告発動画の専門医「追放」
クルーズ船「清潔,不潔ルート」で物議
橋本厚労副大臣 どんな人?
東京新聞 こちら特捜部 2020年2月22日 朝刊
橋本岳厚生労働副大臣.名前を知らない読者も多かっただろう.クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」内の混乱を告発した岩田健太郎神戸大教授に,ネット上で猛然と反論し、注目を集めている.が,その内容には首をかしげる部分がある.岩田氏の指摘を裏付けるような証拠写真まで示し,「内部告発」とやゆされる始末.いったいどんな人なのか. (稲垣太郎、石井紀代美)
「私のあずかり知らぬところで,ある医師が検疫中の船内に立ち入られるという事案がありました」
十九日午前十時すぎ,橋本氏はフェイスブックとツイッターにこう書き込んだ.岩田氏はその前日,ダイヤモンド・プリンセスに入っていた.
「現場責任者として私は承知しておりませんでした」「お見かけした際に私からご挨拶をし,ご用向きを伺った.丁寧に船舶からご退去をいただきました」.
慇懃無礼な書き方から,怒りがにじみ出ている.
感染症専門医の岩田氏は「ユーチューブ」に船内の状況についての告発動画を投稿していた.
現在は削除済みだが,橋本氏はその内容に怒ったようだ.
「グリーンもレッドもぐちゃぐちゃになっていて,どこが危なくて,どこが危なくないかのか,全く区別がつかない」.
動画で岩田氏は,ウィルスに感染しかねない場所と安全な場所の区分けができていないと指摘する.
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対する橋本氏の反論といえば,
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乗船の経緯に終始.省の対応については「引き続き全力を尽くします」と精神論だった.
その後,橋本氏は「現地はこんな感じ」と船内の画像をネットに掲載した.
----中略
場所には仕切りがなく,「清潔(ルート)」「不潔(ルート)」から出てきた人が交ざる.奥もつながっているようだ.区分けができていないことの証拠だった.
-----中略
実は橋本氏,ネットでの失敗は今回が初めてではない.それは,安倍政権が裁量労働制の対象拡大にやっきになっていた十八年に起きた.
「噴飯ものもいいところ」橋本氏は自身のフェイスブックにこう書き込んだ.法政大の上西充子教授がインターネットで公表した記事に対する反論だった.
当時,裁量労働制が拡大されれば,過労死の増加を招くと心配されていた.それに対し,国は厚労省の「裁量労働制で働く人は,一般の労働者に比べて労働時間が短い」という調査結果を示していた.
このデータがでたらめだった.統計に詳しい上西氏が暴き,さらに「意図的に作成されたとしか考えられず,その意味で捏造(ねつぞう)だ」と批判した.
自民党の厚労部会長だった橋本氏は気に入らなかったようだ.
橋本氏は「捏造を指摘するからには,誰が指示したのかを証拠として示すべきだ」との主張を展開した.
軍配は上西氏に上がった.裁量労働制の拡大は法案から,「噴飯もの」の部分は橋本氏のフェイスブックから,それぞれ削除された.
その上西氏が,今回の騒動を批判する.
「共通するのは『この人の言うことは信用に値しない』とのイメージを植え付けようとする点だ」
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こんな手口に惑わされず,事実を見極めることが大切だ.では,クルーズ船への対応は専門家にはどう見えているのだろうか.
「日本はずさんな国だということを世界中に知らしめただけ.危機管理能力がなく,とんでもないことをした」
元厚労省検疫官の木村もりよ氏はあきれる.
木村氏は,船内に乗客乗員を留め置いたことを問題視する.
「ほとんどの検疫官が船内での隔離を経験したことがない.グリーンゾーンとレッドゾーンがぐちゃぐちゃにもなる」.
感染が広がることはわかりきっていたという.
木村氏は「もはや『日本は危険な国だ』となっている.各国が渡航を禁止するかもしれない.東京五輪で各国がボイコットしかねない状況に追い込まれている」と危機感をにじませる.
デスクメモ
「全力を尽くす」.橋本氏の意気込みは否定しない.だが,頑張ればいいという段階ではない.
的確な指示に加え,人員と物資の配置が必要だ.そして,失敗した部分まで含めた情報公開.あいまいにしていると同じ過ちを繰り返す.
橋本氏の書き込みからは,不安を感じる.