人の内,3人に驚くべき傾向が見られました.
一人から,4人.9人.12人に感染させていたのです.クラスター=感染者の集団が浮かび上がりました.
何故,感染が広がるケースと広がらないケースがあるのか.
しかし,年齢,性別,病気の有無など,患者の特性を調査しても,手がかりは見つかりませんでした.
そこで,西浦さんたちは,全く別の所に目をつけました.
大規模なクラスターが発生していたのは,飲食店やスポーツジム.共通していたのは,密閉された閉鎖空間.つまり,人ではなく環境が大きな原因になっているのではと考えたのです.
映像:会話の時の飛沫実験
特に密閉された環境に人が集まり,大声で会話をすることで,飛沫にのってウイルスが拡散していると推察しました.
詳しく解析した結果,閉鎖環境の感染は,そうではない環境と比べて,18.7倍起こりやすかったことが分かりました.
西浦「たくさん2次感染者を生み出しているあたりを選択的につぶせるのではないかと強く感じましたので,これでいけるような気がして,じゃあ,そこに賭けてみてはどうか,と強く感じました」
密閉・密接・密集という三つの密が重なる場所を避ければ,再生産数は1を下回り,感染拡大を阻止できるのではないかと考えたのです.
映像:専門家会議記者会見
尾身「三つの密が重なる場所を徹底的に避ける」
小池東京都知事「対策班からのご指摘も踏まえまして,都民の皆様方には,こうした場所への出入りを控えていただくようにお願いしたい」
あの“三密”のスローガン.
それは対策チームが打ち出した,最初の戦略だったのです.
西浦「自発的にハイリスクの場所を避けてもらうように制御する.それには,日本人に対する鉄壁の信頼がありました.
『皆さん,こういうリスクがあるんですよ』としっかりコミュニケーションして,それが伝わって,皆で長期間持続可能な行動っていうのをやってもらえるようになれば,大規模流行を起こさずに済むだろうと」
対策チームは,“三密”と呼ばれる環境に着目し,クラスターを見つけ,徹底的に追跡していきました.
最悪のシナリオは,クラスターが連鎖して,感染爆発が起きることです.
それを防ぐにはクラスターを追跡し,いち早く監視下に置き,感染の連鎖を断ち切らなければなりません.
全国の保健所を通じて,感染者の2週間の行動経路や,接触者の詳細な情報を収集.クラスターの発生状況を把握すると共に,専門家を派遣して対策をアドバイスし,感染の連鎖を潰していったのです.
様々な制約の中で選択された日本の戦略.
第一波の襲来による死亡者の急増が抑えられました.
押谷「全部見ようとするとですね.ものすごい労力を必要として,そういうキャパシティー(能力)が日本にはないんですよね.
だから,クラスターをきちんとケアして,やっぱりここを潰すしか,ここに集中的に,しかも効率よくつぶす戦略を作るしか,恐らく日本に残された道はない」
中国からの第一波を押さえ込み,国内での爆発的な感染拡大を食い止めた対策チーム.
3月14日.警戒していた事態が起きようとしていました.
人口1400万の東京で,じわじわと感染者が増え始めていたのです.