相模原殺傷事件から1年  障害者の排除 なお社会の底流に / 地域との共生 まだ道半ば / 大規模公設 残る日本 / 事件教訓に生かせ 東京新聞 こちら特報部 2017年7月19日 (デスクメモ 国はこの事件を「精神障害者による特異な事案」と総括した.つまり個人に責任を帰し,差別構造と優生思想という本質を隠した.これでは未来は開けない.だから事件は終わっていない.牧)

相模原殺傷事件から1年 大規模入所施設を考える

東京新聞 こちら特報部

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東京新聞:相模原殺傷事件から1年 大規模入所施設を考える:特報(TOKYO Web【こちらは記事の前文です】)

 

 相模原市知的障害者入所施設で起きた殺傷事件から,間もなく一年.事件は犯行の動機と思われる優生思想の台頭とともに,町外れにある大規模入所施設の存在を印象づけた.

こうした施設は障害者排除の表れとして,欧米では半世紀前から解体が進行したが日本では理念こそあれ,なかなか進んでいない.

「障害者は人間でない」と記した植松聖(さとし)被告.その思考と共生とは遠い施設の存在は,どこかで重なってはいないか. (佐藤大

 

「飲み物を買いに行ってきまーす」

相模原市グループホーム「ジャンプ」で二十代の男性利用者が元気よく,外に買い物に出かけた.

「行ってらっしゃい」.久保田充副主任が玄関先で声を掛ける.数分後,男性は五百ミリリットルの炭酸飲料を買って戻ってきた.

二〇〇九年に開所した「じゃんぷ」は相模原市のJR上溝駅から徒歩約十分の住宅街にある.外からは一見,普通のアパートのようだが,中はグループホーム用に設計されている.

共用スペースを取り囲むように八畳ほどの個室が十三室あり,半分ほどを重度の障害者が利用する.壁紙に強いこだわりを持つ人の部屋には壁紙を貼らないなど配慮されている.「利用者さん」と呼び掛ける職員は常駐する.

外に出たとき,他人の敷地に入ってしまうなどのトラブルはあるが,久保田副主任は「近くのスーパーに買い物に行っても,地域の人が声を掛けてくれる.地域で障害者が共生することはそんなに難しいことではないと実感する」と話す.

「じゃんぷ」を運営する社会福祉法人「県央福祉会」は,相模原市などで三十八ヶ所のグループホームを運営,約三百七十人を受け入れている.約二十年前に初めて開設した際は,重度の障害者を持つ親たちから「グループホームは無理」という声が強かった.

近隣住民からも「うちは若い娘がいるから,外には出さないで」と言われたことがあったという.だが,少しずつ親と地域からの信頼を築いてきた.

 

日本で定員百人を超えるような大規模入所施設が,各地に誕生したのは一九六〇〜一九七〇年.一方,欧米では六〇年代から「ノーマリゼーション」の考え方が広がり,大規模施設の解体が進められてきた.

日本でも,九五年に政府が「障害者プラン」で地域移行の理念を掲げ,少人数で地域に暮らすグループホームの制度が実施され始めた.とはいえ,県央福祉会の岸茂子理事は「『入所施設信仰』はいまも根強い」と話す.「歴史的に入所施設が必要だった時期もあった.だが,十年,二十年先に入所施設が選ばれるサービスかどうか」

 

地域移行の実施で全国的にも有名なのが,長野県の知的障害者援護施設「西駒郷」(駒ヶ根市)での試みだった.田中康夫知事時代の二〇〇二年以降,県内各地に西駒郷の入所者のためのグループホームを設置.〇三年度に四百四十一人だった入所者は,一五年度には百四人に減った.

県の西駒郷改築検討委員会の委員を務めた大阪府立大の三田優子准教授(障害者福祉)は「入所者に聞いたら,重度の人もみな『出たい』と話していた」と振り返る.地域に出た障害者の優しさに触れ,反対運動をやめさせた女性もいた.

三田准教授は「障害がある人が地域にいると,さまざまな出会いがある.トラブルも生じるが,少しずつ住民の方々の考え方も変わる」とその意義も話す.

 

日本社会福祉事業大専門職大学院の曽根直樹准教授(障害者福祉)の調べでは,〇五年度に全国で約十四万六千人だった施設入所者は,十六年度約十三万千人減少.約三万四千人(〇五年度)だったグループホーム利用者は約十万六千人(十六年度)に増えている.

だが,知的障害者がついのすみかとする施設も,全国十八ヶ所の公設施設を見る限り,存続している.

 

三田准教授は「入所施設が障害者の権利侵害に当たるという意識が日本では弱い」と語る.事件後「やまゆり園」の建て替えを巡っても,神奈川県は当初,元のように大規模施設を建て替える方針を示した.しかし,障害者団体などから「地域移行のため施設の小規模化,分散化を」との意見が噴出.県は「園再生基本構想策定部会」で改めて検討を進めている.

 

県央福祉会は,やまゆり園の入所者の「受け皿」の一つになるため,グループホームを新設する準備を進めている.同会の佐瀬睦夫理事長はこう強調する.

「障害がどんなに重くても,地域で生きる支援はできる.植松被告には元来,屈折した考えがあったと思うが,社会から障害者を隔てる入所施設で働くことにより,その屈折をさらに深めたのではないか.地域での障害者との共生こそ,この事件の最大の教訓としなくてはならない」

 

デスクメモ

ある問題が起きた際,社会として受け止めるのか,個人の問題に還元するかで未来は変わる.国はこの事件を「精神障害者による特異な事案」と総括した.つまり個人に責任を帰し,差別構造と優生思想という本質を隠した.これでは未来は開けない.だから事件は終わっていない.(牧)2177.7.19