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過去の新聞/記事から ''精神科には多種多様な診断名があり、つけようと思えば、たいていの人に診断名をつけることができます'' (相模原の事件で問われることは何か 原昌平読売新聞記者 2016年7月29日)

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相模原の事件で問われることは何か : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

あまりにも衝撃的で、おぞましい事件が起きました。

 神奈川県相模原市知的障害者福祉施設津久井やまゆり園」で7月26日未明、入所者19人が刃物で殺害され、26人が重軽傷を負いました。

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今の段階で強調しておきたいことが2点あります。

 第1に、容疑者は措置入院になっていた時期がありますが、本当に何らかの精神障害があったかどうかは、まだよくわかりません。したがって、精神障害による犯行と決めつけたり、事件を予防できなかった原因を精神科医療システムに求めたりするのは、時期尚早だということです。

 第2に、はっきりしているのは、重度の障害者は死なせるのが本人と社会のためだという、ゆがんだ確信を容疑者が抱いていたことです。容疑者個人の特異性で片づけるのではなく、私たちの社会の中に存在する差別の思想と向き合い、しっかり闘っていくことが重要だと思います。

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精神科医療にゆだねてよかったのか

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医師の診断が正しいかどうかはわからない

2月19日に緊急措置入院になった時の血液・尿の検査では、大麻の陽性反応が出ていました。措置入院に切り替えた段階の指定医2人はそれぞれ「大麻精神病、非社会性パーソナリティー障害」「妄想性障害、薬物性精神病性障害」と診断したということです。

 とはいえ、その診断が正しいかどうかは、まだわかりません。精神症状が本当にあったのかも検証が必要です。同じ患者でも精神科医によって診断が異なることはよくあります。また

精神科には多種多様な診断名があり、つけようと思えば、たいていの人に診断名をつけることができます。

他害のおそれが明らかでも、精神障害でなければ措置入院の対象にならないのですが、大量殺人をすると言っている人間を放置できないという理由で、診断名をつけて強制入院させるというケースも考えられます。

 重度障害者はいないほうがよいという考えは、差別思想であって、それ自体が妄想とは言えません。妄想とは、現実とかけ離れた確信を抱くことです。たとえばヘイトスピーチをする連中が「○○人をぶっ殺せ」と叫んだからといって、精神障害による妄想ではありません。

 もしパーソナリティー障害や妄想性障害なら、簡単な治療法はなく、わずか12日間ほどで状態が大幅に改善するとは考えにくいものです。もし大麻や薬物の影響があったなら、依存症のことが多く、定期的な通院か回復支援施設の利用といったフォローなしで退院させるのは理解しにくいことです。

池田小事件の報道の教訓

 なぜ、精神科の診断はあてにならないと強調するのか。2001年6月に児童8人が殺害された大阪教育大付属池田小学校事件の教訓があるからです。

 池田小事件の犯人は、精神病の診断で過去に何回も入院し、傷害事件を起こしたあと精神障害を理由に不起訴になって措置入院していた時期もありました。

それを受けて精神障害による犯行という印象を与える初期報道が行われたのですが、人物像や行動を調べていくと様相が変わり、やがて本人が病気を装い、周囲の関係者がだまされていたことがわかってきました。

裁判では、証人出廷したすべての医師と鑑定人が精神病を否定し、過去の病名についても「保険請求のための診断名」「前の医師がそういう病名をつけていたから」といった証言がありました。結局、極端な人格ではあるが精神病ではないとして完全な刑事責任能力を認めた1審判決が確定し、死刑が執行されました。

 報道する側として、この事件は苦い経験でした。事件の核心部分について初期報道で誤ったイメージが広がり、精神障害者が危険視されるという2次被害も起きたのです。精神科医の診断も、警察・検察の刑事責任能力に関する判断も、うのみにはできない。たとえ入通院歴、診断名といった「事実」があっても、それが「真実」とは限らない。そのことを痛感したのです。

警察に手だてはなかったのか

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意思疎通できないことはあるのか

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すべての人に生きる権利がある

 障害者の尊厳や存在を否定する考えは、けっして容疑者独自のものではなく、昔からあります。

 20世紀前半には、遺伝学の見地から不良な子孫の出生を防ごうという「優生思想」が世界各国で幅をきかせました。極端な形で実行したのがナチスドイツで、ユダヤ人の収容・虐殺に先行して、精神障害者知的障害者、神経疾患の患者などを安楽死させる「T4作戦」を秘密裏に進めました。犠牲者は30万人と推計されています。価値なき生命は、死なせたほうが本人にも幸せだと考えたのです。

 日本では、殺害までいかなかったようですが、1948年に優生保護法が制定され、96年まで存続していました。精神障害者知的障害者らに約1万6500件の強制不妊手術が行われ、中絶の強制もありました。ハンセン病患者らにも事実上の強制不妊手術が行われました。

 障害者を社会の対等な構成員とする現代の考え方は、自然にあったわけではありません。障害者の人権、生活保障、社会参加を求める運動が長年にわたって続けられ、行政や政治の理解も広がる中で、ようやく確立してきたものです。日本は14年1月に障害者権利条約を批准し、それを反映させる障害者差別解消法が今年4月に施行されたばかりです。法制度にも社会にも、まだまだ不備があります。

 重度の知的障害者の生活の場は、かつて大規模施設への入所が多かったのが、2000年代以降、グループホームを含めた地域への移行が進められてきました。しかし津久井やまゆり園は7月1日時点で入所149人という大規模施設。共生社会の実現が道半ばであることの表れとも言えます。

 障害者、高齢者、病者、貧困者をはじめ、社会的に弱い人々を社会のお荷物と見る傾向は、今でも世の中の一部に存在します。社会保障の財政負担に関連して、そういう風潮はむしろ強まっているようにも感じます。ネット上では、障害者を蔑視する書き込みが以前から珍しくありません。今回の事件で容疑者の供述や手紙の内容が報道され、結果として差別思想が広く流布されたことも、類似の犯罪につながらないか、心配です。

 すべての人に個性と尊厳、よりよく生きる権利がある。価値なき生命など存在しない。そのことを政府、自治体など公的機関、報道機関、そして良識ある個人と団体が、確信を持って積極的に発言していくことが、とても重要だと思います。

(原 昌平)

 

相模原障害者殺傷事件からそろそろ3ヶ月ですが,事件の報道はほとんど見られなくなりました.容疑者の精神鑑定待ちのようです.その間,政府からは「中間報告」が出されましたが,事件の核心を突くものとは言いがたい内容で今後の対応に不安すら覚えました.新聞より 相模原殺傷で中間報告:措置入院後の対応不十分というが・・・ 隔離強化より共生拡大 / 優生思想の克服 が先

今回引用・紹介した記事は事件後3日目という極めて早い時期に書かれたものです.池田事件の報道に対する真摯な反省の上に,事件の本質を的確・迅速にまとめられた原記者には心から敬意を表します.一方,事件後これまでの間,本記事の内容を上回る報道/指摘された疑問に答える記事がとても少なかったと感じています.残念でなりません.

表題に使わせていただいた「精神科には多種多様な診断名があり、つけようと思えば、たいていの人に診断名をつけることができます」は,「精神鑑定待ち」の現状を踏まえると共に,このような原記者の指摘に対して,精神医療に携わる方々はどのように答え・応えるか,伺ってみたいと強く思ったためです.(精神医療全般を否定・非難する気持ちは全くありませんし,助けられた経験もあります.また,私が知っている精神医療従事者はそれぞれ高い見識を持ち信頼できる方々でした.)